私と冒険 ⑥
ルフェルのことなどとうに忘れ去った私は、宿のベッドに寝そべり、先日イカれ研究者……アスクレイアスとか名乗っていた輩から寄越された冊子に目を通していた。
冒険者ギルドは新人冒険者向けの情報をまとめたパンフレットなども発行しているのだが、これはそれとは少々趣が異なっているらしく、大まかには研究資料の写しのように感じられる無骨さと実際性があった。
記してあるのは主に、アスが言っていたクラスとやらについて。
その概要と、私に選択可能だと言っていたいくつかについての詳細。
これによれば、クラスとは加護の方向性だという。
加護のエネルギーによって筋力が増強されるのか、治癒力に影響が出るのか、あるいは感覚が研ぎ澄まされるのか、といったような部分。
そういえばギルドのかわいい受付嬢もそんなことを言っていた気がする。ちゃんと話を聞いて手続きを済ませる前にアスに連れて行かれてしまったのだった。
普通加護の方向性というのは一柱の神様につき一つであり、他のちゃんとした神様が与える加護についてはクラスなどという言葉を使わないらしい。
しかし、ちゃんとしていない神様であるところのあの黒い箱の場合には、賜わる者の適性や意向に応じて加護を捻じ曲げることが可能なために、それをクラスと呼んでいるようだ。
また、ものによっては魔術の紛い物のような特殊能力も得られるようだが、これは肉体の強化などとトレードオフになっていて、一つ得るごとに著しく他の部分への加護が削られるらしい。
加護による身体能力の強化と相性が悪い素体も存在し、そういった者達は特殊能力寄りのクラスを選んだ方が却って効率がいいとか。私もおそらくはその類で、そもそも近接戦闘が得意だったりもしないのでその手のものを選ぶべきだろう。
ざっと見た限りでは、私に提示されたクラス──軽戦士、盗賊、弓使い、斥候、道化──のうち四つがそういった類……特殊能力寄りのものだった。さもありなん。
強いて言うなら弓使いは比較的肉体強化の恩恵にもあずかれるようだが、これを選ぶ気はなかった。
ご丁寧に冊子にはクラスごとの需要までもが書き記されており、弓使いのそれは最低に近い。
曰く。
一般の環境下では一流の射手はある程度重宝される人材であるのだが、こと冒険者として見た時には状況がまるで異なってくる。
クラス自体に希少性がない上、技術と筋力を補うような加護によってクラスを選びさえすれば誰であっても高精度高威力の矢を放つことが可能であり、かつ遠距離から攻撃可能な特性上安全性も高い。
個で見た時の欠点といえば矢にコストがかかるくらいで、となると当然誰もがこぞって選びたくなるわけだが、しかしこの本人にとっての好条件に反して冒険者のパーティは弓使いを必要としていないのだ。
まず、冒険者の業務としては魔窟探索及び魔物の駆除が主であるが、魔窟においては開けた空間が少なく、射程の利を活かしにくい。場合によっては射線が味方によって完全に塞がれて何も出来なくなる。基本的に矢を射るしか脳が無いためそうなれば完全なお荷物になる。
そして何より、遠距離主砲として見た時に魔法使いと比較されてしまうのが厳しすぎる。あらゆる面で劣っているが、特に殲滅力や状況への対応力は比べ物にならない。
……とのことだった。
まあここまで言われてあえて弓使いを選ぶ気にもならない。ちなみにうっかり弓使いを選んでしまった者達は冒険者ギルドを離れ傭兵として生きていたりするらしいが、魔物を殺せないと加護が強化されず、またただの人間を相手にするなら銃の方が勝手がいいなど、そちらでもなかなか難しいようだ。
残る選択肢は軽戦士、盗賊、斥候、道化。
道化は……弓使いよりは求められるらしいが、五十歩百歩だ。戦闘能力皆無で本来の目的とも合致しないので却下。
盗賊はぱっと見良さそうにも見えたのだが、実はギルドのルールとして選択が禁止されているらしい。無念。
まあその名に違わずピッキングだとかの技能を手に入れられてしまうのである程度表立って運営されている機関として止めるのも当然か。
アスを脅してこっそり自分だけ盗賊になってもよかったが、そこまでする価値もなさそうだ。
となれば実質的には二択になる。
しかし、先日のチャラ男どもの戦闘を見て自分には恐らく白兵戦のセンスがないと認識したばかりだ。軽戦士を選ぶべきではないだろう。
怪我でもして再生を見られるのも都合が悪い。
残る一つ。斥候。あるいはスカウトと呼ばれるクラス。
これに課せられる役割は主に三つ。偵察、攻撃、追跡だ。加護もそれをこなせるような質のものが与えれられる。
これを見る限りはかなりハイスタンダードなクラスであるようだし、需要もそれなりにある。
欠点として役割の危険性……その死亡率の高さが挙げられているが────当然そんなもの、私には何の関係もない。
寧ろ天職だと言える。一人だけ先行して負傷したとしても再生を見られないのも良い。
そうと決まれば早速ギルドに手続きをしに……行こうかとも思ったが、今日は既に頑張って冊子を目を通したため、翌日に持ち越すことにする。
夜まで酒を啜りながら恋愛小説でも読むか。
◯◯◯
翌日の昼になり、冒険者ギルドを訪れた。
パンフ曰く、適性検査及びクラスの選択は……登録と同じ4番カウンターだ。そこには前回と同じく緑髪の可愛いお姉さんが座っていた。
「冒険者ギルドにようこそ! ご登録の手続きでしょうか?」
整った顔から溢れる笑みが眩しい。
「いえ、それは先日済ませて、今日は……クラスの選択に」
「はい、それではギルドカードの提示をお願いします」
プロの受付嬢と言えど、一度見た人間の顔を完璧に覚えているわけではない……とかいう話ではなく、今日の私は仮面を被ってるのだ。
ペストマスクの男、タスクから受け取った箱に入っていたものだ。
ルフェルからの忠告を受けて、顔を隠して動くことにしたのである。体のラインのほうもふわっとした黒い服で隠している。一応そこそこ値の張った服なのだが、この仮面と取り合わせると遠目には黒い襤褸を纏っているようにも見えるかもしれない。
まあそのあたりはともかくとして、手続きを進めるために受付嬢にビザを提示した。ギルドカードとかいうのは私の場合ビザに統合されているらしい。
「はい、確かに……ああ、まだお名前のご登録が済んでいらっしゃらないようですね。本名で活動されても問題ありませんが、冒険者ギルドでは仕事用の名前──登録名を設定して使用することができます。いかがなさいますか?」
ルフェルからは名前も隠すように言われていたな。
しかし、どうするか……。代わりの名前を考えていなかった。
友人の名前でも使うか? あるいは昔飼っていた猫の名前にするか。
いや……そうだな。あまり違和感のないものがいいだろう。この世界で『山田』とか『みゃー太』だとか名乗るのはさすがに憚られる。
今後面倒事を避けるため男として振る舞うならそれに因んだ名前にするのも一興か。元の世界から拝借して、テロワーニュ……いや、もう少し厳つい経歴の人間がいたはずだ。長ったらしい名前の……確か、シャルル・ジュヌなんとか・ディオンなんとか…………。
それにあやかることとしよう。
「ディオンでお願いします」
「わかりました。今後ギルドではディオン様と呼ばせていただきます。クラスの選択に来たということでしたね。適性検査はお済みのようですが、既にお決まりでしょうか?」
「はい。斥候で」
「かしこまりました。ギルドカードの方お預かりさせていただきます。あちらでお待ちください」
示された長椅子に座る。
ぼうっとギルド職員達の顔を眺めていると、後ろから軽率という単語を想起させる声音で話しかけられた。
「やあ! 新しい発見でもあって報告に来てくれたのかな?」
当然声の主はアスの馬鹿だ。そんなすぐに何か見つかるわけもなし。
「……昨日の今日で何もないぞ。そうだ、おい、そんな事よりだな、クラスまで決まったら私は何をすればいいんだ?」
パンフにその辺りの仔細は記述されていなかったはすだ。
「あー、まあ職員からちゃんとガイドしてもらえるはずだけど……そうだな、折角だし僕から耳寄りな情報をあげよう。ちょうど斥候の欠けたパーティがある。斥候もそこそこに貴重だから、向こうも難儀しているはずだ。実力はまあ大したことはないんだが、その分新人の君でも入り込みやすいだろうし、回復魔法士と魔法使いがいるというのはグッドな条件だ。踏み台として申し分ない」
「……なるほど。で、どうやってそこに入るんだ?」
「パーティへの加入にはパーティ側からの許可がいるから、まずそれだね。直接話しに行って名乗ってくるといい。ああ、その前に、肌はもう少ししっかり隠したほうがいいかな。外套を纏って完全に肌とラインを隠して……ごつい手袋でも嵌めたほうがいい。その手は少し綺麗すぎる」
「なにか……気持ち悪いぞ」
「君が半端なのが悪い。君を面倒ごとに巻き込むような手合いは却ってその姿に興奮するだろう。隠すなら完璧に隠してくれ」
「……自己申告している?」
「違うから。今そのパーティのいる酒場も下層にあるからさ、本当に危険なんだ。貴重な実験体を掠め取られたくはない」
「……そうか」
どうも言い訳がましい。が、研究に興奮する方がそれらしいとも思える。
くだらなさが随所に見える会話をしていると、緑髪のギルド職員がこちらに足を運んできた。
「こちら、お預かりしたカード、手続きが終わりましたので返却致します。……ええと……」
職員は私の隣に座る変人を見て困惑しているようだった。
「あー、この後のガイドは僕がやっておくから大丈夫だよ。ご苦労様」
「あ、はいっ、ありがとうございます! それでは、失礼いたします……」
ギルド職員の声は少し跳ねていた。
「パワハラか?」
「え? 何?」
そういえば前にセクハラという言葉も通じていなかったな。
「お姉さんが怯えてただろ。嫌がらせの常習犯だろお前」
「まさか。あれは尊敬と憧憬、あるいは好意からくる緊張といったところだろうね。僕はここ数年ギルド内のアンケートで結婚したい男性職員ナンバーワンに輝き続けている」
……男性職員がこいつしかいない可能性が出てきたな。
◯◯◯
そして私は、アスに言われた通りに装備を整え、斥候向けに情報が纏められた冊子を読み、下層の酒場を訪れた。
そこに金髪の修道女のような人物を含む五人組が囲むテーブルを確認すると、ゆっくりと近づいて、その上に手を置く。
その面々は私の姿──ペストマスクを被った謎の人物に気圧されているようだった。
そのまま目的を達成するために口を開く。
「君達────斥候を探しているのなら、私を仲間に入れる気はないか?」