表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/39

私は何者か ⑥

 


 ヤニスと別れ、フォロと適当な会話をしながら森を歩く。体調はどうだとか、精神に問題はないかとか。問題まみれだが、それを言うわけにもいかないので、そこそこには調子がいいなどと言って誤魔化しておく。


「ヤニスさんの話、その場で聞いたらダメだったんですか?」


「……心の準備をしておきたかったんだ。そのための時間が欲しかった。僕は交渉とかにはそれなりに自信があるけど、ヤニスの場合、下手したらこっちが食われる。あれはそういう男だ」


 まあ、あれと実際に対面した後だと納得がいく理由だ。


「何を話すのかっていうと、まあ多分……いや、レティに話すべきじゃないね。忘れてくれ」


「気になりますね」


「うーん……レティを巻き込みたくないんだ。多分、僕とヤニスが話している間も外で待っていてもらうことになると思う」


「……わかりました。聞かないことにします」


 フォロのことだ、間違いなく善意から言っているのだろう。

 私としてはフォロとはまだほんの短い時間しか過ごしていないが、しかしそれでもそう信頼できるような人柄というものをフォロは見せていた。



 歩く途中、異様な輝きを放つ泉のようなものが目に入った。

 白と青の光を発している。神秘、という言葉が相応しいだろう。


 思わずフォロに尋ねる。


「フォロ、あの泉はなんですか?」


 フォロは私の言葉に振り向くと、私の目線の先を見て、ああ、と納得したような声を出した。


「あれは浄化の泉だね。聖水って呼ばれる液体が湧き出てる。綺麗だけど飲んじゃダメだよ、毒だから」


「……毒?」


 ああも綺麗で澄んでいて、聖水なんて名前までついているのに?


「ナイフにこびりついた動物の血を落としたりするのには重宝するんだけど……うっかり傷口からほんの少し入ったりすると数日は苦しむハメになるよ。触れるだけなら別に問題ないんだけど、口にするのは絶対ダメ。一口飲んだだけで死んじゃうからね」


「劇毒じゃないですか……なんで聖水なんて呼ばれてるんですか?」


「ゾンビに効くから」


 フォロの口から変なワードが飛び出る。


「……ゾンビ? いるんですか、ゾンビが?」


「そりゃいるよ」


 さも当然といったような抑揚だ。


「……なるほど」


 ゾンビの存在はこの世界ではメジャーらしい。

 魔物がいるくらいなのだから、ゾンビがいてもなんらおかしくはないのだろうが……。


「……自衛になるのなら少し持っておきたいんですけど、可能ですか?」


「ああ、ちょっと待ってて」


 フォロは曲芸士のような軽い身のこなしでひょいと少し遠くの木の上に飛び乗ると、その葉をいくつか捥ぎ、降りて私に手渡した。


「はい、これ使って」


「……どう使うんですか?」


 差し出されたものは至って普通な広葉樹の葉にしか見えない……生前に見たどの植物の葉の形状とも微妙に異なってはいるが。

 これを皿代わりにして掬っていけとでも言っているのだろうか。流石に効率が悪すぎる。


「葉の根元……千切れたところを水につけてみて」


 言われた通りに泉に葉柄を浸す。


 その瞬間、葉が膨張を始め、途端に水風船のように膨れ上がった。

 葉は確かにその中に水が入っていることを知らせるように、私の手にその重さを返した。


「……便利な植物もあったものですね」


「この木は風船樹っていって、元々は魔術を使った品種改良で作られたみたいだよ。今は完全に野生化して異常繁殖してるけど、まあこの通りに葉も利用できるし材木としても悪くはないし、そんなに困った話ではないね」


 帰化植物、とでも言うのだろうか。


「水を取り出す時は?」


「千切ればいい。調理する時には水が入ったまま鍋に入れたりもするみたいだね。僕は料理をしないから詳しくは知らないけど」


 葉自体が食用になるらしい。うっかりこの聖水入りの葉でも使ってしまったら大惨事になりそうだ。


 折角なのでいくつか葉をちぎり、それぞれに聖水を吸わせる。

 一つ一つは直径5cmちょっとの小振りな球体なのだが、数が増えれば当然嵩張る。持ち帰るための道具もないことを考えて、三つに抑えておいた。心許ない数ではあるが、この程度なら片手で運べる。



 泉からしばらく歩くと、また人の姿を見かけた。


「あれも知り合いですか?」


「まあ、知った顔ではあるけど……ヤニスほど友好的なわけではないね。でも、折角だし話しかけに行こうか」


 そう言うとフォロは私の手を引き、人影の方へと歩いていった。


「精が出るな、ディンゴ」


「おお、フォロの坊ちゃん。森で坊ちゃんの方から話かけてくるのは珍しいですなあ」


 ディンゴと呼ばれた中年は人懐こそうな笑顔で返事をする。ヤニスと比べると少々ぽっちゃりしており、髭は濃くて背が低く、典型的中年像といった雰囲気を醸し出している。

 フォロの言葉に反して随分と友好的な感じがある。少なくともヤニスなどよりはずっと。


「坊ちゃんはやめろ」


「いやあ、まだ坊ちゃんは坊ちゃんですよ。それで……領主様はそろそろ死にそうですかい?」


 ディンゴは表情を変えないままそう言った。


 陽気な印象が一瞬で消えた。もうこいつの笑顔はサイコパスの笑みにしか見えない。


「奴がそう簡単にくたばるわけがないだろう。色々考えてはいるが……しばらく先の話だ」


「あ、そういう感じなんですね」


 思わず口を挟んでしまった。

 どうやら豚をどうにかしたいというのはディンゴとフォロとの共通認識であったらしい。


「……僕があれを敬愛してるとでも思った?」


「うーん……まあ仮にも父親ですし……」


「皆父上には一刻も早く消えて欲しいと願ってるよ。まあ擁護派というか、信奉する一派もいないではないから、それが面倒なんだけど……多分、恨みを持っている人間の方が多い」


 こんな村ではあるが、上の方はしっかりドロドロしているらしい。

 いや、こんな村だからこそ、か。


「……フォロはなぜ、父親を殺そうと?」


「レティを迫害する流れを作った張本人だから」


 フォロはいつになく真剣な表情を作った。


「だから、物心ついた時には殺してやりたいと考えてたよ。それにそれを度外視したって碌な人間じゃないのは嫌という程わかる。……殺されるべき人間だ」


 フォロは目を細めてそう言った。

 フォロという人物の認識を改めるべきかもしれない。

 この子は危険だ。


 まあ気持ちは確かにわかる。あんな父親がいて反抗しないということもないだろう。

 しかし、その敵意が殺意にまで昇華されるとなると話が変わってくる。

 あの豚はあくまでもフォロの父親であり、権力者であり、人間だ。フォロは賢く、それを理解していないということもないだろう。

 殺すなど、他人にそれを話すにも相当の覚悟がいる。


 フォロには覚悟がある。それはフォロの心の強さであり、危うさだ。

 今のところは私に矛先が向くこともないだろうが……私に、レティツィアに心酔しているうちに、コントロールしてしまうべきなのかもしれない。

 この手の人間は、簡単に暴走しかねない。経験則だ。

 というかまあ、既に暴走しかけている感じではあるのだが、実際行動に移していないだけ抑えられていると言ってもいいだろう。


「その話でないなら、今日はなんの御用で?」


 少し話から外れていたディンゴがフォロに声をかける。


「ああ、いや、レティツィアが折角興味を持ったようだったからな。少し雑談でもと」


「記憶を失ったんでしたよね、その程度であれがどう変わるのかと思っていましたが……普通に話してらっしゃて驚いています。ええと、どう呼べばよろしいでしょう?」


 ……レティツィアはどういう人間だったんだ?

 まるで以前のレティツィアはフォロとも会話が成り立っていなかったとれるような言葉だ。普通に話しているというだけで驚かれるなんてさすがに想定外だ、赤子じゃないんだぞ。

 いや、あくまでこいつの前でフォロと会話していなかったというだけだと考えるほうが自然か。レティツィアから話しかけてはいけないという誰が決めたのかもわからない(恐らくは豚か教会の人間だろうが)ルールは当然フォロ相手でも適用されているわけで、それなら人目がある場所では萎縮して一切会話が出来なくなっても不自然ではない。ルールを破った時にどんな罰があるのかわかったものではないしな。


「レティツィアを、か? 僕が坊ちゃんならお嬢さんとかでいいだろ」


「おお、良いですな、それでいきましょう。それで、お嬢さん、随分と流暢に話せるようになったんですなあ。以前は────」


「余計なことを口走るなよ、ディンゴ」


「おっと、失礼。これは余計なことでしたか、なるほど」


 以前は、なんだ?


 どうも、フォロとしか話していなかったということ以外にも何かありそうな含みがある。聞いてもきっと答えてはくれないだろう。

 少なくともレティツィアの言葉は流暢ではなかったらしいな。まあまともな教育を受けていなければ他人との会話も原則禁じられていて、それでまともな会話ができるほうがおかしくはあるが。

 いや、それなら、私のこの言語の知識は、レティツィアのものでないとしたら一体どこから来ているんだ?

 分からない。分からないことが増え続ける。


「ああそうだ、例の話。計画が完成した暁には是非私にもお声がけください。全面的に協力しますよ、領主様への怨みは私としても生半可なものではないですからな。今私がこんなところにいるという事実を再認識するだけで怒りが込み上げてくるというものです」


「ああ、期待しているぞ」


 それだけ言って、フォロはまた歩き出した。



「……領主様に対しては、みんなああいう感じなんですか?」


「みんな、じゃないね。さっきも言ったように、父上を盲目的に信奉してる村人もいるし、利権に巣食う人間達もいる。皆が皆父上が領主をやってることに反対しているのなら、代替わりだーって言って無理矢理に殺してしまっても良かったんだろうけど、中央──王都の方にまで父上と懇意にしている人間がいる。どうにかしようと動いてはいるんだけど、僕が直接手を下すには結構厳しい状況だ」


 要するに、迂闊に殺害などという単純な手段を用いてしまっては豚のお仲間に恨まれる、ということだろうか。

 日本であればそもそも法律に阻まれる話ではあるが、そのあたりこの世界ではどうなっているのだろうか。さすがに人を殺してお咎めなし、なんてことはないだろうが……。


「可能ならすぐにでも殺したい。まあバレないように、というだけなら達成不可能でもないし、最悪無視してもどうにかならないことはないと思うんだけど、そもそもとして父上を殺すのは物理的に困難なんだ」


「物理的に?」


「父上は王都でもそうそうお目にかかれないレベルの魔導具をいくつも携帯している。どうやって手に入れたのかはわからないけど」


 殺しにくい理由としてなんとなく納得はできるが、魔導具の効果を物理的と言ってしまっていいのだろうか。

 フォロは白く細い自分の手を口のあたりに持っていって、考えながら話すような様子で続けた。


「その中でも結界を展開するペンダントが特に厄介だ。身につけてさえいれば危険に反応して自動発動するように出来ていて、奇襲や暗殺でも掻い潜ることは不可能。身につけているとかなり動きにくいとか言っていたけど、そんなの結界の性能と比較したら欠点と言えるかどうかも怪しいレベルだ。そもそも自分から汗水垂らして動くような人じゃないから動きにくさに苦しむ機会がない」


 魔導具による守りの穴を見つけなければならない、ということか。


「ペンダント自体を無理矢理領主様から剥がすのは?」


「当然ペンダント自体が反応して防がれるだろう。そんなことで解決するなら悩んでないさ」


「魔導具って魔力が必要みたいな話でしたよね? どうにかして魔力切れの状態にさせる、とかはできないんですか?」


「結界のペンダントはチャージ型の魔導具なんだ。初めて身に着ける際にある程度まとめて魔力を流しておけば、後はほんの少しの魔力を常時自動で吸って、条件に応じて機能する。この場合の条件は『起動用の魔力を流した人間』の『物理的危機』だね」


「精神に攻撃するような魔術なら通るということですか?」


「そんな高等魔術を使えるなら、ね。僕達の周りにそこまでの魔術師は存在しないから、その弱点は無いようなものなんだ」


「毒物は物理的危機として感知されますか?」


「されないと思うけど、残念ながら父上を毒殺することはまず不可能だよ。毒を盛られたかもと思われた時点で治癒の魔導具で簡単に回復される。毒の種類にもよるだろうけど、例えば聖水をどうにかして飲ませたところで、気づいてから死ぬまでに治癒する余裕はある」


「それ、どんな毒でも回復されるんですか?」


「父上が解毒出来なかったなんて話は聞いたことがない」


 なんて都合のいい道具だ。あらゆる毒に対して効果があるなんて、そんなものが存在していいのか?

 毒の原理にも色々あり、本来気付いても取り返しがつかないような、解毒剤も治療法も存在しないものも少なくないのだが……まあ、効かないというのなら、別の手段を考えるしかないだろう。


「病も治癒できたりします?」


「大体は治るはずだけど、たまに全く効果のない場合があるって言ってたね。生まれついて抱えたものとかは無理らしい」


「焼き殺す、とかどうですか?」


「物理的危機として認識されて結界が発動するだろうね。父上としてはその間に歩いて逃げればいい」


「監禁して結界の魔力が切れるまで焼き続けるとか」


「父上は短距離を移動する魔導具を持っている。あまり勝手が良くないと愚痴を吐いているのを聞いたことがあるけど、それがある以上監禁も難しいだろう。上手く誘導して閉じ込めても脱出される」


 水責めをするとか、長い落とし穴を掘って餓死するまでそこに閉じ込めておく、とかも考えたのだが、テレポートが可能となるとそれも厳しいだろう。

 刃物やら鈍器やら縄やらの物理的暴力的手段では殺せない。毒物でも殺せないし、焼いても死なない、そもそも拘束すら難しい。八方塞がりじゃないか。

 なんであんな豚がそんな無敵の状態なんだ。わけがわからない。


「それじゃあ、領主様を殺すなんてできないじゃないですか」


「そうでもないよ。一番現実的な手段は────自分の手でペンダントを外させること」


 大抵の手段で問題になるのは結界のペンダントとやらだ。それを外してしまえば確かに如何様にしても殺せるだろう。

 しかし。


「どうやって、ですか?」


「それを僕らはずっと考えてる」


 フォロははあ、と溜息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ