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冒険者たち ⑨

 

「わかった。言う通りに動いてやろう」


 一通りディオンの話を聞いた後、ドグラは担いでいた斧を手に取り、思い切り地面に打ち付けた。

 轟音と共に石の地面に斧の刃先が突き刺さり、刃渡り以上に深く抉れる。その亀裂にディオンが何かを差し込んだ。


「離れろ」


 言葉と手振りでそう促すディオンに従い、全員がその場から離れると、そこで小規模な爆発が起きた。ディオンは爆弾のようなものを設置したのだろう。

 斧の一振りで抉れていた地面にその爆発によって更に負荷がかかり、崩壊。後には人が通れるくらいの、それなりに大きな穴ができていた。

 底が視認できない。下は空洞であったらしい。


「どうやって穴を開けるのかと思えば爆弾まで持ち込んでたのか。周到なことだ」


 感嘆か、呆れているのか、息を漏らすロジィを余所に、ディオンは次の指示を下す。


「イステ、頼む。燃やしてくれ」


「任せてよ」


 イステが杖を回すと穴の先で爆発が起こった。

 甚大な衝撃に魔窟全体が大きく揺れる。


「もう一回」


 イステが頷き、もう一度、杖を回し、もう一度爆発が起きる。


「次は氷結魔法」


「げ、それめちゃくちゃ燃費悪いんだけど……」


「やってくれ。これで最後だ」


「まあやるけどさ。よく知ってたね、僕がそっちも使える事」


 渋々といったふうにイステは杖を先程とは逆に回転させた。

 今度は先程のような衝撃が地面を揺るがすことこそなかったが、気温が明らかに下がったことをその場の全員が感じ取った。


「穴の先に干渉してんのにここまで冷えてくんのか。相変わらず魔法ってのはすげえ影響力だ」


「本当にな。……ヒーラーになるには条件があると言っていたが、魔法使いにはないのか? ここまでのことができるとなると、どいつもこいつも魔法使いを志望しそうなものだが」


「あるぞ。美男子で童貞な事だ」


「なるほど」


「納得しないでよ!そんなんじゃないから!」


 ロジィとディオンの、どこまで本気で言っているのかわからない会話にイステが割って入って訂正しようとする。


「魔法使いになる条件は……魔導師であること、だよ。補足すると、最初から魔術師になる程のセンスが無くても、魔導師は訓練次第で魔術師に──ああ、つまり、魔導具を使えるだけの人間から魔術を行使できる人間になれるんだ。その未来が閉ざされる代わりに、魔法っていう力を神様から賜ったのが魔法使い。偉大な魔術師様になるのを諦めて、手っ取り早く力が欲しかった人たちとも言えるね」


 イステは自嘲気味に笑う。


「……初耳だ。魔導師は訓練で魔術師になれるのか。それらの違いもよくわかっていなかったが……」


「拙者もいまいちよくわかってないでござる。まあ不都合したこともないでござるし、どうでもいいでござな」


 トムは本当に心の底からどうでもよさそうに、奇妙に鋭く尖った自分の爪を弄っていた。

 飛び抜けて緊張感の無い彼を横目に、ディオンは会話を続ける。


「それで、イステはなぜ魔術師にならなかったんだ? すぐにそういう力が欲しい理由があったのか?」


「お金が無かったから」


「金が要るのか? ……いや、生活すら困難だったということか?」


「両方。国を挙げて魔術師の育成に力を入れてるところなら補助金も出るみたいだけど、ここはそうじゃないし」


「……頭が痛くなってきた。もっとふわふわしていてほしかったのに」


 よくわからない抽象的なコメントをすると、ディオンはイステから目を背け、頭を抱えた。


「まあいい、そろそろ降りるぞ」


「わかった」


 ディオンがすっと先程空けた穴の中に入っていくと、ドグラ達もそれに続く。


 先に降りたディオンは何故か蹲っており、リーゼは心配そうに声をかけた。


「大丈夫?」


 ディオンは呻くような声で辛うじて返事をしようとする。


「……大、丈夫、だ。それより、注意しろ。奴はイステの魔法でほとんど無力化されているはずだが、まだ息はある」


 穴の中は大部屋のようだった。周囲を構成する物質は上と変わらないように見えるが、先ほどまでと比べると一際広く、そしてイステの魔法によって凍えるほどの寒さになっている。


 そして、前方に何かがいる。

 ディオンの言う『奴』で間違い無いだろう、とそれぞれ身構える。


 それは魔物と呼ぶのも憚られる異形であった。


 魔物とはあくまで魔力により突然変異した動物であり、大抵は動物らしい面影を持っているのであるが、それはそんなものから大きく乖離していた。


 ヒトの胎児と芋虫をぐちゃぐちゃに混ぜたような、生理的な嫌悪感を喚起する悍ましい容貌。

 それが成人男性ほどのサイズを持って地を這い蠢いていた。

 唸り声のようなものも耳に入る。


 事前にディオンからおおよそを聞いていたにもかかわらず、リーゼは思わず口を塞ぎ、後ずさってしまう。


「ほんっとうに、気持ち悪いわね……後でちゃんとあれが何なのか説明しなさいよ。わからないままじゃ絶対眠れないわ」


「分かる範囲でな。じゃあ、頼んだぞ」


 そう言うと、ディオンはパチンと指を鳴らした。


 音が鳴るその瞬間、先ほどまで蠢いていたそれが高速でディオンに襲いかかり────その直前、ドグラが振り下ろした斧によって叩き斬られた。


 両断され、その勢いのまま地面に叩きつけられたそれは、生きているのか死んでいるのか、まだビチビチと音を立てて意思の感じられない動きを続けている。


「終わった」


 ディオンはそれを見下ろして大きく息を吐いた。


「いろいろやってた割に随分と呆気ないでござるね?」


「呆気ないだと? 呆気ないものか。永遠にも感じられるほど長く、信じられない苦痛を伴っていた……ここに辿り着けたのは本当に幸運だった。いや、そうは見えないだろうが……永遠にならなかったのは奇跡だと言ってもいい。おそらくギリギリの状況だった」


「何言ってるのかわかんないけど、結局こいつは何なのよ? こんな気持ち悪い魔物見たことないわよ。しかもあそこで襲いかかってきたってことは、イステが焼いて凍らせてもまだ生きてたってことよね……」


「そうだ。だが瀕死の状態だった。でなければ一度斬りつけたくらいで死にはしない。その程度の存在ではない。これは、恐らくは悪魔の類だ」


「悪魔?」


「詳しくは分かっていないが、特異な能力を持ち、人間を支配、利用するような存在らしい。根本が動物の突然変異である魔物とはわけが違う。周りを見てみろ」


 リーゼが言葉に促されて周囲に目をやると、仄暗い闇の中に、凍り付いた何かが無数に転がっていることが確認できた。


「……人の死体? よく見たら、すごい量が転がってる……これもしかして、私達みたいな冒険者?」


「どうかな。素性はともかく、これらは寄生先だった」


「寄生……」


「体内に入り込み、肉体を変質させて操作する。それがこの悪魔の支配の形だった。寄生された人間は肉体を無理矢理に強化されて、恐怖もなく突っ込んでくるわけだ。まともに相手をするのは難しいが、熱に弱い器官と冷気に弱い器官を持っていて……まあどうでもいい、終わったことだ。それよりも戦利品を漁るぞ」


「戦利品、って……まさか、冒険者の死体から剥ぎ取る気? あんまり気乗りしないなあ……」


「それでもいいが」


 ギチリ、という音を立ててきつく手袋を嵌めると、ディオンはまだ微妙に動いている悪魔の死体の中に手を突っ込み、ぐずぐずという音を立てて中を掻き回す。イステとリーゼは信じられないものでも見るような目をしているが、ディオンは構わずに手を動かし続け、そこから何かを取り出した。

 それをロジィのほうに放り投げる。


「うおっ、なんだ汚ねえな!」


「よく見てみろ」


「ああ、なんだ? ……おい、これ、ひょっとして魔導回路か?」


 ロジィはその宝石のようにも見えるものをランタンで照らし、信じられないとでもいうような表情で睨みつけている。


「そうだ。うまく売ればかなりの収入になるだろう……しばらく全員が暮らすのに困らない程度にな。それと、レベルも十分上がっているはずだ。もうここに居座る意味もない」


「はあ?」


 ロジィは、否定するような反応を見せつつも懐から黒い板を取り出し、その上で指を滑らせると、手を顎に当てて顰め面を作った。


「確かに、既に今日到達させる予定だったレベルを超えている」


「わかったなら急ぐぞ。これ以上長引かせたくない。ついてこい」


「今日はずっとそれだな、クソ……おい、今回はこの魔導回路(おたから)に免じて許してやるが、パーティは個人の独断で動くもんじゃねえ。本来合意が根幹にある。次回からは勝手は控えてもらうぞ」


「わかった、それでいい」


 それだけ言うと、ディオンは振り返りもせずに早足で歩いていく。

 ドグラは疲れ果てたイステを背負って歩き始め、ロジィは大きな溜息と共にそれに続いた。

 リーゼもその溜息に同意するように口を開く。


「なんなのこれ……私達、魔窟に魔物を狩りにきたのよね?」


「そのはずだが……あいつは本当にわけがわからん。右も左もわからない成り立てじゃあなかったのか? いや、まあ、セオリーがわかっているって感じでもない。ここのことをよく知っているだけって感じだ。あと、悪魔がどうとかか……おい、今度はなんだ? どうなってんだ、この道」


 魔窟の中を歩いているはずだったロジィ達の足は、いつの間にか舗装されたように平らな地面を踏んでいた。魔窟の中にこのような状態の地面が存在するというのは、普通あり得ることではない。


「いや、もう色々と普通じゃねえんだが、それにしたってこれは……」


「その方が都合がいいからな」


「誰の?」


「悪魔」


 ロジィはディオンの言葉を聞いて、少し考える素振りを見せる。


「あー……さっきの死体どもがここを使って運ばれてきたってことか」


「まあそうだろうな。運ばれてくる時に死体だったかは知らないが」


 そこまで聞いたリーゼが口を開け舌を出して、吐き気を催すタイプの話題だということを言外に示している。



 更に歩いた先でディオンが立ち止まる。周囲をよく見れば、壁に梯子のようなものが取り付けられていた。


 無言でそこを上がるディオンに、呆れて物も言えないと示すように肩を竦めたロジィ達が続く。


 梯子を上がった先は森の中だった。

 しかし、少しだけ開けた部分から、既に王都が見えている。かなり近い距離。


「そんなに歩いたか? 俺達」


「もうその辺全部どうでもいいわ……帰ってシャワー浴びたい」


「……そうだな。よし。ここで解散だ。いいよな? ディオン」


「構わない。ここまでくれば本当に問題ない……はずだ」


「おいおい……」


「未来は誰にもわからない。これ以上何か不都合が起きてもおかしくはない。……その時に私の精神がどうなるかはわからないがな。こう見えても限界だ」


「……まあ、確かに見てくれからじゃ全くわからんが……じゃあお前はリーゼとドグラ、イステと一緒にパーティハウスに帰っとけ。俺はトム連れて魔導具の鑑定に行ってくる」


「拙者も帰りたいんでござるけど……」


「てめえも今日なんもしてねえだろうが。いいからついてこい」


 ロジィはトムの首根っこを掴んで引き摺るようにして連れていく。


「パーティハウスというのは?」


「私達全員で一軒大きめの家借りてるのよ。パーティを組むとギルドがそれなりの安値で斡旋してくれるの。ただまあ、そこそこ程度の私達のパーティハウスは……そこそこね。当然下層だし」


「……なるほど」


「あなたの部屋はビザで開くはずよ。それじゃあさっさと帰りましょうか。イステが目で訴えてる」


 かなり無理をして魔法を行使したらしいイステの顔は最早蒼白で、ドグラに背負われながら早く帰りたいとばかりにディオンとリーゼのほうへ視線をやっている。


 ディオンは頷くと、リーゼの後について歩き出した。


 周囲にいくつか血溜まりが赤い染みを作っていたが、最早誰もそれを気にすることはなかった。




 ◯◯◯




「あの回路が5000万で売れたぁ!?」


 遅れて帰ってきたロジィの報告を聞いて、リーゼが家中に響き渡る声を上げた。


「うるせえな、落ち着け」


「落ち着けるわけないでしょ、5000万よ!? この古臭い家何軒買えると思ってんのよ! あーあー、どうしよう、どうしよう、ドグラ、どうしよう!」


「落ち着け」


 ドグラはある程度冷静なようで、興奮して掴みかかってきたリーゼを嗜めるように引き剥がす。


「……さて、それで……こいつは戦利品として扱う。パーティで魔窟に潜った先で手に入れたわけだからな。売ってよかったんだよな? ディオン」


「ああ」


 ハウス内でもあくまで仮面を身に付けたディオンは、狂喜乱舞しているリーゼを横目に無感動に頷いた。


「で、そうなるとクラスに応じた報酬の分配が起きる。ギルド基準のな。このパーティだと……俺とトムが5%、ドグラとディオンが10%でイステが20%……そして、回復魔法士(プリースト)のリーゼが50%、だ。つまり2500万。既に口座に振り込まれている」


「急にすごい収入が入ったなあ……まだ現実味が無いよ。魔窟でのことも含めて」


「2500万って、そんなに貰ったら、私、私……どうすればいいのよー!」


 リーゼは完全に喜色に染まった表情で騒ぎ立てながらドグラをバシバシと叩いているが、当のドグラのほうはほとんど無表情のまま微動だにしていない。


「……特に突っ掛かったりしないんだな?」


 意外だったというようにロジィがディオンに問いかける。


 半額を一人が持っていくというような分配は傍目に見れば平等性のかけらもなく、特に今回の魔窟内での働きを見ればディオンが一人で報酬を持って行ってしまうような分け方になってもおかしくはない。

 ロジィはそういうところでディオンから文句が出ることを予想していたのだろう。


「文句など言わない。これは決まり事だし……機会の問題でもあるだろう。パーティを組まなければ私は魔窟に入りさえしなかっただろうし……そもそもとして、そのつもりでお前に渡したんだ」


「そりゃどうも。スムーズでいい。まあ、代わりと言っちゃあなんだが……今夜は俺が奢ってやろう。中層のちょっとお高い店でな」


「お前も大して貰ってないんじゃないか?」


「5%っつっても250万だ、貰い過ぎなくらいだよ。まあパーッと使わせろや、人生なんて散財してなんぼだろうが」


「……お前が冒険者をやってる理由がうっすらわかってきた」


「よし、早速出るぞ!宴会だ!」


 ロジィは机を叩くと高笑いをしながら立ち上がり、先ほど脱いだばかりの上着を羽織る。


「いや、私は参加しないが」


「ああ!? なんでだよ!」


「仮面を取りたくない。食事は一人で摂らせてもらう」


「クッッソつまんねえ野郎だな! 一生便所で飯食ってろ! 行くぞイステ!」


「いや、部屋で食べるが……」


「知らねーよそういう話じゃねえだろ、やっぱりてめえとはソリが合わねえ……まあ好きにしろ、次回までにそのあがり症克服しとけよな」


「あがり症というわけでは……」


 その言葉を最後まで聞かずに、ロジィはさっさと歩き出してしまう。


「2500万、2500万……」


 リーゼはふらふらと歩きながらうわ言のように金額を呟き、虚ろな目をしている。

 イステはそれを見て苦笑しながら、何かに気付いたように周囲を見回す。


「……そういえば、トムは?」


「席を取らせてある。他の奴が乗らないにしろ俺は飲むつもりだったからな」


「あはは、なるほど……」


 相変わらずのトムの扱いに、イステは困り顔で頬を掻いた。




 ◯◯◯




 翌日。

 ディオンを除く五人が神妙な面持ちで机を囲んでいた。


 尋常の空気ではない。ロジィとイステの表情は特に険しく、リーゼの顔には泣き腫らしたような跡がある。


 静まり返った広間に、コツコツという足音が冷たく響く。

 今しがた部屋から出てきたディオンのものだ。


「……どうした」


「身に覚えあんだろ」


 ロジィは低く、抑揚の無い、殺意さえ籠もっていそうな声を発した。


「……わからないな」


「とぼけてんじゃねえ! てめえが何やらかしたと思ってんだ!」


 ロジィが荒げた声は静かな部屋に反響した。

 一方のディオンは困惑を隠せない様子だ。


「本当にわからないんだが、何があったのか説明してくれないか? 昨日の今日でここまで態度を変えられるようなことをした覚えがない。というか殆ど眠っていたし──」


 言葉を待たず、激昂したロジィがディオンを組み伏せた。


 ディオンの装身具が床に擦れ、甲高い金属音が響く。


「いい加減にしやがれこのクソ野郎! ああ、クソ、俺のミスだ! こいつの本性をまるで見抜けなかった! 得体は知れないが根は善人だろうとどこかで信じ切っていた! 懐柔のために魔導回路まで渡しやがって……」


 一方的に自責を捲し立てるロジィに対し、ディオンは受け身も取れずに咳き込んでいる。


「がっ、おい、落ち着け……説明しろと……」


「ああ、してやるよ! お前が酔ったリーゼを襲って────回復魔法士(プリースト)として使い物にならなくした!」


「それは、どういう──」


「どうもこうもあるか! お前がその手で強姦(レイプ)したんだろうがっ!」


 ディオンはその言葉を聞いて少しの間黙り込む。

 そして、何かを悟ったかのように、長く息を吐いた。


 少しの静寂。


「なんとか言えっ!」



「ああああああああああああああッ!!」



 突然、ディオンが堰を切ったように叫び出す。

 相対していたロジィのみならず、その場すべての人間がこれまでの振る舞いからは想像もつかない怒りに染まった絶叫に面食らっていた。


「どいつもっ、こいつもおおおおっ!」


 想定外の豹変に驚いたロジィがより強く拘束するよりも僅かに早く、ディオンは────自らの仮面に手をかけた。




 ◯◯◯



 あの日。


 私がペストマスクの男──タスクから受け取った箱の中身。


 悪趣味な時計に、玩具のようなふざけた銃。



 そして────あの男が付けていたものと同じ仮面。




 私は今まで被っていたその仮面を勢い良く脱ぎ捨てた。



 軽い音と共に仮面は床に転がり、そして彼らは初めて私の素顔を覗き込むことになる。


 間があった。


 今まで激昂していたはずのロジィは感情の行き場を失って困惑している。そのことが表情から見て取れる。


 改めてとんだ濡れ衣を着せられたものだと考え、もう一度、大きく息を吐く。


「……どいてくれませんか」


「あ、あぁ」


 私に馬乗りになったまま、混乱の末に口を開け放し間抜け面を晒しているロジィ。仮面を通さない、透き通った声を掛けて離れてもらう。


 羽織っていた黒い外套を脱ぎ、帽子も放り投げて、長い黒髪を主張するように手で梳いた。


 すっかり空気の一変した広間で、各々の表情を観察する。


 一番面白い反応を見せているのは……リーゼ。

 当然と言えば当然か。

 あり得ない、とでも言うように、目を見開き、指先で自らの顔をなぞっている。


 トムだけは何故か笑顔だ。布で顔を覆っていて目の周辺からしか読み取れないが。


「本当に、こんな事態は……望むところではなかったのですが」


 本当に想定していなかった。


 まさか私が……こんな濡れ衣を着せられることになるとは。


「……まあ、見ての通り私は女性で……いたいけな処女を貫けるような凶器などこの体には……持ち合わせていません。それがどうしてこのような事態になったのか──ゆっくりお話を聞くことにしましょう」


 私は未だ残る疲労を窺わせないような、最高に明るい笑顔を作ってそう言った。

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