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魔導学院と殺人鬼 ②

 

「この国はイカれてる」


 ロジィは吐き捨てるようにそう呟いた。


「今に始まったことじゃないでござる」


「まあそうだ。俺が言ってるのもそういう話だ。……中層が広すぎるだろうが」


 体力がもたなかった。

 意外にも、イステを背負っていたトムではなく、先にロジィが音を上げていた。


 息を切らして悪態を吐きながら詰所で魔導馬車を呼んでもらい、ギリギリと歯を鳴らしながら鬼の形相で金を渡し、今馬車の中にあってさえ不機嫌そうに愚痴を垂れ流していたのだった。


「無理があった。人間が走って行ける距離じゃない。酒が入っていたのもよくなかった」


「拙者はまだいけたんでごさるけどねー」


「うるせえぞ。ああ、くそ……そうだ、そもそも王都が広すぎるって話だよ。ふざけてるだろうが、何を考えたらこの規模の人工物をコツコツ作ろうなんて気になるんだ? こんな腐った巨大ピザをこしらえる暇があったら国民の生活にもう少し還元しろ」


 巨大ピザ、というのは王都の中層のことを指していた。

 王都は地上に栄える下層、そこから少し浮いた円盤状の巨大建造物を指す中層、更に上方に位置する上層の大きく三層から構成されており、特に中層はこの世界においてもかなりユニークな代物だった。


「噂によると、王都の中心近くに人が多くいないと都合が悪いらしいよ。生命エネルギーを吸って動く機械があるとか、王都中層自体が巨大な魔法陣になっていて、その上の人間達を生贄にするつもりだとか」


「世界に土地が有り余ってんのにわざわざ国ごと二階建てにする理由なんて、まともな頭じゃ考えらんねえもんな。上層も入れれば三階か……だがあそこはいい。狭いからな。で、こんなものが存在してんのにろくな説明もされてないんだ、そんなカルトな陰謀論もいくらでも出てくるだろう。俺は魔導馬車を走らせる業者とのマッチポンプだと見た。おかげで俺の財布は大分軽くなったよ」


「馬車屋からしたら階層構造なんて無い方がいいでしょ。その方が移動距離は伸びるんだから。まだ酔ってるの?」


「ああ、そうさ。適当に文句を言いたかっただけだ。お前とトムが一銭も払わなかったからな」


「魔導馬車って言葉も面白いよね。最早馬が引いてるわけじゃないのに馬車なんて呼ばれてるんだ。形骸化してる。言葉の変化が文明の進歩についていけてないんだ」


「誤魔化すな。後でお前の分を払ってもらうぞ」


「拙者はまだ走れたでござるからなあ」


「ああ、そうだな。トムはいい。イステ、俺はお前の根性に提訴してるんだ。……割り勘、だよな」


 ロジィは両手の指先を合わせて軽く俯き、上目にイステを睨んだ。


「いやあ、僕もまだトムに乗っていられそうだったし……?」


「どう思う、トム」


「まあ確かに────」


「どう思う?」


 ロジィの眼光には、有無を言わせぬ圧力があった。


「……イ、イステは払ったほうがいいでござるよ。せ、拙者もやっぱり払うでござるかなー。結局乗ってるでござるしなー」


「ありがとう。良い仲間を持って俺は幸せだ。感謝するよ、トム、イステ」


 結局返事をするより先に馬車の代金を負担することが決定したイステの頬は少し引き攣った。



 ◯◯◯



「……ここが魔導学院ですか」


 ルフェルに手を引かれて馬車を降りた私の目の前にあったのは、あまりにも巨大で、そして……ファンタジックというよりはサイバネティックなデザインの門だった。


「それ、普通中に入ってから言いませんか? まだ門しか見えていませんよ」


「言いたくなったから言ったんです。それより、これ、どうやって開けるんですか? カードキーを通す場所があるとか?」


「そんな生半可なセキュリティではありません。向こうでも確認できているはずなので、もう少し待っていてください」


 ルフェルの言う通り少しの間その場でじっと立っていると、突然目の前の景色が変化した。


「はっ?」


 思わず声が出る。

 私は似た感覚を知っていたために過剰に反応してしまった。

 死んで巻き戻った時も私の認識する世界はこのような遷移を遂げた。


 だが少し考えれば今回は違うとわかった。目の前に広がっていたのはこれまでに見たこともない光景だった。


 クラシックな名門校の校舎と近未来の建物をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたようなものを中心として、木や湖などの自然と、異物感しかない奇妙な人工物が同時に存在する風景。


 恐らくはここが魔導学院の内部だ。


 ちらほらと学徒らしき人影もある。特に指定の制服などはないのか、格好はばらばらである。

 私から見ても魔術師っぽい、三角帽を被った者もいる。

 あとは……なぜかこちらを見る目が光っている者も。


「随分驚かれていたようですが……まあ無理もない。転移魔術の対象に取られるのは初めてでしょうから」


「いや────」


 反論しようとしたが、今ここでこいつに『死んだ時の感覚に似ている』などと言っても仕方がない。


「────そうですね。一瞬にして景色が変わったので……。というかそんな便利なものがあるなら馬車で移動したりせず、直接呼んでもらえばよかったのでは?」


「制約も多いのです。私達が今体験したものなんて、術者と距離があるとはいえ、あれだけ巨大な回路を用意しておきながら門の前とこの場所とを入れ替えることしかできないんですよ。長距離転移は未だ実用化されていません」


 あれだけ巨大な、というと、あの門のことを指していて、あれ自体が転移装置のようになっているのだろう。


「なるほど……今転移した意味ってあったんですか?」


「勿論。あれでないと基本的には学院内部に入れませんから」


 セキュリティとしては十分な代物であるらしい。

 転移魔術でしか超えられない壁があり、転移魔術の用意が困難であるならまあコソ泥を入れることはないだろう。


 実際相手にしているのはその程度のものではないのだろうが。


「さて、理事室に向かいましょうか。彼も首を長くして待っているはずです」


「どうやって私達を判断したのか知りませんけど、イステ達って入ってこられるんですか?」


「無理でしょうね。早めに伝えましょう」


 ともかく、理事とやらに会う必要があるらしい。


 早足ながら(せわ)しさを感じさせない独特な歩法で進むルフェルに小走りでついていき、少し息が上がる頃に小さな建物の前に着いた。


 先ほどあった大きな建物とは異なり、こちらの石造りの建物にはそれなりに気品と趣が感じられる。


 流れからしてここが理事のいる場所であるはずだが、人の気配はしなかった。


 しかし、ルフェルに続いて戸の無い入り口に入っていくと、敷居を跨いだ瞬間に騒がしさが耳に触れる。


「あれ?」


 妙な感覚にあたりを見回すと、更におかしな部分が目についた。


「魔術を用いて建物の内外を区切っているそうですよ。入った瞬間には色々と違和感がありますが、まあいちいち反応していても仕方がありませんから、スムーズに行きましょう」


「いや、それもそうなんですけど……広くないですか? 外から見た時より、明らかに」


 どう考えても内部が広すぎる。あの小さな建物にこれだけの空間が収まるはずもない。


「空間を拡張しているそうです。気にせずに行きましょう」


「……そうですか……」


 その端的な説明では理解も納得も全く追いつかない。

 この世界のずれたところ……魔術やら魔物やらには触れてきたが、こういった作用を及ぼす類のものは初めて見たような気がする。火を出したりとはまた違った異質さがある。


「にしても、皆さん少々慌ただしくないですか? もう少し落ち着いたイメージがありましたが」


「魔導学院のようなコンセプトを持った施設、あるいは組織は、他には存在しませんからね。年中忙しくしていますし、特に忙しい時期に今回の殺人事件が重なって本当に手に負えなくなっているようです。だから私のような部外者が招かれたのですよ」


「ルフェルさん、部外者だったんですか? 結構顔の効きそうなイメージでしたが」


「教会から圧力をかけて諸々のことに協力していただいたりはしますが、そのあたりに私が直接関わっているわけではないんですよね。理事との面識はありますが、まあそのくらいです」


「協力、ね……」


「快く協力していただいてますよ」


「ははは」


 表情は変えず、わざとらしい笑い声だけを出しておく。

 恐らくだが、教会がやっていることは脅迫に近いだろう。


 更に建物内を歩いて、他と少し異なる赤い扉の前で立ち止まると、ルフェルはノックもせずにその扉を開いた。


「来てあげましたよ」


 そう言う鷹揚なルフェルを、唐突な邂逅に拘らず、まるでこの瞬間に扉が開くことがわかっていたかのように落ち着き払った男が出迎えた。

 壮年。茶髪をオールバックにして、獅子のような髭を生やしている。

 野生的な風貌に反して優しそうな目をした男だ。


「あー、よく来た。……久しぶりに会ったが、相変わらずの色男だな」


 挨拶と共に、男が指を鳴らす。……が、何も起こらず、数秒後に男が苦い顔をした。


「ちっ、抵抗(レジスト)されたか。残念だ」


「そういうのは私の得意分野ですから。……だからといって、出会い頭にそんなことをするのはやめてください。私じゃなかったらしっかり効いてますよね、それ」


「勿論」


「はあ……」


 何が起きたのかいまいち把握できないが、まあ戯れ合っているような感じだろう。

 それなりに親しいようだ。


「それはそうと、隣の美人は誰だ? いや、美人というか、美少女……微妙なところだ。お前の女か?」


 私の方を向くと同時に理事の目が光る。

 何をしているのだろう。魔術による解析でも行っているのか。


 レティツィアはどちらかというと前者寄りの年齢であるように思うが、まあ見る人間次第といったところか。

 そして私は間違ってもルフェルの恋人ではない。

 それについてはルフェルがしっかりと否定する。


「そんなわけないでしょう。というか、知らされていないのによく門を通せましたね」


「お前と一緒に行動していたから適当に入れた。問題あったか?」


「ありません、が……高度なセキュリティも扱う人間がこれでは持ち腐れですね」


 もしルフェルとこの男の立場が逆なら私は外で待ちぼうけだったのだろうか。この男が適当でよかった。


「警戒されて締め出されるよりマシだろうが、感謝しろ。で、そちらのお嬢さんを紹介してくれないか?」


「……彼女はレティツィア。色々と縁があって同行してもらっていますが、問題になるので手は出さないように」


「問題? いいとこのお嬢さんなのか?」


「そういうわけではありませんが……勇者様のお気に入りなので」


 躊躇なく話すあたり、さすがに理事は事情を把握しているらしい。


「あぁー、なるほどねぇ……」


 苦笑いしながらこちらを向く目がまた光る。


「さっきから……その目が光るのはどういう事なんですか?」


 こちらとしては当然の疑問をぶつけたつもりなのだが、理事は虚をつかれたような表情を作った。


「ん? 俺の目、光ってるか?」


「いえ……?」


 ルフェルも顎に手を当てて首を傾げた。

 どうやらそれは私にしか認識できていないらしい。


 肩透かし。いや、それ以上に疑問が膨らんだ。


 私にだけ見えるその光はなんなのか。


「なにか、そういう目の光る魔術とかはないんですか?」


「回路を眼球に埋め込んだりすれば光らなくはないですが……私に見えない以上、そういう類のものでもなさそうです。恐らくは、あなたの認識の問題。冒険者としての加護か何かによるものなのでは?」


「なるほど……」


 だとすると、同じ斥候か、あるいはアスのような……そのあたりに詳しそうな人間に聞くしかなさそうだ。


「まぁーそんなことはいいとしてだ、どうだいお嬢さん、この後食事でも」


「話聞いてました? それと、彼女には捜査の方を手伝ってもらいますから。余計な時間を取らせないでください」


「ははは……」


 適当に苦笑しておく。


 溜息の後、ルフェルが数枚の紙を理事に手渡す。


「今回の件に関して、教会からの請求書です。それと今後ここに来る関係者のID。間違いのないようにお願いしますよ」


「ケチくせえなあ。勇者様預かってやってんだからこのくらい気前よく奢ってくれよなあ」


「文句は上の方にお願いします。私達が使える部屋は?」


 返事をする代わりに、理事は透き通った長方形の何かをルフェルに放り投げた。


「マスターキーだ。寮の扉も開くから、空き部屋を適当に使ってくれ」


「それなら空き部屋のリストが要ります」


「あー、そうだ、用意しておいたんだった。ほれ。今回必要そうな資料だ」


 丸めた何枚かの羊皮紙のようなものを同様にルフェルに放り投げる。

 ルフェルはそれを開くとざっと全てに目を通し、ポケットから何やら石のようなものを取り出して羊皮紙に当てる。すると瞬く間に燃え上がり、羊皮紙は跡形もなく消えてしまった。

 あたりには獣臭さだけが残る。


「おいこら、何燃やしてんだ」


「全て覚えたので処分しました。管理にも困るでしょうし」


「まだ使うんだよ! くそ、昔からお前は変に思い切りがいい……今の粗相の分は今回の報酬から引いておく」


「まあ……全体額からすれば微々たるものでしょう」


 そういう取り決めでもあるのかと思ったが、ルフェルが勝手にしでかした事らしい。

 規律第一みたいなところのある奴だと思っていたが、これはどういう機序で起きたミスなのだろうか。

 あるいは……ミスではないのか。


「さて、まずはフォロ君達に話を聞きに行きましょうか。わざわざ貴女を連れてきたわけですし」


 言うが早いか踵を返し、扉に向かって歩き出す。


「おい、ルフェル、気を付けろよ。分かっているとは思うが、お前らに依頼するなんて手段を選んだ以上……」


「ええ、それほどの事態なのでしょう。分かっていますよ」


 そう言いながら、ルフェルは振り向くことさえなかった。



 尚……私が事の重大さを認識したのは、今その言葉を聞いてようやくだ。


 ……勝手に帰ろうかな。

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