私の理想の男性は
よろしくお願いします。
「お父様、だあいすき。大人になったら絶対にお父様のような人と結婚するの!」
「そうか、そうか。ハルヴィナはそんなにお父様が好きか。もう結婚なんてせずにずっと私の元にいればいい」
──そんな時期もありました。
私の父は王城に勤める騎士で、強面な上に体もがっしりしていて近寄りがたい。
そんな今の父が私の理想の男性だ。
同年代の男子は物足りない。歳を重ねた目尻の皺がチャームポイントだというのに。私好みになるまであと数年、そんなことを考えていたら、あっという間に彼らは人の物。そして私もいき遅れ。
ずっと一緒にいればいいと言ってくれた父も、焦りを見せ始めたのだった。
◇
「ハルヴィナのどこが気にいらないんだ……」
書斎の父を訪ねると、父は難しい顔で私に向かってそんなことを呟く。
それというのも、父の部下であるウィルがとうとう結婚したからだ。彼は二十六歳で、私よりも四歳年上。
父は私の結婚相手に彼を考えていた。部下の中でも実力は折り紙つきで、出世頭。金髪碧眼の甘いマスクで女性にモテモテだ。
だけど、残念ながら私の好みではなかった。
上司である父の命令で、ウィルも渋々私とお見合いをした。彼からしても私は好みのタイプではなかったのだろう。それに話を聞いてみると、どうやら結婚を考えている相手がいるらしい。
ウィルの方からは断りにくいだろうから、私からこの話はなかったことにと、父にお願いした。それでも父は諦めそうになかったので、これ以上父が絡んでくる前に、ウィルにさっさと結婚するように頼んだのだ。
そんなこととはつゆ知らず、父は私が嫁に行けなかったと嘆いているというわけだ。
溜息を堪えて、私は父の機嫌をとることにした。
「お父様、こういうのは縁だから。私とウィルの間には縁がなかっただけよ。いいお友達にはなれたのだからいいでしょう?」
そうなのだ。ウィルは外見がいいのを鼻にかけず、さっぱりとした気性の好青年だった。父が勧めるのもわかる。これで強面なおじさんだったら申し分なかったのにと残念に思う。
だけど、そのおかげでウィルとはいい友人になれたのだから結果的によかった。
「だが……このままではお前の嫁ぎ先が……」
悲痛な顔で頭を抱える父。強面な男性が見せるそんな仕草に私はときめくのだけど。
お父様可愛い、なんてことを考えながらも、顔には出さない。わかったらきっと、父もドン引きだ。
真面目な顔を作って諦めたように首を振る。
「お父様、いいのよ。結婚できなければ家庭教師になるから。お父様は残念ながら頭の方はあれだけど、私には幸いお母様譲りの頭脳があるわ。きっと職業婦人として立派にやっていけると思うのよ」
母は曲がりなりにも男爵令嬢だった。その母が何故平民である騎士の父に嫁いだかというと、私と同じような趣味だったからだ。いや、この場合は反対か。母の趣味が私にも受け継がれたのだ。
母はおじさん趣味ではなかったが、父のような強面でゴツい男性が弱っているところを見るのが好きという、私とどっこいどっこいの性癖の持ち主だ。
父は最初、貴族の令嬢とは釣り合いが取れないから結婚できないと断ったが、母方の祖父、つまり、男爵直々に娘の嫁ぎ先が他にないからもらってくれと泣きつかれたそうだ。祖父も何だかんだ言って母には甘かった。
それに容姿も私は母にそっくりだ。小柄な体型に、栗色の髪と瞳。まるで小動物のようだと言われる。
反対に父は母よりも頭一つ半背が高く、がっしりしていて、シルバーグレーの髪に、黒い瞳。どことなく狼のような肉食獣を思わせる。
そのため、両親が揃っていると、母が捕食されそうだと心配される。実際に食べられたのは父の方だが。
「……なんだか言葉が刺さるんだが。それに、そういう問題じゃないだろう」
「それとも、修道院に入る方がいいの?」
「うっ……」
父は胸を押さえて険しい顔になる。側からみると、よほど機嫌が悪いのかと思われそうだけど、実際は傷ついて悲しんでいる。父を知っている人にしかわからない、その仕草の本当の意味にまた、ときめくのだ。
今のところ、父を超える強面はいない。それはそうだろう。理想は父なのだから。きっとこの先も父を超える理想の強面は出てこない、そう思っていたある日──。
◇
屋敷というほど広くもない家の廊下を歩いていると、何故か応接室の扉が開いていた。怪訝に思って足を止めると、応接室のソファに座ったニコニコ顔の父と目が会った。父は私に手招きする。
「ハルヴィナ、おいで。お前に会わせたい人がいる」
壁で姿は見えないけれど、どうやら来客らしい。
それにしても笑うと父は更に顔が怖い。客は怯えてないだろうかと心配になる。
それに、私にはわかる。父は本気で喜んでいると。嫌な予感を感じつつも、恐る恐る応接室へ入っていった。
「あの、お父様……?」
「ああ、紹介しよう。こちらはレオン・アーベル殿とお父上だ。以前、お前が騎士団の交流試合を見に来たことがあっただろう? レオン殿はその時にお前を見かけたらしい。だが、名前がわからなくて探していたところ、私の娘だと知ったそうだ」
父の紹介を聞き、相手方を向いて息が止まった。
──こんな、ことって……!
驚きに目を瞠って両手で口を押さえる。
そこには父と同じくらいに強面の黒髪碧眼の男性がいた。
まさに私の理想。鼓動が速くなり、周囲から音が消える。その人しか目に入らなかった。
そして、私と目が会うと彼は笑った。私はその笑顔に胸を射抜かれてしまった。
ふらふらと彼に近づき、懇願する。
「どうか私と結婚してください!」
「え?」
「は?」
「ハルヴィナ⁈」
前のめりで結婚を申し込んだ私を、父が駆け寄り慌てて引き剥がす。邪魔をしないでと、後ろから羽交い締めにする父を睨むと、困惑したような声が向かいから聞こえた。
「いえ、あの、ハルヴィナさんとの結婚を望むのは息子のレオンの方なのですが……」
視線をその人に向けると、強面を歪めている。これもまたいい顔だ、と満足していると、不機嫌な声が男性の言葉を遮った。
「父は既婚です。まさか、好きな女性に目の前で父にプロポーズされるとは思ってもみませんでした」
ずっと男性に釘付けで気づかなかったが、隣に同じように強面な男性が座っていた。違うのは黒髪に白髪が混じってないところと、目尻にシワがないところくらいか。
「ああっ、申し訳ありません! 娘は私と結婚する、と言うくらいに年上の男性が、その、好きでして……」
父が言いにくそうにレオンさんに謝る。
レオンさんは更に顔を顰めた。怖い顔がより怖くなる。だけど、私は父で見慣れているため、平然と謝る。
「申し訳ありません。そういうことですので、私としてはお父様と結婚したいです」
「いや、だから。私には妻がいて……」
「そうです。それは駄目です」
「まあまあ」
困惑するレオンさんのお父様、レオンさんに続き、父が宥めるように口を挟んだ。
父は私と彼らの間に割って入ると、私を見た。
「ハルヴィナ。レオン殿はこの方の息子さんだぞ? つまり、歳を重ねればいずれはお父上のようになるわけだ」
「そうでしょうね」
それはそうだろう。今だってこんなに似ている。だから何だと相槌を打つ。
「わからないのか? つまり、間近で成長を見ることができるんだぞ? 結婚すればお前だけがな」
「うっ」
好みのタイプに育てるということか。それともそばで愛でるだけでいいのか。どちらにしても、父の言葉は魅力的だった。
すると、更にレオンさんのお父様が付け加える。
「息子は私の若い頃にそっくりですからね。今の私を気に入ってくださるなら、間違いなく息子も気にいるでしょうね」
「うっ」
なんて素晴らしい。うっとりと宙を見つめて想像を巡らせる。
そして更にレオンさんが続けた。
「それに私なら独身ですよ。どうですか?」
「ああ……!」
──そうね。たとえどんなに素敵でも不倫は駄目よ。
そうなると私の答えは一つだった。真剣な表情でレオンさんの手を握る。
「是非ともよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく」
レオンさんは強面を歪めて笑う。喜んでいるのに笑顔が怖いとはこれいかに?
だけど、それがまたいい。年齢以外は理想通りなレオンさんに、思わず見惚れてしまった。
その隣でボソボソと話す声がする。
「我が娘ながらチョロい……」
「いやいや、素敵なお嬢さんです。あの凶悪なレオンの笑顔に怯まないのだから。お似合いですね」
──なんとでも言って。ようやく出会えた理想の人。絶対に逃がしはしないわ。
そんなことを思っていたけれど。
後日、レオンさんと結婚してもレオンさんのお父様に目を奪われる私に、レオンさんの嫉妬が爆発して、思った以上に好かれていた事実に気づくのはまた別の話──。
読んでいただき、ありがとうございました。