冒険者たち ⑩
呆気に取られているロジィ達をよそに、服の中に鋏を入れて巻いていたサラシを裁ち切る。
偽名を用い、仮面で顔を隠し、外套やサラシで体型を誤魔化し、レティツィアとしての要素を片っ端から隠匿して冒険者としてやっていく。
あの地獄のような迷宮探索もどうにかこなし、これから私達はパーティとしてうまくやっていける。────そのはずだった。
全て。全て台無しにしやがった。この女……いや、まだそうだと断定はできないが。
あの魔窟探索は私にとって地獄そのものだった。
最大の誤算は、私の不死性が失われていたこと。
この体は、怪我はすぐには治らず、ちぎれた腕は生えず、そして殺されればそのまま死んでしまうという至極普通の肉体に戻っていた。
あの村でだけ特別に不死身になっていたのか、私に施されていた何かの時間切れなのか、それとも魔窟の方に再生を妨げる要素でもあったのか……わからない。そもそもなぜ急に再生能力を獲得していたのかもわからなかったのだ、失った原因の推測も難しい。とにかく再生能力が失われたことは確かだった。
そして、村で殺された時には最初にこの世界で意識が覚醒した瞬間に戻されていたが、魔窟内で死んだ時には毎回必ず『魔窟に入った瞬間』へと戻されていた。
村からのやり直しにならならなかったことへの安堵、それとまだ死んで全てから逃げる事は出来ないのだという落胆が私の中に同居していた。
最初からやり直し、という最悪の事態に陥らなくて本当に良かった。そうなれば私の精神はいよいよもたなかったかもしれない。死んでも死ねない状況で狂ってどうなるのかなど想像もしたくない。
魔窟内部、初めにリーゼが狼のような魔物に襲われた時。あの狼の襲撃だけで私は少なくとも十回ほどは死んだ。
一度目はリーゼの次に成す術もなく殺され、二度目にはある程度抵抗したが結局噛み殺され、三度目には盾として頼ったドグラが呆気なく殺された後に喉を齧り取られ、どうにか独力で殺そうと試行錯誤しているうちに口腔内で発砲するという解決手段に辿り着いた。たった十回程度の死でここまで辿り着けた事はほとんど奇跡だ。我武者羅にあるもの全て試しているうちにたまたま噛み合ったに過ぎず、下手をすれば百回程度は死んでいたかもしれない。尚、解決策を見出して以降も何度かミスして死んでいた。
この銃、仮面の男から受け取った箱の中にあったものだが、おそらくこれも一般に流通しているような品ではない。ロジィ達の当初の反応からして、並のものでは口腔内からであろうと弾を弾かれていた可能性がある。
罠を看破するような能力は私にはまだ備わっていなかったため、引っかかって死ぬ度に位置や発動条件を確認、記憶し、魔物は遭遇して殺された後にイステに焼いてもらうか避けるかして進んでいった。何度死んだかなどもう数えてもいなかった……あの状況では既に意識をそんな部分に割きたくはなかった。
死に続け、ようやく辿り着いた事態の元凶、醜悪な悪魔にまた殺された。
最終的にはあっさりと殺していたが、あれは考えうる限り最も被害が少ない最短のルートを辿り、最適な対処をした結果紙一重で得た勝利である。位置関係を把握した上でショートカットと安全圏からのイステによる魔法攻撃を同時に効率良く行い、寄生先を焼かれ自らも熱と冷気で弱ったところを習性を利用して素早く殺した。
奴にとって致命的なものとなったその習性。
それは、鳴らした指に対して反射的に襲いかかる、というものだ。
何度か試したが毎回私の右側から、つまり指を鳴らした側から襲いかかってきた。それが分かればいくら速く動こうが攻撃を置いてもらうことは難しくない。
習性は、恐らく悪魔が生き残るために獲得したものだ。指を鳴らして発動する強力な魔術────ルフェルが扱っていた、光の柱を生む魔術に対抗するために。
あの悪魔が何らかの形で悪魔狩りを経験しつつも生き延びたのか、あるいは能力が継承されたのか……詳しい仕組みはわからないが、とにかくあの悪魔は指を鳴らして発動する凶悪な魔術の存在を知っており、反射でそれを回避し攻撃できるようになっていた。また悪足掻きのようにルフェルの真似事をしていた際に偶然発見したその習性を利用してどうにか、圧倒的に私より上の存在であると思しきあの悪魔を殺してのけたのだ。
────と、いうのが、魔窟探索のあらましだ。
そろそろ目の前で起きている問題について目を向けるとしよう。
アホ面を晒している面々を順に見る。
何から文句をつけてやろうかと考えていると、ロジィが口を開く。
「……お前……女だったのか?」
「見ればわかりますよね」
「いや、そうだが……隠し通せるものなのか? 俺は完全に男だと認識していたし、多分こいつらもそうだ。だからこんなことになった」
「だから? ……隠せていたのはこの悪趣味な仮面のおかげでしょうかね。しかし、こんなことになった原因は……私ではなくて、私に罪を着せようとした腐った性根の誰かにあるはずでしょう。誰かと言っても……」
リーゼを一瞥する。
その瞳を通して私の冷たい顔が見えた……想像以上に冷酷に見える。この体では容易に意図した表情を作れるようだ。
「ほとんどわかっているようなものではありますが。なにか言いたいことはありますか?」
「……」
リーゼは言葉を発せずにいる。誰かがフォローを入れるような気配もない。
追及を重ねる。
「あなたの独断ですか?」
「……そうよ」
「私は違うと思いますけどね。万物には因果があり、大抵の犯罪には……動機がある。私を犯人に仕立て上げる動機。まず考えるのは、私に恨みがあるのかどうか──」
そう言いながら、私は携帯していた小さなナイフで自らの腕の動脈を切り裂いた。
音もなく、赤い血がとめどなく流れ出す。
「……!? おい、何してる!」
止めに入ったのはロジィ。
それを無視してリーゼに歩み寄る。
「治してください」
「……無理よ」
「本当に?」
血の流れ出す手首を見せつけながら詰め寄る。
憔悴。リーゼは狼狽えている。目の前で緩やかに死に向かっている私に対して。奇行とも取れる選択で静かに迫る私に圧力を感じて精神を削られている。私にはわかる。
逃げ出したいのなら回復魔法を使ってしまえばいい。出血に反して傷は浅い。リーゼであれば容易であるはずだ。処女を奪われたという、そこまでが狂言であるのなら。
傷をつけた方の手で、リーゼの手首を逆手で握る。
向こうが触れやすいように。
「ひっ、何……」
「私の手首を掴んでください」
「いや、でも……」
「掴んで」
私がそう促すと、リーゼはびくびくと震えながら、血の滴り落ちる私の手首をそっと握った。
催眠術でも掛けている気分だが、特別な事をしているわけではない。
「もう一度聞きます。本当に……治せない?」
「……本当よ! 回復魔法が使えなくなったの! あんたが何考えてるのかわからないけど、その程度の傷、治せるなら……治してるっ!」
声が揺れている。想定外の事態……私の性別、私の自傷……に、リーゼの精神的なキャパシティが追いついていないのだろう。そもそも私をハメようとした時点で精神的負担は限界だったのかもしれない。私はリーゼについて深く知っているわけではないが、こんな事に及んだからといって、根っからの悪人とも限らない。あるいは私の方が……いや、今は関係のないことだ。
とにかく、この状態のほうが話し易い。私にすれば。
さて、この反応を見るに、回復魔法を使えないというところまで虚言ではなく、その点については真実と見ていい。八割程度。
つまるところ、恐らくリーゼは誰かと交わるか、或いは犯されるかしたのだ。そうしてプリーストの条件を満たせなくなった。そうだとするならそれはまず間違いなく、昨晩。
その原因を私に押し付けようとした。
襲いかかってきたロジィの言葉を鑑みてもそんなところだろう。
「相手は誰?」
「……相手って、何よ」
「あなたが交尾した相手ですよ。襲われたのでないのなら、この中にいる? ……わかりやすいですね。この中の誰かであるのは間違いなさそうです」
問いかけた瞬間、リーゼがぴくりと震えたのが、繋いだ手首を通じてよくわかった。
たったこれだけのプロセスで、リーゼの心は筒抜けと言っていいほど透けていた。
いや、こっちは……血を感じさせることはさしてウェイトの大きい行為ではないだろう。最初だ。最初に私が仮面を脱ぎ捨てた時点で、展開は裏返った。自律を司るリーゼの理知は壊れていた。
「さて、それでは一体誰でしょう。トムではないと思いますけど……ロジィ、イステ…………ドグラ」
掴んだリーゼの手首から、動揺が伝わってくる。その震えと、動脈から感じる心拍の上昇。目を深く覗き込んでもう一度尋ねる。
「ドグラ?」




