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魔導学院と殺人鬼 ⑤

「君が必要なんだ」


 ウエスタは続けてそう言った。


 これは、間違いなく、口説かれている。

 想定よりかなり展開が早い。


 ウエスタの容姿は……悪くないが、曖昧な印象だった。

 そう……ぼやけている。


 一見すれば真面目そうに見えるが、遊んでいてもおかしくないと思わせる。

 純粋そうに見えて、裏に何かを抱えていそうに見える。

 魔術師然としたローブにも特に表立って不審な点は無いが、隠そうと思えば内側に何でも仕込めるだろう。


 まあ、あれこれ考えたところで外見から大した情報が得られるわけでもない。私はシャーロック・ホームズではないのだ。

 差し当たってはウエスタの意図を聞き出すか。

 文脈的に恋愛的な話で間違いはないだろうが、な。


「必要って……どういうこと、かな?」


 口調、こんなもので問題ないのだろうか。

 ……これも深く考えても仕方がない。


「言葉通りさ。彼氏がどうとかはともかく、僕らには君の……その頭脳が必要だ。君が望むなら、交換条件として僕が恋人として付き合ってあげてもいい」


「……僕ら?頭脳?」


 『彼氏がどうとかはともかく』と言い出した。

 予想に反し、色恋がメインではないらしい。


 恋人になってやるなどと、随分と上からな物言いに反駁する言葉は飲み込みつつ、背景のわからない言葉を反芻する。


 彼の言う『僕ら』が何なのか、何故私に能力があるかのような言い方をするのか。


 灰色の脳細胞を披露してみせた覚えはない。


「君、魔力が無いよね?」


「……そうだね」


 確かに、私は魔力を持っていない。そう聞いている。

 どうやら検査などしなくても、学院に通うレベルの者なら魔力の有無くらいは簡単に判別できるようだ。


「魔力が無い人間が魔導学院に入学できた理由……魔力が無くても研究を推し進められるほどの能力。絶対に、僕たちに必要な人材だ」


 なるほどな。

 つまり、普通、ここに入ってくる人間は魔力を持っていて、そうでない場合……それに代わる才なり知なりを持っている。

 そういうことらしい。

 あいにく私はどちらでもないが。


 この話に乗ってみてもいいが……ボロが出ることは避けられないだろう。

 どうするか……。


「頼むよ、僕たちには最後の一押しが必要なんだ。研究も佳境といったところなんだけど、最後のピースが必要だった。それはきっと……君だ。一段落すれば機材も優先的に回すし、なんなら僕が恋人になってあげるからさ……」


 恋人云々の提案は二度目だった。

 さながら交換条件のように並べてはいるが、こいつ、私とくんずほぐれつするのが主たる目的じゃないだろうか。


 僕たちと言うのは、研究室だろう。

 ルフェルが言っていた、根回しが比較的面倒な部分。



 決めた。


「いいよ……君と恋人にはならないけど、君たちに協力はしてあげる」


「本当!? 助かるよ! 詳しくはみんなの前で話すからさ、とりあえず、今日の講義が終わったら僕についてきてほしい」


「うん、オッケー」


 屈託の無い満面の笑み。本当に私を恋人にする云々はどうでもよさそうだった。

 まあいい。


 何の能力もないことがバレてどうなるだとか、知ったことではない。

 どうせ長居はしないのだ。


 後先のことは考えない。

 『僕たち』とやら、私が荒らし尽くしてやる。


 囮として交友関係を派手にしろと言われている。

 差し当たって……全員と恋人になってやろう。



 がらり、と扉の開く音がした。

 例のやる気の無い講師が帰ってきたらしい。


「あー、めんどくせえが講義してやる。お前ら自席に戻ってありがた〜く耳かっぽじってよく聞いとけよ」


 くどくど恩着せがましい言い回しで怠そうに言い放ち、教壇にどさりと紙束を載せた。

 本当に、こういった怠惰な態度を見せることは、この世界では珍しい。


 仮に、ルフェルがこのような態度を取り出したら……相当面白いだろう。


 配られた資料は私には全く理解の及ばないものだった。言葉はわかるが、内容がわからない。

 明るくない分野の専門書を読んだ時そのままの感覚。


 だが、ウエスタの言い分からすれば私がわからないのも不自然だ。


 資料に目を通すようにぱらぱらとめくってみせた後、適当にうんうんと頷いておいた。


「わ、わかるの、これ? う、ウエスタくんが言ってた通り、すごいんだね」


 隣にずっと座っていたが空気を読んで黙っていたメアが話しかけてきた。

 メアは本当に可愛い。容貌も口調も全てが愛おしく思える。

 メアに褒められて鼓動が速まるのを感じる。


「まあね。天才だからね、私」


 適当な言葉が口を衝いて出る。

 反射的に格好をつけたくなってしまった。こうなれば深く探られないことを祈るのみだ。


 教壇のほうでは例のやる気の無い教師──ベガが講義を始めていた。

 聞いたところで理解できる気もしないが、少し意識を傾ける。


「────知っての通り魔法陣というのは、魔術回路として最も原始的なものだ。その歴史は呪文よりも古く、人類が農耕を始めるより先に使われていたとされるが……決して骨董品ではない」


 知っての通りとか言っているが、知らん、そんな事は。

 だが、今回から参加する私を気遣ってなのか、基本的な部分を含めて説明されているようには思う。


「……現在の戦争においても魔法陣は要所で利用されている。特筆すべきはその利用における属人性の低さだ。ゼロから魔法陣を記述するには魔術師たる素養と深い理解が必要だが、ある程度の魔力さえあれば何も知識が無くても起動できるし、改変には魔力が要らない」


 この世界の戦争には魔術を利用するらしい。まあ、それはそうか。

 『魔術』師なのに『魔法』陣と言うのは何の都合だろうか。

 フォロが使っているのが魔術で、魔法、というのは確か……イステが使っているやつのことだ。


「と、いうわけで……デモンストレーションだ。レティツィア、この魔法陣を改変してみろ。方向性は任せる」


 そう言うと、ベガは黒板に刻んだ魔法陣に手を翳し、光の玉を発生させてみせた。


 は?


「無理です。わかりません」


 私の言葉に対し、メアは目をぱちくりと瞬かせている。

 『なんで?』という心の声が聞こえてくるようだ。

 ごめん、メア。本当は何も知らないんだ。バカなんだ、私は。


「わからんわけがないだろ。いいからさっさと前に出てこい」


 どうやら、ベガとしても私は『魔力は無いが知識なりを蓄えている生徒』として認識しているようだ。

 なんでだよ。根回しはしっかりやっておいてくれ。

 次会ったらルフェルの頭をはたき倒そう。


「……はい」


 周りの懐疑的な、あるいは多分に興味を含んだ視線も私に突き刺さるので、仕方なくベガの方に歩いていく。

 こうなってしまえばヤケだ。適当に陣に落書きしてさも成し遂げたかのような表情で席に戻ってしまおう。

 調子が悪かったとでも言えばいい。


 ベガが魔法陣を刻むのに使っていた、アイスピックのような道具を手に取る。

 ベガの魔法陣に適当な模様を加える。魔法陣の外周に沿って、ぐにゃぐにゃとミミズのような模様を。


 そしてアイスピックを置き、何事も無かったかのように涼しい表情で自席に戻った。


「……おい、これは、何だ?」


 知らない。私が聞きたい。なんなんだ、これは?

 わからないって言ったのに。わからないものはわからないのだから怒らないでほしい。


 生徒達もざわつきだした。教室中から奇人でも見るかのような視線が向けられる。

 私そんなに悪いことしたか?


 何を言われるのかとベガの方を見ていると、教壇近くに座っているウエスタがベガに話しかけていた。


「……ベガ先生でもわからないんですか?」


「…………一見滅茶苦茶だが、陣が自壊していない以上……成り立っている。専門でないにしろ、俺も魔法陣には造詣が深いんだが……これは……」


 本当に何もわからないが、話を聞く限り、どちらかというと褒められそうな感じだ。

 ミミズののたくったような私の魔法陣改変は奇跡的に上手くいったらしい。


 何かやっちゃいました? とか、言ってのけるべきだろうか。


「あー、レティツィア。すまんが説明してもらえるか?」


「いや、だから……わかんないから適当に描いたんですよ」


「……適当に、か……」


 それを聞くとベガは顎に手を当てて深く思考に耽りだした。

 言葉通りなんだが。


「……わかった。じゃあこれは、未知の魔法陣、ってことだな……。この場で起動するわけにもいかんしな……専門のやつに回す。一旦授業を続けるぞ。今レティツィアがやったように、改変には本当に一切の魔力が不要で──」


 何か知らないが納得してくれたらしい。


 実際のところ、なぜ上手くいったのか……たまたま奇跡的な確率で『成立する魔法陣』になったというよりは……私の中の、何らかの魂の因子の影響によるものと考えるのが自然か。

 アスクレイアスから聞いたところによれば、神様の因子まで組み込まれているらしい。イレギュラーが起きても不思議ではない。


「す、すごい、ね……。ベガ先生って、本当にレベルの高い魔術師なんだけど。れ、レティの描いたの、わからなかったみたい。本当に、天才なんだ」


「まあね」


 実態は全くその言葉と異なるが、かわいいメアに褒めてもらえて気分が高揚する。

 私の学生生活は前途洋々だった。



 その後の講義(寝て過ごした)も終わると、すぐにウエスタが私の元に来た。

 余程『僕たち』に私を紹介したいらしい。


「じゃあレティ、僕についてきてもらおうかな」


 胡散臭い笑みを浮かべるウエスタの言葉にこくりと頷き、席を立とうとしたが、何かに引っ張られて踏み止まった。


「あ、あの」


 私の袖を引っ張ったのはメアだった。

 何か……言いたいことがあるようだった。

 その目は僅かに潤んでいる。


「わ、私、も……ついてって、いいかな」


「え?」


 驚きの声を発したのはウエスタだ。

 メアの発言は意外なものだったらしい。


 私としては──受け入れるかどうか、微妙なところだ。


 ウエスタと一緒に研究をしているのであろう魔術オタクの童貞共を骨抜きにしてやろうと意気込んでいたが、メアが一緒となるとそちらに気を惹かれてしまう可能性も高い。

 大きく支障は無いと思うし、メアが来てくれればシンプルにメアのことを気に入っている私としてはその分ハッピーではある。


 ここはウエスタに判断を委ねるか。

 お前が決めろ、と目配せをする。


「うーん……わかったよ。レティも君に来て欲しいみたいだし、特別に許可しよう。あまり邪魔はしないようにね」


「あ、ありがとう」


 おい、違う。今のアイコンタクトはそういう意味じゃない。

 ウエスタを睨むと不思議そうな顔をされた。

 どのくらいの付き合いになるのかわからないが、こいつと上手くやっていく自信は無いな。


 溜め息を一つ吐き出し、気を取り直してメアの方を見ると、頬を掻きながらにへへと笑いかけてきた。


 ……メアを連れていくのは正解だったようだ。この笑顔にはそれだけの価値があった。

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