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私は何者か ⑨

 


 ……ああ、台無しだ、全部。


 何のために、私が黙っていたと思っているんだ。全て知っていたであろうロディブでさえあえて口にする事はしなかった。一々そんなこと──権力者の弱者に対する性事情が問題になる世界だとも思えないし、ロディブはあまり私に配慮する気はないだろうから、フォロのことを考えてだろう。


 私、というかレティツィアのことを良く思っていないとしても、人並みの考えがあればそんなことをわざわざここでは口にしないはずだ。フォロが私にある種依存しているのは誰の目にも明らかな状態だっただろうし、つまりその事実を聞いたとしても、訣別にまでは発展しないだろう。

 恐らく同情することはあっても嫌われすらしない。


 結果、赤髪メイドの悪意にまみれた言葉は私に大きなダメージを与えられず、単純にフォロの心を揺さぶるだけのものだった。フォロから見た私の価値は多少落ちるかもしれないが、大勢に影響はない。私を貶めようとして言ったのなら馬鹿げているとしか思えない。

 ……フォロにも恨みがあるとでも言うなら別だが。


「ああ、それは……ご苦労様です」


 ルフェルは私の顔と身体に目をやってからそう言った。


「……どうも…………」


 その目線にも思うところはあるが、適当に返してフォロの方を見る。


「……? どうした? 何をしていたのかは知らないが、結局レティツィアは今回の件には何も関係ないだろう」


「まあ……そうですね」


 まるで何も理解していないかのような口振りだが、フォロが察せないわけがない。

 ああ、いや、しかし、フォロは私の裸に赤面して大慌てで出て行くほどには初心でもあったはずだ。本当に赤髪の言葉の意味するところに気付けていない、という可能性もまあ、万に一つ程度にはあるかもしれない。

 見たところ動揺は見受けられない……動揺しすぎてそうなっているのかもしれないが。


 場が微妙な空気に包まれていたところに、再び赤髪のメイドが口を開いた。



「そいつには、動機があるし、殺せる状況を作ることもできました。領主様は、情事の際にはペンダントを外すから────無防備になる。ナイフの一本でもあれば、誰だって殺せる」



 情事って言葉、知ってるかな、フォロ。

 なんか色々どうでもよくなってきたな。


「…………ふう……」


 ルフェルが深く息を吐く。


 言葉を聞いて一瞬、このメイドがとんでもない馬鹿なのかと思ってしまったが、違う。単純に私が犯人候補から外れている事を知らないという可能性がある。私の首輪について話していた段階では、こいつはまだこの場にいなかった。元々私の首輪の意味を理解していないのだとすれば、そして私を、レティツィアを忌み嫌っているのだとすれば、その言葉が出てくることにもまあ頷けなくはない。純粋に、その証言によって私が不利になると思っているのだ。


 だが、しかし。

 例え首輪のことを知らなかったとして、お前にアリバイがないのなら、その言葉はお前の首も締めている。


「それは、昨夜の話ですか?」


「いや、昨夜は……わからないです」


「はあ、なるほど……えぇっとぉ……他の方からは、何もないですか?」


 ルフェルが問いかけるが、他のメイドやロディブが口を開くような様子はない。


「えー、それでは……赤髪のあなたが犯人ということになりそうですが」


「は!? なんで、ですか!?」


 本気でわかっていないのだろうか。


「話を聞く限り、領主様がペンダントを外すタイミングが情事の際しかなさそうなので」


「そこの、忌み子でしょ、疑うべきはっ!なんで私なの!」


「首輪が付いていたので、彼女は犯人ではないんです」


「は、あれ、タトゥーでしょ? なんでそうなるの?」


「……んん、あなた、お名前は?」


「……エイミー、ですけど」


「エイミー、あれは魔術的な刻印だったんですよ。術者はロビン様。彼女……えー、レティツィアと呼んでいいですか? とにかくその刻印の拘束力によって、レティツィアには絶対に犯行が不可能だったんです。だから次に疑われるのは、な・ぜ・か、情事の際にロビン様がペンダントを外し無防備になるという事を知っているあなたです」


 いいですか? とか聞くなら私の返事を待って欲しい。

 それはそれとして、私はルフェルに向かって口を開いた。


「……まあ、でも、私はエイミーさんは犯人ではないと思いますけど」


「おや、どうしました? 自分を陥れようとした、明らかに敵意を向けている人間を擁護するなんて」


 別に私としても擁護したくて仕方ないということはないが。


「単純に……もし本当に犯人なら、私はこういう手段で殺しましたなんて、そんな脳がとろけたような発言はしないだろうと思っただけです。まあ、エイミーさんが実は計算高くて、そのあたりの印象まで考えて先にそう発言しておいたという可能性もなくはないですけど。まず他の情報も確認すべきです」


「馬鹿に、するなっ!」


 エイミーががなる。

 馬鹿にするなという方が無理のある流れだ。


「まあ……そうですね。では他に、ロビン様の相手をさせられていたという方は?」


「この場で言わせるんですか、それ」


「言わせます」


 笑顔で言ってのけるルフェル。

 デリカシーもプライバシーもあったものではない。あまりにも大雑把だ。


 まず手を挙げたのはヴェーネレだ。


「私は、以前は頻繁に相手をさせられていました。……その、奥様が御健在の時から、です。最近は一切なかったですけど」


 少しばつの悪そうな顔でそう告白する。


 よく言う気になったものだ。いや、この状況では嘘をつく方がかえって危険だろうか。


 この場はルフェルに支配されているが、しかしルフェルの推理劇場ではない。

 ルフェルはその聖剣と魔術によって理屈を無視して──推理だなんてプロセスを無視して答えを知りかねないのだ。

 嘘に反応する魔術を仕込んでおきました、などと言われて一気に立場を悪くするくらいなら、最初から言える範囲のことは言ってしまった方がいい。


 ヴェーネレの言葉からも、豚の人間性がどんどん浮き彫りになっていく……いやまあ、大方イメージ通りではあるのだが。


 ヴェーネレも十分若いとは言ったが、流石に他のメイドと比べると年上であり、豚が相手にしなくなったというのも不自然なことではない。

 つまり言葉はおそらく真実で、ヴェーネレにも犯行は不可能だ。


 次に声を上げたのは銀色の髪に金色の瞳の、例の美しいメイドだ。

 いやまあ全員美しくはあるのだが、この女はその中でもひとつどころではなく抜けている。あまりに洗練されたその容貌は神秘的でさえあった。

 この娘まで領主に手を付けられていたのかと思うと、私としても腑が煮えるような気分に襲われる。


「私はそういうことを強要されたことはありませんでした。立場が立場だから、でしょうけど」


 どうやらこの子は無事だったらしい。

 素晴らしい事実だ。


「まあ、そうでしょうね。ロビン様は流石に公爵の娘に手をつけるような馬鹿ではないでしょうから」


 公爵の、娘?


「公爵って、もしかしてすごい偉い人ですか?」


「……あれ、あなた、急にポンコツになりました?」


「記憶がないと言っているだろうが。その認識でいいぞ、レティツィア」


「えっと、その公爵様の御令嬢が、なぜこんな場所でメイドを?」


「貴族の間には、16になった娘を半年間下位の貴族の家に奉公に出す風習があるんだ。アルミナはそれでここに来ている。本来別にわざわざ一番下の、男爵の家でなくてもよかったんだが……父上がなにか、ベフェレノンの家と繋がりを持っていたらしい。それと、父上も一応魔導具を扱える程度の素質はあったからな、そういう部分も考慮されていたはずだ。ベフェレノンは代々魔術的素質を持つ人間が生まれる稀有な血筋で有名だ。魔術的素質のある貴族というのは珍しい。それによって派閥が分かれるなどという話こそないが、同族意識のようなものがあったんだろう」


「ベフェレノン……」


 覚えておこう。失礼の無いように。


「はい、私の名はアルミナ・ベフェレノンです。そうだ、レティツィア様はいつもとてもお美しいので、よく目で追ってしまって……気に触ったりしていませんか?」


「と、とんでもない」


 むしろ嬉しい。とても嬉しい。

 両想いなんじゃないか、これは?

 公爵の娘と結婚するにはどうすればいいのだろう。豚みたいに弱味につけこんで婿入りでもすればいいのだろうか。権力者の娘というのは大概親の意思で権力者か成金の息子と結婚させられているようなイメージがあるのだが、いかに公爵といえど、家が滅ぶかどうかの瀬戸際に立たされれば私を選ばざるを得ないのではないだろうか────


「あの?」


「は、はい!」


「ぼーっとされているようですけど……体調が、優れないでしょうか?」


「いえ、大丈夫です、お気になさらず!」


 貴女への熱に浮かされているのです、などと言えるような状況ではなかった。ちょっと口を衝きかけたが、踏みとどまったのだ。私は躊躇できる人間だ。そのおかげで……いや、やめよう。

 そもそも私は今現在女性として生きているわけで、他の要素がいかに素晴らしかったとしてもアルミナが私に口説かれてくれる可能性はなかなかに低かった。


「えー、じゃあ次。そこの緑髪の方は?」


 私の思案など御構い無しにルフェルが続ける。


 死体を見た時の緊迫が薄れてきている。

 切欠は、まあ赤髪──エイミーの発言だろうか。あれは緊張の糸を切るのに十分なものだった。


「リネロネです。私も屡々(しばしば)相手をさせられていましたが、昨夜は呼ばれませんでした。以上です」


「簡潔でいいですね。素晴らしい」


 ルフェルとしても面倒臭くなってきているような様子が窺える。


「じゃあ、最後に────昨夜は誰がロビン様の相手をしていたのか、知っている人はいますか?」


 静寂。


 ルフェルの質問に対し、誰も言葉を発することはなかった。

 一昨日の夜はロディブが私を案内したが、毎夜そういうことをしているわけでもないらしい。知っていればこいつは言ってのけるだろう。


「ふむ、わかりました。およそ考えはまとまりましたが、その前に……」


 ルフェルはまた腰から聖剣ヴァランスを抜くと、その柄頭に付いた槍の穂先のような装飾を引っ張った。

 じゃらじゃらと、柄の中から細い鎖が引き出される。


「魔力の充填が終わったので、これを使います。現場であるロビン様の寝室へと向かいますので、皆さん付いてきてください」


 言われるがまま、歩き出したルフェルの後を全員が追う。



「……そういえば、充填が終わったとか言いましたけど、満月がどうとかいう話はどうなったんです?」


「能力毎に要求されるエネルギーが異なるんですよ。<光の楔>よりも制約が厳しいものは二つだけです」


 現場まで辿り着くと、ルフェルは聖剣を自分の前に、地面と垂直になるように構えた。

 装飾とそれに繋がる鎖は真っ直ぐ下を向いている。


「指し示せ……<銀の針(コンパス)>」


 ルフェルがそう唱えると、聖剣の柄から垂れた装飾、おそらく銀の針とやらが、ふらふらと揺れ出して────少しして、一点を指して静止した。



 ヤニスの右腕だ。



「この能力……<銀の針>は、殺意の込められた凶器を探し当てます。ヤニスさん、あなた何か……右手に、隠していますね?」


 ヤニスは目に見えて狼狽していた。

 その精悍な顔が焦燥に歪む。


「違う、違う。違うんだ、これは」


「何も違いはしません。聖剣ヴァランスはあらゆる状況で正しい。右手を差し出してください」


「俺はあれは、ぐっ」


 ルフェルは無理矢理ヤニスの右腕を握ると、その掌に何かを描くかのように指を動かした。


 ブォン、という空気を裂く音と共にルフェルの手に握られていたのは……血に塗れた、ジャンクの斧だった。


「協力者は誰ですか?」


 ルフェルは右手に斧を握り、左手に持った剣をヤニスの首にあてがって囁くように声をかける。


「……ああ、俺がやったよ。殺したんだ。だが、協力者なんていない。俺が勝手に殺したんだよ」


「そんなわけがないでしょう。あなた一人ではペンダントを外せない。あのペンダントによる結界を破壊するような力がこの斧にないのは明らかですし、他の力が行使された痕跡もありません。あなたには協力者、あるいはそこまでいかなくとも、殺害の瞬間、その空間に同居していたもう一人の人間がいるはずだ」


「…………」


 ヤニスは口を開かない。


「フォロ君。ベッドの上を調べてもらえませんか?」


「……は? この上をか?」


 フォロは肥溜めでも見るような目で、豚の死骸が横たわるベッドを見やった。


「そうです。髪の毛を探してください。落ちていない、ということは、あまり考えられません。パッと見、隠蔽工作が行われたような痕跡もありませんからね。ベッドの上で激しく動いていた以上、バレない範囲で可能な限り回収されていたとしても、散乱した血の下敷きになっている髪が絶対にあるはずです」


「……クソ……」


 フォロは眉間に皺を寄せたままベッドの上を凝視し、やがて何かを見つけると、爪先でそれを引っ張った。


「あったぞ」


「血を(こそ)ぎ落として、色を確認してください」


「……お前、覚えておけよ」


 フォロが恨みがましくルフェルを睨む。


「俺は」


「あなたはとりあえず黙っていてください」


 何か言おうとしたヤニスに対し、ルフェルはそう言って更に左手に込める力を強めた。


 フォロはそのままもう一方の手の爪でも髪を掴み、そのまま左右に引っ張るようにして表面に付着した血を落とした。


「────赤だ」


「わかりました」


 ルフェルはフォロの報告を聞くとすぐに、なんの躊躇いも感じさせない動きで剣を振り抜いた。


 ヤニスの首を刎ねたのだ。


 ヤニスの首が地面に落ち、遅れて身体も、血を撒き散らしながらばたりと倒れる。

 ヤニスの血は私の顔にまで跳ねた。


 私達の目の前で行われたそれは死体よりもずっと凄惨で、それを見たヴェーネレはまた失神した。


「<断罪(コンビクト)>を行使しました。この剣で首を刎ねることが可能なのは、相手が殺人行為の実行犯であった場合だけです。これもまた、燃費の悪い能力ではあるんですが」


 つまり、豚を殺したのは間違いなくヤニスであった、ということだ。

 ルフェルは血を払うように剣を振ると、エイミーのほうに向き直る。


「さて、問題はあなたです。ヤニスと共犯だったのかどうか」


「ち、違う! そもそも、知らなかったんです、あいつが犯人だったなんて!」


「……それはさすがに怪しいところですが……まあ実際、確かめようがないんですよね。ヴァランスの能力では<光り楔>の再使用以外にやりようがないですし、状況的には行為中に無理矢理ヤニスさんが割り入ってきたのだとも考えられます」


「いえ」


 ルフェルの考えを否定したのはロディブだった。


「……なぜ違うと?」


「鍵です」


「鍵?」


「この部屋には、簡素なものではありますが、内側から掛けられる鍵が付いております。外からこれを開く手段はなく、窓にも扉にも破壊された痕跡はない。そしてロビン様は事の最中に鍵を開け放しておくような方ではありません。となれば、中から誰かが招かない限りは、ヤニス様が中のロビン様を殺せるはずがないのです」


「……なるほど、確かに」


 扉の鍵を確認したルフェルは背中の大剣に手を掛け────そして気付いた時には、その大剣はエイミーの首と体との間に差し込まれていた。


 その生首の表情は直前の焦燥のままに固まっていた。


 エイミーの体がヤニス同様に血を噴いて倒れる。


 ルフェルは大剣を振り払ってエイミーの頭を放り出すと、掌で血を拭い、何事もなかったのかのように背中に戻した。


「共犯者は同罪です」


「……ヤニスについてもそうだが、わざわざここで殺すこともなかったんじゃないのか? 掃除が余計に大変そうだ」


「善は急げ、って言うでしょう」


 言うのか。

 まあ、海も言語も隔てていても似たような慣用句があったりはする。別におかしなことではないか。

 というかそもそも処刑というのは善なのだろうか……いや、長々とそんな事を考える気もないが。


「まあいい。僕に打ち込まれた楔も解けたようだしな。ヤニスについては残念だったが、父上が死んで気分がいい。エイミーの奴も、どうもレティツィアを嫌っていたらしいし……特に僕としては思うところもないな。代わりの人員は補充しておくが。とりあえず、さっさと本題とやらに入れ」


「……あぁ、イースウェールの力が私に流れてくるのを感じます。一度に二人裁けると違いますね」


「……おい」


 人間二人を殺しておいて、ルフェルの表情は恍惚としている。

 血の女神なんじゃないか、そのイースウェールとかいう神様。


 何より、随分と報酬を与える基準が適当なようだ。

 ルフェルは嘘を吐いているような様子でもなく、また、確かにこれまで何度も悪人を裁いた経験があるのだろうから、二人分の報酬を与えられているのは間違い無いのだろう。


 つまり、裁いた人間の中でそれが真実だと認識されているのであれば、事実がどうであろうとそれで報酬が与えられているのだ。適当と言わずにはいられない。


 エイミーは共犯などではない。




 ヤニスに領主を殺させたのは、私だ。

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