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冒険者たち ⑥

 大量の服が入った買い物袋を両手に抱えて中層を歩く。


 中層では上層とは打って変わって趣のある街並みが続いていた。私が抱いていた中世ヨーロッパのイメージに近い。

 中世ヨーロッパというのはあくまでイメージの話であり、実際の中世は大抵もっと汚く陰鬱なものであったらしいが……まあこちらにはそういった雰囲気はなく、地面にさえ清潔感がある。こういうのは正確には近世、近代のヨーロッパの風景に近いのだろうか。噴水を中心に据えた広場と青く澄んだ空が私にここまでの凄惨な出来事を忘れさせようとしていた。


 まあいい。今すべきことについて考えよう。


 まず必要なのは、宿だ。


 買った服はかなり重く、これを抱えて街を歩き回りたくはないし、それ以前に野宿をする気は毛頭ない。まずさっさと今日泊まれる宿を見つけるべきだろう。

 先を見据えて賃貸の家を見つけてもいいが、しかし冒険者としてやっていく事を考えるとひとつの家に定住するというのはいまいち考えられない。いや、実際どうなのかは知らないが。


 さて、如何にして宿の情報を得るのか。


 その場で着替えさせてもらい、最早痴女ではなくなった私は、道行く人に尋ねるという、単純でありながら非常に効果的な手段を取れるようになっていた。


 さらに言えば、恐らく男性に尋ねるのがいい。


 世界は美女には無条件に優しいものだ。そういうふうにできている。

 ……美女であるはずだ。

 忌み子だなんだという偏見込みでも諸々の欲望に巻き込まれていたわけなので、この黒髪黒目が極端にマイナスな印象を与えない限りはこの世界の価値基準でも相当に魅力的に映る、はずである。


 そのあたりの検証をする意図もあって、視界の端に捉えた、こちらをちらちらと見ている冴えない感じの青年のところに歩いて行って声を掛ける。


「あの、すいません」


「うおっ! な、なんでしょうか」


 青年のところまで歩いていく間目が合っていたはずなのだが、話しかけられるとは思っていなくて驚いたとでも言うような反応と共に対応される。


 観察する。


 表情をまず確認する。

 少々引き攣るような動きを見せていて、そこから狼狽、緊張、焦燥などといった精神状態が窺える、が、マイナスの感情は抱えていないはずだ。しかして口元は緩んでいるのである。


 その緊張は、相対する私を好意的に捉えているがために起こるものと見ていいだろう。


「今晩、泊まれる所を探しているのですが……この近くに宿などはないでしょうか?」


 言ってから思ったのだが、この言い方だと変に捉えられたりしないだろうか……大丈夫だろう、多分。


「宿、宿ですか? 」


 青年は少しの間躊躇うように逡巡する。


「それなら……うちが宿屋をやってるんで、よかったらどうですか?」


「ああ、それはちょうどよかった」


 そう言って微笑む。

 話が早くて助かる。


 控えめに話を展開させてもいいが、折角なので図々しく行かせてもらうことにしよう。


「それでは、宿まで案内していただけませんか?」


「任せてください。道案内にかけては自信があります」


 道案内の自信とはなんだろうか、と少し疑問に思ったが、まあ土地勘の良さを言っているのだろう。

 そうでなくとも私であれば、仮に詳しい場所だったとしても急に道案内を頼まれては狼狽してしまう可能性は十分にある。ある程度は慣れが機能する行為なのかもしれない。


 ともかく、私のお願いは二つ返事で受け入れられた。この場所で何をしていたのか知らないが、私のお願いがその行為よりも優先すべきものだと捉えられたのか、それとも特に何かをしているわけではなかったのか……尋ねてみるか。


 私についてくるように促し歩き出した青年に声を掛ける。


「さっきは何をしていたんですか?」


「あー、いや、ちょっとしたお遣いを頼まれていたんですけど、まあ急ぎでもなかったんで。お客さん一人連れてった方が喜ばれるくらいの用事ですよ」


「それは……申し訳ないですね」


「いや、本当に大したことでもないんで、気にしないでください」


 気を使っているというわけでもなく、言う通り優先度の低い用事だったらしい。


「そもそもとしてうちは割と入り組んでる場所にあるので、営業しないとなかなか部屋も埋まりませんしね。まあ、無理して売り込むほど切羽詰まっているというわけでもないんですけど、ありがたい話ではありますね」


「あ、そういう感じですか」


 彼からすれば損得勘定からしても断るべきではなく、つまり、かなり気合を入れて接していたのは私だけであり、独り相撲のようなことになっていたらしい。


 自嘲気味の空笑いが出る。少々自意識が過剰になっていたかもしれない。

 もう少し控えめにいこうかな……。


 装いを新たにして変なテンションになっていたかもしれない。ここは最早レティツィアを虐げていた村ではないのだ。気を張る必要は……あまりない。


 そのまま少し歩いた。


「着きました。このまま受付済ませちゃいましょう」


 宿は木造だが比較的規模の大きいものだった。

 石造りの建物がほとんどである中で何故か木造というのが少し引っかかるが、青年に言われるがままカウンターへと進んだ。


「母さん、客」


 青年が宿の奥に向かってそう声を上げると、扉を開けて一人の女性が出てきた。

 普通に考えてこの青年の母であるはずだ、が。


「ようこそいらっしゃいました……お一人で?」


「いや、そう、ですが…………お母様?」


「あら、そういう関係ですか?」


「いえ、違いますけど、だって────若すぎる」


 この女性は、この青年の母だとするには些か、いや異常に、若すぎた。

 白に近い紫に染まった長い髪、そこから覗く青白いその肌はとても青年を息子に持つ者のものとは思えず、なんなら青年の妹にさえ見える。


「あら、嬉しいこと言ってくれますね」


「まあうちの母を初めて見たらそうなりますよね。曾祖母(ひいばあ)さんが亜人だったらしくて、その影響が濃く出てるみたいです」


「亜人? エルフ、とかですか?」


 美貌と長命の空想種といえばエルフ、というイメージがある。


人型霊種(キンドレイス)、だと聞いています。エルフよりはポピュラーな存在、なのかな……? 自分はどっちも見たことないですけど」


 亜人、少なくともエルフやレイスというのは相当希少(レア)な存在らしい。

 レイスというと悪霊のようなイメージがあるが、ルフェルの術で消されてしまったりするのだろうか。


 しかし、レイス、レイスか。そう言われればお母様の美貌にも納得できるといえば納得できるが、そもそもレイスというのは人間と交われる存在なんだな。


 具体的にレイスとやらがどのような手段で繁殖するのか知らないが、霊に属するものであるというなら、私が女のレイスとの間に子を成せる可能性もありそうだ。

 例えば、レイスと人間の魂との接触によって子世代が生まれるのだとすれば。


 私の魂は、あくまで男性のものなのだから。


「滞在期間は何日の予定ですか?」


 当のお母様が私に尋ねる。


「ああ、そうか、どうしようかな……」


 滞在期間か。

 はっきりとは考えていなかった。冒険者となった後に寝床をどうするのかがわからない。


「とりあえず三日ほど泊まらせてもらって、必要に応じて延長、ってできますか?」


「可能ですよ。予約も詰まっていませんし」


 笑顔でそう伝えるお母様に少々たじろぐ。

 そして青年の方を横目でちらりと見た。これだけ破壊力のあるお母様から生まれてきてここまで冴えない男になる事があるのだろうか。


 ……重たい前髪が悪かったりするのか?


「あの、息子さん」


「アーゾって呼んでください。母はノゼという名です。それで、なんでしょう」


「レティツィアです。では、アーゾさん。ちょっと前髪を上げてもらってもよろしいでしょうか」


「前髪? 構いませんが」


 表情を隠すように垂れていた前髪をアーゾが手で搔き上げる。


 そして現れたその顔は……やはり、母親とは似つかない、冴えない青年といった風なものだった。

 決して醜いわけではなく、どちらかと言えば整っているはずではあるが、なんというか……冴えないのである。


「……ありがとうございました」


「はい……あ、僕があまり母に似てない、ってことですかね?」


「いや、その」


 さすがに失礼だったか。


「あはは、大丈夫ですよ、よく言われるので。かなり父親似なんですよねえ、僕。混じり血の場合、人型霊種(キンドレイス)の性質は女性にしか発現しない、なんて噂もあったりします。実際のところ霊種と有機種のハーフ自体殆ど存在しないので、眉唾な噂の域は出ないんですけれど」


「人間は有機種、って区分なんですか?」


「そうですね。大きく区別するとそうなります。……なにか、特殊な事情がおありで?」


「……何故?」


 私の抱える特殊な、恐らく特殊すぎるバックボーン。

 今の会話から悟られるはずはない、と思うのだが。何か別の事を指しているのか?


「いえ、普通そういった知識は王国内でなくても初等教育で得られるはずなので、何か教育を受けられなくなるような事情が────」


「アーゾ。あまりお客様の過去を詮索しないように」


 ノゼが割って入り、アーゾを咎める。

 アーゾは決まりの悪い表情を作った。


「あー……すみません、つい、気になってしまって……本当に申し訳ありません。無神経でした」


「いえ、構いません。私にそういった知識がないのは……私が、まともな教育機関もない辺境の村の出だからです。特に気にしているわけでもないので、気負うような事はありませんよ」


 笑みで誤魔化す。

 実際の事情を見抜かれているなんて話ではなかったようだ。

 それならば何も問題はない。


「ああ、なるほど、それで……」


「というか、手続きの途中で脇道に逸れすぎましたね」


「続けましょうか。ビザをそこの直方体に翳してください」


 ノゼに言われた通りにビザを取り出し、カウンターに設置されている豆腐程度のサイズの直方体に翳す。


「これ、なんなんですか?」


「宿帳みたいなものです。大元が国側で管理されていて、私共が不当に個人情報を得る事はできないようにできているので、そのあたりは心配しなくて大丈夫ですよ」


「……どういう原理で機能してるんですか?」


「さあ」


 ノゼの反応に一瞬面食らったが、テクノロジーに対する一般民衆の認識としては妥当な線なのかもしれない。

 私の世界においても、テレビがなぜ映るのか、なぜ電子レンジで加熱が可能なのか、理解している人間はそこまで多くなかったはずだ。しかし確かにその恩恵に与っていた。


 というか、そういう話より前に……この世界の技術は進みすぎである。

 村との印象の乖離が大きすぎる。


「部屋番号は205です。ビザが鍵代わりになりますので、ドアの横にある似たような装置に翳してください。ああ、それと」


 ノゼは私の方に寄ってきて──私の耳元で、(くすぐ)るように(ささや)いた。


「うちの宿では、備品を壊しさえしなければ基本的に何をしても構いませんよ。防音構造になっていますし、清掃だとかの後処理も料金に含まれていますから。一時的に他の誰かを連れ込んでもいい」


「……なぜ、それを私に、周りから隠すようにして伝えるのですか?」


「私、わかるんですよ。匂いというか雰囲気というか、そういう何かを嗅ぎつける力があるんです」


 ノゼは一つ呼吸を挟み、もう一度私に寄って囁く。



「あなたはきっと──人ではない。正確には、純粋な人間ではない。そして、そういう行為を求めて苦しんでいる。そうでしょう? ……大丈夫、誰にも話しはしませんから」



 それだけ言うとノゼは私から離れてにこりと微笑んだ。

 一連の流れを気にしたアーゾがノゼをつつく。


「何の話?」


「詮索しない」


「不公平だ」


「自分で気付けるようになりなさい」


 親子が仲の良さそうなやり取りをする中、私はノゼの言葉について考えていた。


 レティツィアが人間ではない、という部分については、私としても同じように考えている。


 だが、私の考えとはあまりにも方向性が違いすぎる。


 デタラメを言っているわけでもなさそうだった。前提が間違っていないという認識があった上で、私に好きにしていいと伝えてきたのだ。それだけ自分の観察眼……恐らくはレイスに特有のそれに自信があったのだろう。


 ノゼは、私に何を感じ取ったのだろうか。

 あの言い分ではまるで……私がサキュバスか何かのようではないか。


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