表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/44

魔導学院と殺人鬼 ⑨

「……まさか、始祖吸血鬼(アンセスター)? なぜ────」


 ルフェルが吸血鬼の存在に気付いた次の瞬間、ソフィアが片手で結界に触れると、それは衝撃を加えられたガラス細工のように即座に崩壊した。


 ルフェルの顔が驚愕に歪む。余程結界が強固なものだったのか。

 場慣れの為せる技か、異常事態にもかかわらず即座に意識を切り替えたルフェル。

 だが攻撃体制を取るより早く、ソフィアが何事か呟いた。


 直後、世界が凍りついた。


「……え?」


 思わず間抜けな声が出た。

 それも仕方のないことだった。

 目の前で起こったあり得ない現象。

 ルフェルとアルミナが────静止している。


 静止した世界の中で、唯一ソフィアだけが平時のように動いていた。


 超越。


 脳裏に浮かんだ言葉がそれだった。


 私の認識では、ルフェルは人類規模で見ても上位の実力者だ。身に纏う力の量が常人とは違う。魔力なんてものにまるで疎い私でさえ分かる傑物。


 それが、成す術もなく制圧されていた。


 それを成し遂げたソフィアが私に言い聞かせるようにぼそぼそと説明を始める。

 覇気がないが、鋭い声。

 人間に命の危機、あるいは抗えない魅力を感じさせる天敵の声音。


「────私の能力だ。時空に逆らうように干渉しているわけではない。私とお前の……速度を上げているだけだ。お前と違ってな……」


「いや……」


 お前と違って。

 意図するところははっきりと理解できなかったが、咄嗟に否定する。

 それに対して帰ってくるのは更なる反駁だった。


「いや、じゃない。既にわかっている……お前だけだ。お前だけが、意図的に行動を変えている。この現象は、お前が引き起こしたものだ。自死をトリガーとした、精神の時間遷移……いや、そんな生易しいものではない。より強力な……運命への干渉」


 状況を整理する。冷静に俯瞰しようと試みる。

 突如現れた、そこに居る筈のない吸血鬼。その言葉。

 この吸血鬼は────。


「……遡る前の記憶を、保持している?」


「────そうだ。状況を見るに、本来お前以外の存在は……記憶ごと前の時空に置いてくるようになっているのだろう」


 その認識は、私と相違あるものではなかった。

 本来は、そうなるはずだった。


「だが、私は違った。この私の能力によるものというよりは……恐らくは、蘇生にお前の手が入っていることが原因だろうが……記憶を保持したまま、この時空に急に発生した」


 想定外。

 全く想定外の事象だった。


 私以外の存在が、ループ前の記憶を保持してしまうなど。

 ループ前で蘇生したものが、蘇生手順を経ずとも蘇生されるなど。


 破綻する。

 私はこいつから……どうやって逃れればいい?


 迂闊な行動は取れない。

 仮に戦うとして……奇襲のような一発ネタも少しは持っている。だが、消費するタイミングは考える必要がある。

 こいつ相手に、やり直しはほとんど効かない。

 銀のナイフの所持は既に知られている。…‥元々通用するかは望み薄だが。


 警戒心を最大まで引き上げる。


 しかし、物理的戦闘の準備をしている私に対し、ソフィアが攻撃しようとする気配は無かった。


 それどころかむしろ──神妙な面持ちで、希うように私に尋ねる。


「人は」


「え?」


 牙の覗く口からぽつりと漏れる言葉。

 人類の天敵とは思えないか細い声。


「お前の能力で、人は蘇るか?」


 それはまた予想外の言葉だった。

 その顔は物憂げで、今にも泣き出しそうにも見えた。

 わからない。何が何だか、全くわからなかった。


 だが。


 その感情の発露には明らかに、今までで一番の人間味があった。

 今までだって苛立ちなり自尊なり、そういったものが見え隠れしてはいたが、私にはこの表情が決定的なものに思えた。


 結局内面が人間のそれであるならばつまり────交渉の余地がある。


 光明。


 考える時間が欲しい。人より多く時間を使えることを強みに動いてきた場面はあるが……今回それは叶わない。


 一旦はこいつの疑問に真摯に答える。


「いや、ええと……私のこれは、完全に制御できていなくて……多分、今死んでも数十分前にしか戻れない。その間に死んだ人は蘇るだろうけど……強制力の程度もわからない……です」


 私の能力では、そうだ。

 だが、何故かこいつは見落としている。

 ソフィアは一度頷くと、細く息を吐いた。


「……そうか。そうだろうな。いや、望み薄であることはわかっていた。だが……いや、いい。世界とは、そうあるべきだ」


 何を勝手に一人で納得しているのか。

 こいつの情緒が何故どのように遷移しているのか全く理解できなかった。

 だがやはり、仔細がわからないだけで、情緒それ自体は確実に存在している。


 ソフィアが目を細める。何か決意を感じさせる顔で口を開く。


「やはり……世界を手向(たむ)ける必要があるだろう。征服には協力してもらう」


 滅茶苦茶言いやがって。


 こいつの口振り。

 事情はわからないが、恐らくは……故人を偲んでいるのだろう。

 それが世界征服につながる理屈はさっぱりわからないが、根底にあるのが追悼であるならば、やはりそれは人間的情緒で────付け入る隙だ。


「……蘇生の魔法陣なら、可能性があります」


「……ふむ。それは……私を蘇らせた術か。……いや、そうだな。真っ先に思い当たるべきだった。何故気付かなかった? 私が蘇っているのだから、その術を他の対象にも使用できるのはある程度自然だ。…‥可能性、というと、不確実なのか?」


 僅かに動揺の見える口調。

 不可解な現象に遭遇した、とソフィアも認識しているらしい。

 あまり蘇生の術について考えないようにさせる、そういった制限が組み込まれていたのかもしれない。

 ウエスタが殺されたのも……その類の制限が十全に機能していなかったことが原因という可能性はある。


 質問の内容に意識を切り替えて答える。


「本人の一部が要るはず」


 蘇生の条件。

 ウエスタは白い何かを持ってきていて……確か、遺骨だと言っていたはずだ。

 蘇生される人間は、おそらく遺伝子のようなものによって指定されている。


 ならば、クローンの遺骨を使った場合、蘇るのはクローンと本人のどちらなのだろう?

 ソフィアを見る限り、蘇生前の記憶──6000年前の記憶は引き継がれている。あの蘇生術は遺伝子情報のみを利用してクローンを作り上げているわけではない。その場合に蘇生されるのは恐らくクローンだ。


 ……浮かんだ益体もない考えを捨てる。

 今は目の前の相手に集中するべきだ。


 ソフィアの反応は……あまり芳しくはない。


「そうか。ならば────結局は、無理だな。6000年前の人間の体の一部など、残っているはずがない」


「……」


 ソフィアはまた物憂げな光をその双眸に湛えていた。


 蘇生したい6000年前の人間。手向け。

 恐らくは…‥恋人か、それに類する関係の相手だろう。

 そうであれば、蘇生したい気持ちもある程度理解できる……その弔いのために世界征服までしようとは、余程入れ込んでいたと見えるが。


 ソフィアという出所不明の仮名も恐らくはその恋人の名前か。


 先程の言葉。

 『6000年前の人間の体の一部など、残っているはずがない』。


 それは────誤った感覚だ。


 私の世界では、古代人類の化石からDNAを抽出することに成功している。

 ソフィアが遺骨から蘇生できた以上、吸血鬼でなく人間の化石であっても問題はないだろう。……あくまで素材の話で、蘇生術を人間に適用できるのかも知らないが。


 目下問題は……この事実をソフィアに伝えるかどうか。

 考えろ。


 私は深く思案した。

 限られた時間でより深く。こいつの世界征服を止めるため。

 私は……ありのままの、この世界が気になっている。こいつに歪められるのは『気に食わない』。


 思えば私の精神も随分変容した。今は……消えたいなどと感じていない。

 きっとレティツィアとの精神の融合だけが原因ではない。この世界での生活が私をそう変化させた。

 フォロやルフェルとの出会いか、ロジィ達との会話か、あるいは全ての人間との出会いか。

 ……または、女の子として着飾ったり恋愛小説を読んだりしたことが余程心の栄養になったか。


 ふと、閃いた。


 この世界での経験が私に与えた、策とも言えない幼稚な考え。

 普通に考えたらありえない。価値観や種族の相違を無視した発想。

 だが、不思議と……一番上手くいきそうにも思えていた。


 反射的に大きく口を開く。


「……あのさあ!」


 吸血鬼は突然声を張った私に少しだけ目を見開いていた。

 そして、その後に続く私の言葉に、明確に表情を変化させる。



「────私にしませんか!?」



 きっと今、私の表情も普通ではない。


 あり得ない。


 普通に考えてあり得ない台詞だった。


 相手は人類の天敵で、レティツィアは何者でもなかった。強いて言うなら勇者の近くにいるだけの人間。

 どれだけ自分に自信があったって出てこない解決策。

 だが私は恐らく────正常ではなかった。

 かつてなく追い詰められている私に最初から正当な解決策なんて出しようがなかった。

 賭けにもなっていない滅茶苦茶なコインフリップ。


「………………………………は?」


 呆れ返るようにソフィアの口から漏れる声。

 至極当然の反応だった。

 いや、あるいはその人間的な反応を引き出したとも言えるが……とにかく芳しくはない。


「…………お前が、ソフィアに成り代わろうと言うのか?」


 理解が早い。

 だが、『ソフィア』と自分を同一視していない発言。

『ソフィア』というのは吸血鬼たる自身が懸想していた誰かで、そう呼ばせている自分自身のことではないという前提の言葉。

 面倒臭い。


「……何を、言っているんですか?」


 白々しく、コンテクストを何もわかっていない体で尋ねる。

 まずはこいつに実際のところを吐き出させる。


「…………そうだな。『ソフィア』というのは……かつて、私を……救った女の名だ。人間に裏切られ命を落とし、それが私の死にも繋がったわけだが……いや、そう言う意味では最初に人間を裏切ったのはソフィアか。人類の天敵たる私に手を差し伸べるなど……」


「あー、なるほど、はいはい。それなら確かにソフィアに成り代わろうとも言える、かも」


 ぶつぶつと懐古的な呟きを続ける吸血鬼。

 また感傷に浸られるのも困るのでさっさと切り上げさせる。

 現状に目を向けて貰わなければならない。


「…………まあその不遜な雰囲気は……ソフィアに似ている、とも言えるが……」


 ルフェルが何か厭そうな顔でそう呟く。

 ソフィアはあまり物怖じしないタイプだったらしい。

 まあそうでもなければこいつと上手くやってはいけないだろう。

 私の場合は保険があるためだが……。


「じゃあまず、名前ですね。本当はなんていうんですか?」


 さして興味も無いが……いつまでも昔の女の名前で呼ぶわけにもいかない。今後いちいち直接的に想起されても困る。


「…………まあ、いいだろう。我が名は……『アロケイティ・グロウメロウ・べフェレノン・フォン・ショールクロック・レヴァティウス・アノティアロング・エーテルソウル』だ。好きなところを取って呼ぶが良い。その不遜は問わない」


 以前に長いと言っていたが、本当に長い。

 一度で覚えるのは普通無理だろう。

 半分くらい聞き流してしまっていた。

 だが、その中に一つ、心当たりのある言葉があった。


 べフェレノン。


 私の記憶が正しければ、確か以前に聞いたことがある────アルミナの家名だ。


 そこはあまり呼びたくない。他の部分から、耳に残った音で呼ぶことにする。


「わかりました。あなたのことは……レヴァと。そう呼ばせていただきます。……そしてレヴァ、その名前の由来は? あなたがどういう存在なのか理解しきれていないんですが、あなたにも親や子供が?」


 吸血鬼────ソフィア改めレヴァは、私の質問に軽く首を横に振った。


「私はほとんど不死の完璧な存在で、故に子孫など必要としなかった。まあ、劣化した同族を増やす能力はあったし、結局は殺されているのだが……。そして当然、人間から赤子として産まれたわけでもない。私の名前は……成り立ちに由来する。時の数人の賢者が、共同研究の末に生み出した成果物、人類を超える人類として生み出された究極生物『吸血鬼』のプロトタイプ……それが私だ。もっとも、同族が吸血鬼などと呼ばれるのはその存在が広く世に知られてからだが……」


 レヴァはそれを何事も無かったかのように語り、表情も変えなかった。

 その生い立ち……もとい成り立ちは、レティツィアとの類似性も感じさせた。

 アスの研究は6000年も前に既に完成していたのかもしれない。

 私に吸血鬼の因子が含まれていないのは何故なのだろうか。奴らなら喜んでぶちこんでいそうなものだが。


「それら研究者の名や、研究の軸となったいくつかの要素をもって命名された。気に食わないと言えば気に食わないが……この世に生まれ落ちた瞬間にそいつらは殺したわけで、まあドッグタグのような趣もある」


 例えに出しているが、根本的にドッグタグは奪うために存在しているわけではないと思う。そもそも兵士の識別票のような文化がこの世界に存在することに少し驚いた。それも6000年も前に。

 名前にべフェレノンが含まれることについては少し納得した。

 恐らくは……アルミナの先祖か親類が、こいつを生み出す研究に関わっていたのだろう。

 アルミナの魔術的な素養を考えればある程度自然な話でもある。


「それでお前、なんだ」


「え?」


「どうしたいんだ、と聞いているんだ。お前はソフィアにはなれない。だが、多少の話は聞いてやってもいい」


 レヴァのルーツに聞き入り、少し話が飛んでいた。

 先程こいつの言った通り、こいつの中のソフィアに成り代わろう、という話だ。ソフィアとかいうよくからん女それ自体になりたいわけではない。

 もう少しわかりやすく伝えてやる必要があるか。

 私の意図するところ。


「つまり、ソフィアさんのことを忘れて私のことを好きになって、世界征服なんてやめて欲しいんです」


 思いつきをそのまま口にした。

 自分で言っていて本当に馬鹿みたいに感じる。

 よっぽど頭が蕩けてないとこんなセリフ出てこないし、よっぽと頭が蕩けていたってこの状況では出てこない。


 だが、しかし。

 勝算が無いわけではない。

 この世界において、私はわりと……モテる。


 冒険者稼業をやっていると特にそう感じた。仮面をつけるのをやめて以降、同業者の中にいればかなり視線を吸ったし、貢ぎ物をされたことさえあった。ありがたく酒代に変えたが……。

 とにかく、私は今の自分に魅力があることを理解している。学院内ではファーストインプレッションの与え方に失敗していたが、あれは9割以上ルフェルの指導が悪かったと見ている。


 だから今回だってきっと勝てる。

 そもそもこいつも私(とメアやアルミナ)のルックスを評価していたはずだ。


「………………お前、頭がおかしいのか?」


 まだ、勝算はあると思っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ