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私は何者か ⑧

 なるほどロディブがフォロを引き止めるのも納得の状態である。


 実際フォロは吐き気を押し込めるように手で口を抑えている。肉親の死は受け入れられてもこのグロテスクな死体は無理だったか。


 ルフェルは腰から剣を抜くと、地面に対して垂直に立て、何やらぼそぼそと呟いた。が、何かが起きるような気配はない。


「大規模な魔術が使用された痕跡はありませんね。少なくとも屋敷の外から魔術で殺された、ということはありえません」


 どうやら痕跡の有無を確かめていたらしい。

 隠蔽する手段があったりはしないのだろうか。


「頭蓋骨に、斜め上から刃物を振り下ろされたような損傷が見られます。比較的浅い傷ですが、綺麗にぱっくり、切れ味の良い剣を振り下ろしたような感じですね。恐らくはこれが直接の死因でしょう。その後で、頭を二つに割った」


 明らかに異質な部分を無視して死因を特定するルフェル。

 こいつもこいつで異常らしい。

 普通、この死体を見て真っ先に出てくるのは別の部分についての言葉だと思うのだが。


「……おい、そこよりも、脳が食いちぎられたようになっている事の方が問題だろう。一体これはどういうことなんだ?」


「さあ?」


 ルフェルの態度はいつまでも軽い。


「さあ、って、お前」


「私、専門じゃないですし。そんなことを聞かれても分かりません。死体から脳が抜き取られているなんてケース、聞いたこともありませんね。それもこんなに雑に」


「お前、そんな有様で探偵役を買って出たのか」


「まあまあ、そもそも重要じゃないんですよ、そんなところは。誰がロビン様を殺したか。そこさえ分かればいいんです」


 ルフェルはどうあってもへらへらとした笑みを崩さないらしい。


「どう考えたってそこを突き止めるために必要な情報だろうが」


「まあ、そうですねえ……じゃあ、ロビン様の脳はどこへ消えたと思いますか?」


「……いや、わからない、が」


「捻り出してください。とりあえずは正解である必要はありません」


「……ケースの中に保管してある、とか」


「いいアイデアです。持ち物検査をするとしましょうか」


 急に生活指導教員みたいなことを言うな。……まあ皮肉混じりだろうが。

 実際にやってみてもいいかもしれないが、それで犯人が特定できるとは思えない。


「あの、犯人がいつまでも脳を保持しているとは考えにくいのでは? 既にどこかに捨てるなり、魔術でどこかに送るなりしていそうなものですが。そのまま持っているなんて、そんな自ら特定されにいくような真似をする人間が領主様を殺せるとも思えませんし」


「良い事を教えてあげます。どんな人間でも、頭を割れば死にますよ。これは逆に、凶器を扱う最低限の腕力さえあれば他人を殺せるということです。あなたの言うような馬鹿であっても。そして、仮に多少頭が回っても、殺人だなんていうモラルに反した非人道的な行為に手を染めた人間は大抵がどこかで間違える。痕跡を残す。ミスなく人を殺せるのはプロだけです。……まあ、先程は揶揄(からか)うような口調になってしまいましたが、調べてみる価値はあるということです」


 小馬鹿にしたような言葉回しが癇に障る。


「……わかりました、折角ですから、私からも一つ良い事を教えてあげます。領主様は<結界のペンダント>を肌身離さず身に付けていると聞きました。やはり綿密な計画でも無ければ領主様を殺すことはできないと思います」


 そう言って、テーブルの上に置かれたペンダントに目をやった。

 大きなペリドットのような宝石が埋め込まれた、とても綺麗な首飾りだ。

 豚が肌身離さず身につけていた一品であるという事実さえ隠匿すれば、その能力を抜きにしてもかなりの値で売れるだろう雰囲気がある。


「外しているようですが」


「ええ。どうにかして外させることができなければ、領主様は殺せない」


 私達に向かってフォロが険しい顔で首を振る。


「あり得ない。誰かと話すときは絶対に身に付けているし、寝る時でさえ外さない代物だ」


「無理やり外す事って出来ないんですか?」


「無理だ。術者が死んでいない限りは」


「なるほど。ですがしかし、そのペンダントが結界を張るという性質のものである以上、その結界の上から圧倒的な力でもって叩き殺す事は不可能ではないはずです」


 なるほど、昨日の会話から結界とやらは絶対のものだと思い込んでいたが、結界の強度を上回るだけの力があればそれでどうにかなりそうではある。


「例えば私が聖遺術と併用して大剣を振り下ろせば可能だとは思いますが……」


 ルフェルは腰からヴァランスとかいう小さい方の剣を抜くと床に突き立て、今度はその刀身を指でなぞり、どういう原理か、震わせた。


「精度を上げましたが、やはりこの部屋で魔術が使用された痕跡はありませんね。ほぼ間違いなく、結界が力技で破壊されたわけではない……そもそも結界が起動してもいないと思われます。ロビン様はペンダントを外した状態で殺されたのでしょう」


 今のも魔術の痕跡とやらを探すための行為だったらしい。もし痕跡があったら光ったりするのだろうか。


「だから、どうやって外させたというんだ」


「そこが争点でしょうね。屋敷の人達に話を聞きましょうか」


 屋敷の人達、か。


「ああ、そうだ、犯人が既に逃げ出した可能性とかはどうなったんですか? さっきははぐらかしていましたけど」


「ああ、先程はまあクリストフォロス様──フォロ君でいいですか? フォロ君の魔術を封じる前でしたからね。言ってしまうと、昨夜からずっとこの屋敷を監視していました。そしてその間、屋敷に入っていく人間はいても出て行く人間は一人もいなかった」


 屋敷を監視されているとフォロにとって都合が悪い、ということだろうか?

 いや、フォロが犯人だった場合に、誤魔化せないと考えて部外者のルフェルを即口封じ、という可能性を懸念したのか。


「……監視? なぜだ?」


「入るタイミングを逃したので」


 現時点で全てを語るつもりはないらしい。

 ……本気で言っているわけではないだろう。多分。



「……言われた通り、屋敷の中の人間を全て集めました」


 ロディブが声をかけてきた犯人候補達が豚の部屋の前に並んでいる。


 内約。

 家令(ロディブ)メイド長(ヴェーネレ)、メイドが三人(うち一名は私が見惚れていた銀色の髪のメイドであり、今日も美しい)、そして客人二人──ヤニスとディンゴだ。


 使用人の数がイメージより少ない。屋敷がこの広さなのだ、もう少し多いものだと思っていたのだが。


「……そこの御二方は、なぜここに?」


 まあ、まず気になるのはそこだろう。

 ヤニスとディンゴの二人は服装からして明らかに浮いている。


 ルフェルから質問があったが、しかしこの二人は押し黙っていた。


「そうですね……じゃあ、ディンゴさんから答えてください」


 指名されると、それまでの態度に反して、ディンゴは流暢に語り出した。


「ああ、私ですか。私は普段罠師として生計を立てているのですが、それに関して領主様に頼まれごとをしておりましてな。その相談で呼ばれていたのです」


「罠師?」


「動物を捕らえたりするための罠を製作したり設置したりする職ですよ。森でトラバサミとか見ませんでしたか?」


「ああ、そういえば……」


 あれはディンゴが仕掛けたものだったのか。


「結局私は話す事が出来ず、泊まらせてもらうことになりましたが」


「なぜ?」


「前の方との交渉が難航したそうですよ。想定よりも時間を食われたので、それが私にまで波及した、と」


「ではその前の方、というのは」


「俺だ」


 ヤニスが手を挙げて答える。


「俺も仕事の話があって来た」


「内容は?」


「言いたくない」


「それでは、あなたが犯人ということで」


「待て。短絡的すぎるだろうが」


「内容は?」


「……まあ…………賃上げ要求みたいなものだ」


「具体的には?」


「ああっ、クソ!」


 ヤニスはがなり声を上げた後、観念したように口を開く。

 昨日私達と会った時は不敵な態度をとっていたヤニスだが、いかんせん今は立場が弱い。


「……俺の妻は病床に伏している。一回り歳下のかわいらしい妻だ。俺が溺愛してやまない妻だ。それが、病に倒れ、まともに会話することも厳しいような状態にある。なんとかしたいと思うのが夫というものだろう。例えあのクソ領主の力に縋ることになろうと」


「ふむ、それで?」


 心の底から激情と共に語っているヤニスに対し、ルフェルは変わらず軽薄だ。


「領主は治癒の魔導具を持っていた。王都のお偉いさんの間でも評判のそいつでならどうにかなると思った。事情を領主に話すと法外な金を要求されたが、既に医者に匙を投げられ、他の手も用意できなかった俺はそれに縋るしかなかった。……俺は以前王都で彫金師をやっていたんだが、在庫も店も仕事道具も、すべて売り払って金を作った。急いでいる都合で二束三文で売り払ったものもあった。愛着のある品が買い叩かれていくのを見ていると涙が出そうだったよ。領主は本当に金を用意してくるとは思わなかった、とか言って笑ってやがった。今のお前みたいな笑いを浮かべてた」


「失礼な事言いますねえ。まあしかし、それで治ったのならハッピーエンドなんじゃないですか? 田舎での隠居生活も悪くはないでしょう?」


「治ったのなら、そうだろうな。だがそんな素敵な結末は訪れなかった。あいつの病気は生まれ持ったものだったんだ。病状の進行こそ非常にゆっくりとしていたが、あいつは生まれた時からこうなる運命だったんだ。そういう病気に領主の魔導具は効果が薄いらしい。しかしそれでも魔導具の力によってある程度病状は緩和された。緩和されてしまった、のかもしれない。定期的に領主の魔導具による治療を受けることになったんだ──俺の命と引き換えにな」


「……どういうことです? 領主と悪魔の契約でも?」


「いや、領主は悪魔のようだったが、あくまで人間だったよ。俺の場合は命を直接渡すような契約じゃない」


 彼らの口ぶりからして、この世界には契約を迫る悪魔も存在するのだろうか。


「俺は斧型のジャンクを持っていた。彫金師時代に押し付けるように寄越されて、引き払う時にも唯一買い手の付かなかった品だ。そいつは抜群の切れ味を誇っていたが、それ以上の力……切った木に特殊な性質を付与する能力を持っていた」


「特殊な性質?」


「魔力の伝導率が劇的に上がるんだ。高級人造魔導具に使われるレアメタルにも引けを取らない性能になる。森で斧を振る度に希少金属が湧いて出てくるようなものだ」


「まるで打ち出の小槌ですね」


 『打ち出の小槌』?

 いや……今はいい。


「振る度命を削るがな。俺は斧を振って得たその特殊な木材と引き換えに、領主に治療をさせていた、というわけだ。負担こそあまりにも大きいが、稼ぎも彫金師時代の比じゃなかった。今日は……そのレートの相談に来ていた。俺の体にはもうガタが来ていて、以前と同じだけの木材を供給するのは難しくなっているんだ。昨日は少し口論にもなったが、今日は俺が譲歩するつもりだった。以上だ」


「その話だけ聞くと、あなたが殺したようにしか思えませんね」


「白痴か? 妻に治療を受けさせられなくなるのに、俺が領主を殺すわけがないだろう。本末転倒だ」


「いやいや、とっても合理的じゃあないですか────金にがめつい領主様にはさっさと消えてもらって、魔導具を継承したお優しいフォロ君に治療してもらえばいいんですから」


 にやり、と更に口角を上げるルフェル。


「……魔導具がフォロに継承される保証はないだろう」


「さすがに御詳しいですね。ですが殆ど間違いなく、ロビン様の魔導具はすべて後継者にフォロ君を選ぶでしょう。あなたは全てを聞かされてはいないのかもしれませんけど、フォロ君にはそれだけの素質がある。おや、これは二人が結託した可能性というのも出てきましたねえ」


 魔導具の継承云々については私にはさっぱりわからないが、とにかくヤニスの反駁は否定されたらしい。


 というか選ぶ、などと、魔導具に意思でもあるかのような言い方だ。

 人に造られた道具ではないのか?


「……俺がそれを知らなかったのなら、同じことだろう」


「本当に知らなかったのなら、ね。どうですフォロ君、ヤニスさんに話してはいませんでしたか?」


「話していない。そのことはレティツィアにしか伝えていない。……なぜかお前も知っているようだが」


「まあ、別件絡みで」


「私は初耳ですけど」


 魔導具の継承について聞いた覚えはない。


「……もうバラされているから言ってしまうが、魔術の素養がある、という情報があれば継承についておよそ判断できるんだ。魔導具に選ばれる基準として、血縁が何より優先され、次に魔術の素養。血縁だけでは六割程度で、兄弟がいれば更に分散される。だが、血縁と魔術の素養、その両方を持っていれば九割九分継承される。兄弟に素養がなければ、だが。魔導具を扱える事は公にしていたが、魔術まで扱えるという話を誰かにしたことはなかった」


 もっと軽く捉えていたのだが、フォロが魔術を使えるというのは極秘の情報だったらしいな。

 まあ私としても誰かに漏らしたりはしていない。


「まあ、継承される確証を持っていなかったとなると、ヤニスさんが殺すに至る動機も微妙ですね。……さて、使用人の方々は何か、気になったことはありませんか? なんでも構いませんよ」


「あの」


 メイドの一人が声を上げる。

 赤髪の女だ。こいつに関しては特に何も印象に残ってはいない。


 視線を感じる。

 何か、恨みのような、そういう負の感情を蓄えた表情で、メイドはゆっくりと口を開く。



「そこの、忌み子が、毎晩、夜になると領主様の部屋へ入っています」




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