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冒険者たち ⑦

「止まれ」


 ランタンの灯りのみが照らす仄暗い洞窟。

 そこでパーティを先導していたディオンが唐突に立ち止まり、手を横に伸ばして後ろに続くメンバーを制止した。


 自分の目では異常を感知できなかったらしいロジィが怪訝な顔をする。


「何かいるのか? それとも罠でも見つけたか?」


「いいから止まってくれ。そう、そのままだ」


 ディオンは腰から銃を抜くと、指を鳴らしてリズムを取り、リーゼのほうへと歩いていく。


「何のつもり?」


「おい、ディオン、そんなガラクタで何するつもりだ? 銃なんて魔物にはほとんど効果がないし、万一……お前がそのつもりでも、俺達を殺すどころか、傷つける事さえ出来ない。準備の時に言っただろう。無駄だ」


 ロジィはディオンの不可解な行動に対し僅かに緊張し、少しの冷や汗を流しながらやや饒舌になっていた。

 ここは言わば魔物の巣である。格下の魔物が主であるとはいえふざけている余裕などない。ここでは簡単に死人が出る──今回の場合、死に得る可能性が最も高いのは当のディオンだ。怪物の巣で玩具を抱えているディオンのそれは奇行でしかなかった。


「おい、ディオン」


「少しだけ待ってくれ。……そう、今だ」


 ディオンがそう言った瞬間、何かの影が高速でリーゼへと迫り────銃声が響いた。


 耳を(つんざ)くようなその音ともに、リーゼを襲った何かの血液があたりに散らばった。


「ちょっと、何なのよ!」


「魔物だ。襲ってきた」


 ロジィが駆け寄り、ディオンが撃ち抜いた魔物をその手に持ったランタンで照らした。


「成る程、確かに……狼型の魔物だ。だが、なんだ? この魔窟には頻繁に来ていたが、こんな……六つの目を持つ悍しい狼は見たことがない。それに……今、こいつはどこから現れた? 俺達が目で追えないような魔物なんてこのレベルの魔窟に存在するはずがない。成り立てのお前がなぜ、まるで最初から知っていたかのように対応できたのか……説明してくれるんだろうな、ディオン」


「こいつについて詳しくはわからないが、現れたのはそこ──私から見て右斜め上方にある穴からだ。獣だけが通れる抜け道のようなものなのだろう」


「銃で撃ち殺せたのはなんで? 普通弾は通らないと思うんだけど。そこまで脆い相手にも見えないし」


 イステもロジィに続いて尋ねる。


「口の中を零距離で撃ったからだ。魔物はあくまで生物だ、あらゆる弱点の存在しない機械兵器じゃない。狼型のこいつらは外皮と比較して内側からの攻撃に異様に弱いようだ。あくまで一部の魔物に限った話で、それもせいぜい銃弾が通る程度に、だが」


「博識、ということにしておいてやる。それで、その魔物がリーゼを襲うって分かってたのはなんでだ? まるで予知でもしているみたいだった……今のお前に斥候(スカウト)としてそこまでできるような能力はない。そうだろう?」


 斥候(スカウト)は探求神より賜った加護により索敵を行うが、成り立てのディオンに出せる精度は本業でない軽戦士(フェンサー)のロジィが行うそれ以下だ。つまり、ロジィに感知できなければ基本的にはディオンに感知できるはずもない。


「この狼がリーゼを襲ったのは恐らくリーゼが回復魔法士だからだ。なぜ私が気付いたかは……言えない。信じてついて来てくれ」


「結局言えないのか? おいおい……」


 魔物が本能的に回復魔法士を優先して狙う傾向にあるのは冒険者の間では常識だが、それはあのタイミングで襲撃を読める理由にはならない。

 依然ディオンは怪しいままだ。この男を信じて行動するのは難しい。


「魔物をけしかけたのがディオン殿かその知り合い、という線はないでござるか? 取り入るためのマッチポンプでござる」


「いや、それはない」


 疑念をぶつけたトムに対し、ロジィが断言した。


「魔物をコントロールできる人間なんていない。動物じゃねえんだぞ」


「操る側……ディオン殿が人間じゃなかったらどうでござるか?」


「確かに魔物同士なら可能かもな。だが人語を操るような知性を持った魔物は確認されていない。ディオンは人間だ」


「魔物が人間を、つまりディオンを操るというなら不可能じゃないわ。寄生型の魔物の被害は時々報告されてる。被害者達はほとんど正気を保ってないから、今回は違うと思うけど……」


 もう一度、銃声が鳴った。

 ロジィ達が一斉にディオンに、そして発砲した先に視線を向ける。


「今度は何だ?」


「必要な作業だ。こっちへ進む」


「そっちは危険だ。魔物狩りには向いてない」


 ロジィはディオンの肩に手をやって引き留めるが、ディオンはその手を振り払うとペストマスクに覆われたその顔で真っ直ぐにロジィを見据えた。


「こっちへ進む」


「…………おう」


 仄暗い闇の中において、ディオンのその姿には不気味な圧力があった。


 ロジィは仮に何か良からぬ事が起きても自分達のレベルなら大事故には繋がらないだろうと考えつつ、差し当たってはディオンに従うことにした。



 少し進んだ先に、崩落したような形跡があった。

 一見して自然現象だが、しかし、ロジィがその手に持ったランタンでその場を観察すると、洞窟を構成する岩石などに混じって明らかに人工物だと考えられる何かのパーツのようなものが存在していた。


「……トラップか? さっきの銃撃で起動させた、とか」


「そうだ。これは序の口だが……今この魔窟は異常な状態にある。私に従ってほしい」


「どうやってこの罠のことを知った?」


「言えない」


「言えない、言えない、言えない……何一つ教える気はないらしい。だが……まあいい、従うさ。今のところ害意も感じられない」


 確かに異常ではあるのだ。

 魔窟の中では外部から持ち込んだものは長時間その形を保つ事ができない。

 その濃すぎる魔力に侵食され、金属でさえ腐り落ちてしまうのだ。


 つまり、ここで問題となるのは──なぜ魔窟に人工物を用いた罠が存在していたのかということだ。


 毒ガスにも等しい魔力溜まりやそれによる地形の侵食、魔物の生成物などが噛み合い天然のトラップのようになることは魔窟ではままある。そしてそれを察知可能であるということが斥候の存在価値の一つでもあるのだが、翻って魔窟の中で人の作った罠の存在などあり得ないのだ。

 設置されてから時間の経った罠であれば魔力により腐って機能しなくなるし、冒険者が魔窟へ入るタイミングはギルドによって管理されている。この魔窟に他のパーティはしばらく入っていない。


 不法侵入者でもいるのだろうか。

 その程度ならばいいが……。


 ロジィが思案していると、ディオンが急に立ち止まった。

 前方をランタンで照らす。

 分かれ道だ。


 ディオンがこちらを振り返り、指示を飛ばす。


「イステ、右の道に火を放ってくれ。出来るだけ遠くまで届くように」


「え? えーっと」


 イステは困ったようにロジィの方に目をやった。


「やってやれ」


「……わかった」


 イステは頷くと、右手に携えた巨大な(ぜんまい)のような木製の杖をくるくると回した。


 その直後、轟音と共にイステ前方の道が洞窟を崩壊させるのではないかと思えてしまう規模の爆炎に包まれた。


 指向性が強いにも拘らず使用者側にも熱と衝撃、そして爆風に乗った微小な石などが飛んでくる。

 それらから目を保護するためリーゼやロジィなどは顔を覆っていたが、しかし目の前で起こった事、防御行動を必要とするほどの反作用を伴った魔法に対して驚いている様子は全くなかった。

 これは彼らにとっては見慣れた光景でしかなかった。


 この魔法を初めて目にするはずのディオンまでもが何の感慨も無いような反応を見せていた事に対して、ロジィはまた追及を重ねようとしたが、不毛だと感じて取りやめた。


 そもそもとして、この男は最初から、何から何まで不自然だったのだ。最早それは不自然な状態が自然であると言って過言でない程であり、あらゆる不審な点を指摘すればそれは砂漠の砂を数えるような、本当に不毛な作業になるだろう。


 ロジィはそれと斥候の有用性を天秤にかけ、ある程度の不審さは飲み込む事にしていた。


 洞窟に入ってからはそれまで以上におかしい結果を導き続けていたので突っ掛かったが、今度はそれを自分の勘が捉えたものと天秤にかけることにした。


 この魔窟は、今現在非常に危険である可能性がある。


 本来ならあり得ない話だ。間違っても死人が出ないような生温い場所を選んだのだ。勿論ロジィにとってであり、成り立てのディオンにはそもそも酷な環境ではあったが、しかし、ロジィの培ってきた経験、潜ってきた修羅場、それらに裏打ちされたロジィの勘がガンガンと警鐘を鳴らすような事態になど絶対に発展しないはずだった。


 当然、天秤は斥候の不審さを持ち上げた。


 ロジィはこの男、ディオンに敵意はないと考えている。

 わざわざ自分で仕掛けた罠を破壊して信用を得ようとしている、などという考えも少し頭を(よぎ)ったが、先程の議論の内容からもそれは不可能に近いし、そもそもとしてこの魔窟を選び、そしてそれを直前まで伝えなかったのは他でもないロジィなのだ。

 ディオンは何らかの方法で罠を看破した、と考える方が自然なのである。


 ロジィはディオンを完全に味方と見做し、故に先程イステにディオンの言葉通り動くよう促しもしたのだが、ディオンの反応を見てロジィの懐疑主義的な部分がまた疑いの言葉を掛けさせようとし、しかしそれを自らの意思で飲み込んだ、というのがロジィの中で起きた思考の巡りであった。


「ロジィ? やったけど」


 耽るロジィにイステが理由を問うように話しかける。


「やらせたのはディオンだ。何か聞きたいならディオンに聞け」


「まあそうだね。で、どうするの、ディオン?」


 ディオンは答えるより先に歩き出していた。


「ここを進む。離れずについてこい」


「ああ、待ってよ」


 無言でディオンのすぐ後ろを護衛するように歩いていったドグマとトムに続き、イステも慌てて後を追った。


 それを見るロジィに横からリーゼの声がかかる。


「ねぇ、ロジィ」


「なんだ」


「このまま進んでいいと思うの? 今日はちょっと異常よ。今からでも帰還するべきかもしれないわ」


「進むべきだ」


「なんでよ」


「勘」


「ふぅん」


 リーゼは修道女のそれを模した服の裾をひらりとはためかせながら、他のメンバー同様歩き出した。


「じゃあ信じるわ。あなたの勘って、大抵勘なんて呼んでしまえるようなものじゃないものね」


「勘は勘だ」


 自分を買い被るリーゼを自嘲気味のトートロジーであしらって、ロジィもディオンの後を追った。



 しばらくして、何も語らないまま奇妙なルート取りで歩くディオンが唐突に振り向く。


「罠十六個と襲撃四回を回避した。もう奴までの間には危険は無い」


「……奴?」


 回避したと主張する罠と襲撃の数にも驚いたが、急に出てきた『奴』という言葉。一体誰のことを指してそう言っているのか。

 当然ロジィ達には思い当たる節は無い。


「ああ。この真下にある空間に奴がいる」


「そうか。で、どうするんだ?」


 ロジィはまた口をつきそうになった疑いの言葉を飲み込み、次の発言を促した。


「話が早くて助かるよ。君達には今から私が告げるいくつかの指示に従って欲しい」


 ディオンはそう言って全員を順番に見た。

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