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魔導学院と殺人鬼 ③

「そういえば」


「はい」


「魔神が攻めてくるまでには余裕があるんですか? フォロを魔導学院に通わせて育成するって、随分と悠長ですよね。年単位の計画でしょう?」


 移動中、ルフェルに気になったことを尋ねる。


 今日は移動が多すぎる。多少マシになったとはいえルフェルと比較すればこの肉体は貧弱であり、筋肉は軋んでいるし全身に気だるさがある。

 再生能力が生きてさえいればこのあたりの苦痛も緩和されるのだろうとは思うのだが……。


「ああ、そのことですか。まあ貴女にはもう話してもいいでしょうか」


 ルフェルが指を鳴らし、ぱちん、という乾いた音を響かせると、あたりが緑色の壁で覆われた。


 以前にも見たことがある。結界だ。


「周りに人はいないようですが……」


「万が一にでも聞かれれば問題になりますので。さて、魔神が攻めてくるまでに準備を整えて万全の体制で迎撃するために二年という時間が必要、というのが公に……いえ、各国のトップにのみですが伝えられている内容になります。ところが実態は少し異なる。うちの巫子の精度は他を圧倒しています」


「というと?」


「どう違うと思います?」


「知りませんよ……早く説明してください」


「まあまあ、ちょっと考えてみてくださいよ」


「少なくとも殺人鬼の件は急ぎなのでは?」


「ところがそれもそうでもなさそうなのです。時間ならありますよ」


 なぜかルフェルは引き下がりそうにもない。

 気は進まないし面倒だが、考え、口にしていくことにする。


「……その非対称な情報で貴方達──アルネセント王国の人間達が得をすることは間違いないでしょうね。魔神側の侵攻時期を隠して……遅めに伝えておいて、魔神を利用して他国の国力を削ろうとしているとか」


「素晴らしい」


 わざとらしく手を叩くルフェル。

 何がしたいんだこいつは。


「勇者の召喚に失敗したのもわざとですか?」


「まさか。あれは本当に事故でした。勇者の力は我が国の力と言っても過言ではないのに、故意に失敗する理由もない」


「まあ……そうですね。で、殺人鬼の件については? 何かわかったようですが」


 追加の情報は先程の資料だけだったはずだが、まあその中に余程こいつにとって有利な情報でも書いてあったのだろう。


「魔神のことに関してはもう聞かなくていいんですか?」


「これ以上教える気もないですよね?」


「いえいえ。本当に、貴女には話していいと思っているんですよ。魔神の侵攻が本格的に始まる日。悪魔を増殖させるなんて小手先の牽制でなくて、魔神本体がその神の力でもって直接人類への攻撃を開始する日は────今から266日後です」


 ルフェルは真剣とも取れない、半端な笑みの張り付いた顔でそう言った。


「本当に細かくわかってるんですね」


 ピンポイントで日付を言える程とは考えていなかった。


「ええ。精度が高いと言ったでしょう。その日、どこにどういう攻撃をするのかも把握できています」


「ちなみにどこに?」


「ネボリニ公国です。あのうざったい貴族共の頭が吹き飛ぶのを想像するだけで笑みが隠せません」


 初めて聞く名なので共感も何もないが、ネボリニとやらには積もる恨みもあるらしい。


「だから、悠長にやっていてもいいんです。のんびりフォロ君を育てて……周りが虫の息になってから動けばいい。うちの国はそういう方針で動いています」


「他国が聞いていたら今すぐ侵略されても文句は言えませんね」


「ええ。スパイでもいたら大変なことになっていたでしょうが……この情報を知りうるものの中には絶対に存在しませんから。何も問題はありません」


「……私は?」


「違うでしょう?」


「違いますけども……」


 そう確信するに至るほど私のことを把握しているとも思えない。

 そして確信もないのに適当な相手……私のような微妙な立場の人間に教えられるような情報でもないはずだ。

 何か特別な手段……それこそ巫子のような何かで脳の中まで把握されているのだろうか。


「まあ、わかりました。それで、殺人鬼の方は?」


 わざわざ私まで連れ出しておいて、本題のそちらの方の優先度は低いようだった。


「ああ、それは単純に……明らかにフォロ君の周りを避けるようにして殺されているから」


「……なるほど?」


 予想外だったが……やる気が見えない理由としてはある程度納得がいく。


 そもそもルフェルがわざわざこんなところにまで出張っているのは、これが『勇者代行』であるところのフォロを脅かしかねない事件だったからだろう。

 そうでないとわかった以上、解決を急ぐ必要もなければ、まずもってルフェルが出向く必要もない。


 まあ……傾向がどうだからといって、急にフォロが殺されない保証もないわけだが。


「そういうわけで、この件はのんびり解決しましょう。聖剣ヴァランスの力も温存します」


 聖剣の力というのは……領主の館の事件で使った、嘘が吐けないなどといったものだろう。

 あれ無しで捜査を行うとなると難航は避けられないと思うのだが、まあ余程どうでもよくなったということか。


 ぱちん、と指を鳴らし、ルフェルは結界を解除した。


「さて、それではまず……フォロ君に会いに行きましょうか。彼のフラストレーションもそろそろ限界のようでしたから」


 フォロもご苦労なことだ。



 ◯◯◯



 魔導学院学生寮、フォロが生活しているらしい部屋の前まで散々歩いて辿り着いた。


 聞けばこの時間は講義もなく、自室で自由に過ごしているらしい。


 少し考えてからノックをする。


 扉が開いて出てきたのは目にクマを作り、不機嫌そうな顔をしたフォロだった。


「誰だ? 特別な用事でもないなら貴様を……────レティっ!?」


 みるみるうちにフォロの顔に喜色が差す。


「はい、レティツィアです」


「あ、あ…………会いたかったったッ!」


 フォロが私の胸に飛び込んできたので、あやすように優しく抱き返す。


 本当に色々と溜まっていたようで、その表情の変化には目を見張るものがあった。もし出てきたのが私でなかったらどうなっていたのだろうか。言葉の続きが気になる。


「レティ……うぅ……」


 しばらく頭を撫で続けると、すっと自分から離れていき、私の後ろに構える者達に視線を移した。


「それで……お前たちはなんだ? 差し詰め……レティに群がる害虫か。僕は今ここで、こんなイカれた施設に押し込められて得たものを披露するべきか?」


 後ろの男達────ロジィ達の頬が引き攣るのが確認できた。

 ルフェルは薄ら笑いを浮かべて平常運転だ。おそらく……慣れている。


「おい……このガキはいつもこうなのか? 躾がなってないとかいうレベルじゃねえぞ」


 ロジィがフォロに指を差してそうこぼす。


「おい、ルフェル、結局このチンピラどもはなんなんだ? 要人でもないなら本当に叩き斬るぞ」


「まあまあ……。彼らは今回雑用を買って出てくれた冒険者です。地位やらを見るならカス以下でしかありませんが、労働力は労働力ですから……無駄に壊さないでくださいね」


 中々の言い様だ。イステの空笑いが耳に届く。


「ああ、そういえば、アルミナはどこへ? フォロに付き添っていると聞いていましたが」


 魔導学院における私の最たる関心事である、銀髪金眼美少女メイド、アルミナの行方について尋ねる。


「アルミナか。彼女は確かに普段は僕と一緒に行動しているけど……この時間はいつもいないね。そろそろ夕食の準備をしに戻ってくると思うけど」


「何をしているのかは?」


「わからない。そもそもしきたりでの奉仕も終わったのに、名家の御令嬢が僕みたいな木端貴族の世話をしていることがおかしいんだ。気にはなるけど、そこまで突っ込んで尋ねることはできない。聞いてほしそうでもなかったしね」


「そのアルミナって子は美人なのか?」


「黙っていろ、下郎が」


「態度が違いすぎるだろ……」


 ロジィの鼻の下を伸ばした問いかけは冷たく返される。以前はフォロもここまで極端でもなかったと思うが……。


「いや、待て、お前ら……冒険者と言ったか? それは…………レティと一緒に、ピクニックでもしていたと……そういうことか?」


「おいおい、ピクニック呼ばわりは流石にリスペクトが足りねーんじゃねえのか? なあ? 俺達は一緒に悪魔やらまで潰した仲だってのによぉー」


 威圧するようなフォロの声に対して、ロジィも挑発するように返し────私の肩を抱き寄せた。



「…………は?」


 唸るような声。


 フォロの表情が、今までに見たことのないものに変わる。


 瞬間、フォロがパチンと指を鳴らし────ロジィに電撃が走る。


「があああぁあああっ!?」


 ロジィの悲鳴が響き渡り、肉の焦げる厭な臭いが私の鼻をついた。

 この場で実力行使に出たことも驚きだが、フォロがなにやらルフェルのような『指を鳴らす魔術』を使っているのも衝撃的だ。

 以前のフォロは呪文での魔術行使しかできない……というようなことを言っていた気がする。実際それ以外を見ていない。


「まだ生きているのか、しぶといな。生命力もゴキブリ並か。根絶やしにしてやる」


 ゴキブリ、この世界にもいるのか。ゴキブリに相当する生き物だろうか。どちらにせよかなり嫌な気分だ。私がお目にかかっていないのは単なる幸運ということだろうか。存在するなら少なくとも下層には生息していそうだ……。


 もう一度、指を鳴らそうとして右手を掲げたところを────ルフェルが止めに入った。

 今の私でも視認できない速度で動き出し、フォロの指を────恋人繋ぎのようにして掴み、指を鳴らせないようにして拘束した。


「やりすぎです、フォロ君。今ここで死人が増えると……困ります」


 なるほど確かに、そうすればあの魔術は使えないのだろう。もっとも他の攻撃手段の存在や射程距離の問題を考えるとこういう状況でしか役に立たない対処ではありそうだが。


「ルフェル……、お前も────」


「ああ、ダメですねこれは。レティツィア、なんとかしてください」


「えぇ……」


 なんとか、と言われても困る。

 具体的に何をすればフォロは落ち着くんだ。


 こんな状況での無茶振りに思考の止まった私は、ルフェルを押し退け、そして、口撃のために大きく開いたフォロの口の中に────指を突っ込んでみた。


「ふぇあっ」


 間抜けな声を出したフォロは表情まで徐々に気の抜けたものになる。


 そのままくちゅくちゅと音を鳴らしながら指先でフォロの口内をなぞっていると、顔を赤らめたフォロは身を引いた。


 この対応は……我ながら、悪くなかったのではないだろうか。

 無血で完璧に場を収めたぞ。ロジィは少々焦げ臭くなってしまったが……生きてはいるらしいし、流血する類の外傷ではないので文字通りの無血ではあるだろう。


 そう思って周りを見ると、全員に目を逸らされた。イステは頬を紅潮させ、ルフェルは呆れや驚きの見える表情であるなどの違いはあるが……どうやらベターな解決ではなかったらしい。


 私はどうすればよかったのか。誰か教えてくれ。

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