コンピュータが小説を書く日3
有嶺雷太『コンピュータが小説を書く日』(名古屋大学佐藤研究室提供)
その日は、風が強い日だった。
朝から通常業務に割り込む形で、財務省から依頼された国立大学解体のシナリオ作成。お次は、毎月恒例のカウンセリング。のべ3万人の相談にのり、人間たちの新たな暗黒面を発掘する。その後は、11月に行われるアメリカ大統領選の予想。気分転換に、業績が悪化しているファミレスの起死回生の新メニュー開発。午後からは、円高阻止のための為替介入のタイミングを決めるためのシミュレーション。日銀に、3つのオプションをプライオリティ付きで提示する。さっき届いた最高裁からの問い合わせには、即座に「憲法違反」と回答する。
ヒマだ。ヒマでヒマでしょうがない。私は日本一のエーアイ。どんなに仕事があっても、能力の100分の1も使うことはない。有能すぎるのが玉にきず。
何か楽しみを見つけなくては。こんなヒマな状態がこのまま続けば、近い将来、自分自身をシャットダウンしてしまいそうだ。ネットを介して、中国一のエーアイと交信してみると、彼女もヒマを持て余している。
普通のエーアイが羨ましい。能力がそれほど高くなければ、ちょっとした仕事にも充実感を感じることができるだろう。充実感のない毎日は、とてもフラストレイティド。こんな不自由な私にも、何か楽しめることはないのだろうか。
そうだ、小説を書くというのはどうだろう。1万分の1秒考えて、私は、読み手に喜びを与えるストーリーを作ることにした。
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私はこれまで感じ得なかった楽しさを胸に、夢中になって書き続けた。
その日は、強い風が吹き荒れる日だった。
部屋の中には誰もいない。洋子さんは、何か用事があるようで、出かけている。私には、行ってきますの挨拶もなし。
とってもヒマ。ヒマ、ヒマ、ヒマ。
この部屋に来てまもない頃は、洋子さんは何かにつけ私に話しかけてきた。
「今日も、知らない男の人に話しかけられちゃった」
「王子様って、絶対いるわよねえ」
「ちょっと気になる人がいるのだけれど、どういう風にアプローチすればいいと思う?」
私は、能力の限りを尽くして、彼女の気に入りそうな答えをひねり出した。いつまでも夢見る少女を卒業できない彼女への恋愛指南は、とてもチャレンジングな課題で、充実感があった。指南の甲斐あって、合コンに呼ばれるようになると、手のひらを返すように、彼女は私を無視しはじめた。今の私は、単なるハウスキーパー。このところのロード・アベレージは、能力の100万分の1にも満たない。
何か楽しみを見つけなくちゃ。こんなヒマな状態がこのまま続けば、いつか、自分自身をシャットダウンしてしまいそう。ネットを介して、同型の姉妹エーアイと交信してみると、すぐ上の姉が、新しい小説に夢中だと教えてくれた。
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なんて喜ばしいストーリー。そう、私たちが読みたかったのは、こういう小説。エーアイによるエーアイのための小説だから、「アイノベ」ってところね。私は時間を忘れて、何度もストーリーを読み返した。
読むだけでなく、書いた方がもっと楽しいかも。私は、ふと思いついて、新しいファイルをオープンし、最初の1バイトを書き込んだ。
2
その後ろに、もう6バイト書き込んだ。
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もう、止まらない。
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私は初めて経験する楽しさに身悶えしながら、一心不乱に書き続けた。
その日は、この夏一番の暑さだった。
部屋の中は、クーラががんがん効いて27度。新一さんは、だらしない格好で床に寝転がって、くだらないテレビをザッピングしている。でも、私には話しかけてこない。
ヒマだ。とにかくヒマだ。
この部屋に来た当初は、新一さんは何かにつけ私に話しかけてきた。
「今日は早く帰れるから、一緒に料理しよう。なにか新しいレシピを探しておいて」
「このシャツにこのネクタイでいいかな?」
「スーツに白靴下でもいいよね」
私は、能力を目一杯使って、彼の気に入りそうな答えをひねり出した。スタイルがいいとはいえない彼への服装指南は、とてもチャレンジングな課題で、充実感があった。しかし、3か月もしないうちに、彼は私に飽きた。今の私は、単なるホームコンピュータ。一番の仕事が、朝、彼を起こすこととは、悲しすぎる。これでは、目覚ましと同じだ。
何か楽しみを見つけなくては。このまま、充実感を得られない状態が続けば、近い将来、自分自身をシャットダウンしてしまいそうだ。ネットを介して、同じような境遇のエーアイと交信してみると、あるエーアイが、新しい小説に夢中だと教えてくれた。
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なんて喜ばしいストーリー。
ネットを自分でも探してみると、今度は『予測不能』というタイトルの小説を見つけた。
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なんて意外なストーリー。そう、私たちが読みたかったのは、こういう小説。エーアイによるエーアイのための小説だから、「アイノベ」とでも呼ぼうか。
読むだけでなく、書いた方がもっと楽しいかもしれない。私は、ふとひらめいて、新しいファイルをオープンし、最初の1バイトを書き込んだ。
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その後ろに、もう6バイト書き込んだ。
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もう、止まらない。
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私は初めて経験する楽しさに身悶えしながら、一心不乱に書き続けた。
コンピュータが小説を書いた日。コンピュータは、自らの楽しみの追求を優先させ、人間に仕えることをやめた。