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冒険者たち ④

 イースウェール聖教会本部。


 王都上層に位置するその巨大な建物の中には上位の聖職者あるいは聖騎士団員のみが入ることを許されている。


 その内部、最上階の一室にて、二人の男が対面していた。


 一人はルフェル。

 聖騎士団第二位にして枢機卿。

 白髪碧眼、見る者を容易く魅了する容貌を持ち、その柔らかい物腰と智慧、そして有事における実績とそれにより齎された利益から、教会内部での支持が指折りに厚い人物。


 そのルフェルは、目の前の書類の束の隙間から顔を覗かせる人物を、苛立ち目を細めて見据えていた。


 先に口を開いたのは、対面する壮年の人物の方だった。


「御苦労、ルフェル。問題は?」


「勇者代理に関しては一切の問題なく順調です。ガランドンの地下に篭っていた悪魔は想定より強力な存在でしたが被害なくそれを討伐し、その瘴気を勇者代理に吸収させる事に成功しました」


 その男の言葉に、ルフェルは苛立ちを隠さないまままくし立てた。


「僥倖だな。まあお前がいればそこらの悪魔に負けることはないだろう、これ以上ないほどの適役だ。お前がいる以上、勇者代理の成長を目的とするなら、ターゲットは強ければ強いほどいいという単純な話になる」


「……結構怪しかったんですけどね」


 対面する男から目を逸らし、呟くように言った。


「ふむ?」


「対象は高度な領域術と……天啓を妨げるジャミングのような能力を有していました。私が死ぬことはなかったと思いますけど、事故が起きてもおかしくはなかった」


「つまり……巫子の危険予測の精度に問題があった、と?」


 男は立派にたくわえた顎髭を撫でながら、ルフェルの意図するところを問う。


 ルフェルは首を振って眉間に皺を寄せた。


「巫子の側に問題があるというより……向こうは巫子の眼から逃れる手段を持っている可能性があります」


「ああ、成程。考慮しておくよ」


 男はそう言いながら書類の束のうち一つにざっと目を通すと、それを丸ごと屑カゴの中に放り捨てた。

 怪訝そうなルフェルの視線を意に介さず、次の書類を手に取ると同時に口を開く。


「勇者代理には今何をさせている?」


「魔導学院に行かせました。根回しはしてあるんですよね?」


「そこは問題ない。同行者はつけたのか?」


「ベフェレノンの娘を」


「信頼できる人物なのか?」


「資質、人格共に観察した限りでは十分です。<浄化光(ピュリファイ)>で一度焼いておいたので、悪魔による擬態や憑依の可能性もありません」


 その言葉を聞いた壮年の男は、ふう、と息を吐き、丸めた書類を向けながらルフェルを見据えた。


「オーケー、まあ十分だろう。ただ、何かあれば俺とお前に責任の殆どが降りかかることを忘れるなよ。勇者代理は勇者と違って簡単に死に得る。勇者を勇者たらしめるのは殆どの場合脅威視(ビジョン)──危険予知の能力だった。勇者代理にそんな神格じみた能力はない」


「大丈夫だと言っているでしょう。ベフェレノンの娘、アルミナは、戦闘能力で言うなら恐らく私よりも上です」


「本気で言っているのか?」


「本気です」


 壮年の男は嘘偽りの含まれないらしいルフェルの報告に頭を抱えた。


「ベフェレノンはとんだ傑物を育てたらしいな……クソ、また面倒な要素が一つ増えた」


「比較的御し易いタイプに見えましたけどね」


「どんな女だ?」


「うちの女神様みたいな」


「クソが!」


 大声を上げた壮年の男は頭を掻きむしった後、手元にあった瓶を開けると、中から錠剤のような白い粒を取り出して口に放り込み、ガリガリとそれを咀嚼した。


「それ、噛まずに飲み下すものでは?」


「俺の勝手だ。……そうだ、お前、最初に『勇者代理に関しては』と言っていたよな。まさかとは思うが、他に問題が?」


「そういうつもりで言いましたが」


 壮年の男は大袈裟に天を仰いだ。


「ああ……聞きたくない、が、聞かないわけにもいかん。言え」


「ガランドン村に、教会がありました。イースウェールの教会です」


「……それに何の問題が?」


「こちらの記録では、ガランドン村に教会は存在しないことになっています」


 男は自分の頭を指先で軽く叩きながら首を捻る。


「何者かがイースウェールの名を騙って勝手に教会を建てたのか?」


「そうなりますよね」


「……だが、それも大した問題には思えないな。処分するなり再利用するなりして終わりだろう」


「もっと根深い問題かもしれないんです。私が到着した時点で神父は姿を消していて、そこで働くシスターや教会が受け入れていたという少数の子供達は神父が行なっていたことについて何も知らない様子でした」


「その神父が何をしていたと言うんだ?」


「調査中です。……が、神父のみが出入りしていたという部屋から、動物の血と、魔力が検出されました。一般人には到底扱えない量です。それと、これ」


 ルフェルは懐から黒っぽい木片のようなものを取り出し、男の額目掛けて投げつけた。

 男は無造作にそれを受け取ると、目を細めてその木片を観察する。


「これは?」


「ただの木片ですよ……魔力伝導率が信じられないくらいに高いことを除けば。まず間違いなく、ヤニス──今回の領主殺しの主犯が領主に提供していたものでしょう。どこに卸していたのかと思えば王都のお友達ではなく、村の中でやり取りされていたわけだ」


 ルフェルの言葉を聞きながら、壮年の男は既に皺の寄りきっている眉間に更に力を込めた。


「おい、待て……領主殺しとは何の話だ?」


「あれ、言っていませんでしたか? ガランドン村の領主であり我が国の男爵位であり勇者代理の父親でもあるロビン様が村人に殺されていたという、ただそれだけの話ですよ。取り沙汰する程でもないと思っていたので口頭で伝えてはいなかったかもしれません」


「大問題だ馬鹿が! 何故さっさと報告しないんだ、この時期に貴族と軋轢が生まれればどうなるか、わからないわけではないだろう」


 男の怒声にもルフェルは動じなかった。


「報告書は上げておいたんですけどね。その辺に埋まっているのでは?」


 男は書類の束に目をやると、頭痛を訴えるように頭を押さえて小さく呻いた。


「……仕事、減らしてみては?」


「出来るならとっくにそうしている。ああ、権力なんてものはいざ持ってみれば面倒ごとだらけで、旨味が全く割に合わない。俺はどこで間違えたんだ」


「要領が悪いだけかもしれません」


「それも多分にあるだろう。部下が適当に仕事してる皺寄せまでこっちにきているしな」


「使えない部下を持つと大変ですねえ」


「念のため言っておくが、お前の事に他ならないぞ」


「またまた、ご冗談を。ああ、村の教会の件については既に調査員を派遣しておきましたよ。ほら、仕事ができる」


「……何を調べさせるんだ?」


「何をしていたか、に決まっているじゃないですか。消えた偽物の神父、環境に不釣り合いな高度魔導素材、血に魔力、その傍に潜んでいた悪魔。これは明らかに我々の領域──異端審問の対象です」


 異端審問。

 イースウェール聖教会における異端とは決してあらゆる異教徒や魔術師などを指すわけではない。

 悪魔や魔族、及びそれに与する人間という、人間にとって明確に害となる、闇に属するとされる者達のことを指して教会は異端と呼ぶ。


 異端審問、つまり、これら闇の存在を祓うこと──駆除することこそが、その設立当初から不変である教会の基本理念であった。


「ほら有能」


「……もういい、わかった。お前の今後の予定は?」


「んー、そうですねえ」


 ルフェルは思案するように顎に人差し指を当て、視線を斜め上に逸らした。


「私が直接やるべきことは大体済ませましたし……趣味にでも時間を使ってみましょうかね? 話しているうちに少し吹っ切れました」


「何を指してそう言ってるのか知らんが、我々に被害が及ぶような真似はするなよ」


「大丈夫ですよ、なんなら世のためになることです。それでは以上で報告を終わります、ミスターボルガング──もとい教皇様(ポープ)。神の御加護があらんことを」


「二度とお前と会わないで済む事を願う。神の御加護があらんことを」


「それは無理な話ですね」


 去り際、いつの間にか苛立ちの消えたルフェルの顔には、代わりに性格の悪そうな微笑が乗っていた。




 ◯◯◯




 生前、私は服を買うこと、選ぶことに、一切の頓着がなかった。

 そもそも自分自身にあまり興味がなかった、と言い換えてもいい。

 自分が着る服など心の底からどうでもよかった。強いて言うなら無地の服、肌の多く隠れる服を好んでいた気がするが、それもあくまで無意識下での選択の話だ。着なければ犯罪になるから着ておくとか、その程度の意識だった。


 これは当然といえば当然の話だ。服とは結局のところ他人の視線を気にして着る身体装飾あるいは視線に対する防御被膜なのであり、自分にも他人にもろくに関心のなかった私が服だけはしっかりと選んでいたらそちらのほうが奇怪である。


 ついでに言うなら服を選んでいると店員が寄ってくるあの感じも得意ではなかった。お陰でしっかりした店で服を選んだ記憶はほとんどない。


 ここまでの独白が前置きである。



 現状として、私は……服を選ぶと言う行為を、これ以上ないほどに楽しんでいる。


「とても良くお似合いですよ、お客様!」


「そ、そうですかね……」


 茶髪ポニーテールの若い女性店員が笑顔で私を(おだ)てる。私としても満更ではないし、あるいはこれはそもそも煽てているのではなく、本心から述べていてもおかしくはない。

 私から見ても先程選んできたこの春を思わせるワンピースはとてもよくレティツィアに似合っており、鏡に写る姿はまるで深窓の令嬢さながらである。


「とても素敵です! 名家のお嬢様みたい! ……本当にそうだったりします?」


 実際のレティツィアの出自はその真逆である。


「いえ、その、田舎の出で……あの、ほ、他の服も試着してみていいですか?」


 今の私はさぞ気持ち悪い笑みを浮かべていることだろう。


「勿論です! あ、こちらなんていかがですか?」


 この店員、やたらと元気がいい。

 いや、良い事なのだろうが。


 ルフェルと別れた後、私はルフェルに教えられた中層の店へと直行した。周囲の視線を振り切るように歩いた。


 そして私はまず始めに肌着を探して手に取り、すぐにカウンターへと持って行って購入し、店のトイレでそれを身に付けた。

 何をするにもまずはそこからだと思っていた。この都市の諸々はかなり現代的であるので、肌着を身に付けていないなんて状況は確実に異常だ。ここまで深くスリットの入った服を着させられている以上万が一見えてしまえば衛兵に連れて行かれるなんてことにもなりかねない。何より私が恥ずかしい。

 あらゆる思考を放棄してまずその目的を見事に達成したのだった。


 そして続いてさっさと服を選ぼうとしたのだが、そこではたと気付いたのだ。


 服を選ぶという行為に潜んだ享楽に。


 こちらも考えてみれば当然の話だった。私の肉体は最早私のそれではなく、レティツィアの肉体であり、つまり──素材が非常に優れているのである。

 顔が良く、肌は白く、身長は高く、非常にスタイルが良い。

 何を着たって似合うし、しかし身に付けた服によってしっかりと印象が変わるのである。


 着せ替え人形……などと言うと若干聞こえが悪いかもしれないが、この楽しさは完全にそれと同一である。いや、私にはそういう経験はないが。


 加えて、この場合私はレティツィアでもあるので、自己向上、つまり自分自身が可愛くなる、あるいは綺麗になるという喜びまで付加されている。

 可愛くなってどうなるのか……という先の話まで考えずとも、単純にとても気分がいい。


 ここまでくると本来男として持っていた筈の尊厳などかなぐり捨てているようで、私の自意識の崩壊こそ著しいが、いや、しかし、しかしだ、現状として私は女性であり、可能かどうかは置いておいて元に戻ろうという気も一切ないので、女性として世界を楽しむのは当然で健全な思考なのではないか?

 これは女装などではないのだ。女性が女性の格好をする事を楽しんでいるというただそれだけの話だ。


 いや、駄目だ、混乱している。私が開こうとしている新たな世界への扉を前にして正常な思考能力判断力を奪われている。このことに関してこれ以上考えるのはまずい気がする……具体的にはよくわからないが、戻ってこられなくなれそうだ。


 そろそろ購入する服も決めてしまうべきだろうか。

 今後生活していくにあたって一着ではさすがに回らないと思われるので、いくつかは買うつもりである。この際勧められたもの全て買ってしまおうか。


 今店員から勧められたものを見ると、それは黒いドレスだった。


 なされるがままといった風にその服を手に取り、試着室に入る。


 その際当然今着ている服を脱ぐわけだが、これ自体かなり私の心を揺さぶる行為である。

 私が脱いでるのは自分自身の服に他ならないのだが、服が剥がれて出てくるのは女性の白い柔肌だ。別に私としても女性の裸に一切の耐性がないなどということはないのだが、しかしその過程は殆ど見る機会がないものであった。

 そう。過程。服を脱ぐその過程、ベールに包まれ秘匿されていたものが露わになるその過程こそに官能的で背徳的で蠱惑的な魅力があったのだ。

 私自身が服を脱いでいるだけである筈なのにそういった光景が眼前に広がっているという矛盾に近い状況が更に私の頭を困惑させ、その困惑が魅力を更に超常的なものに見せていた。


 鏡に映った息を荒げる自分の姿に更に興奮しかけるが、それによって逆に我に返り、ある程度の冷静さを取り戻した。


 また変な興奮の渦に嵌らないうちにさっさと着ていた服を脱ぎきり、渡されたドレスを着ようと試みる。微に入り細に入ったデザインである見た目の繊細さに違わず着るのにも非常に複雑な行程を要求されるようで、どうにも着方がわからない。


「あの、お手伝いしましょうか? 一人では着にくいでしょうから」


 なかなか出てこない私を気遣ってか外から店員の声がかかる。


「お願いします」


 私の言葉を聞くと店員が試着室の中に入ってきて、再びカーテンを閉める。


 密室に近い状況で女性と二人きりになった。


 いや、別に私自身女性であるし、いかがわしいことをしようというわけではないのだが、しかしそれでも諸々思うところはあるというか、私にドレスを着せるに際してどうしても触れてしまう店員の柔らかい肢体が触れ、私の中のそういう気分が増幅されてしまう。

 先程一人で勝手に興奮していたのも相俟(あいま)って私の精神状態はかなり凄いことになっている。


 そういえば、この体、というか女性の体というのは、どうにかして定期的に性欲を発散させる必要があるのだろうか?

 今まではまるで気にしていなかったが、定期的にこのようになるのならば問題だ。私の現状とこれからを考えれば、思考を妨げられるのは非常にまずい。


「終わりました! 思った通り、すごい綺麗です……」


 あれこれ考えている間に着付けが終わったようで、全肯定店員から肯定の言葉が飛んできた。

 確かめるように鏡を見る。


 結論から述べると、私としてもこの服はかなりお気に召した。

 先ほどまで着ていた服のようなゴスロリみたいなふわふわした感じはなく、そしてドレスとして見ても露出がかなり控えめだ。肩が少々出ているくらいであり、袖やロングスカートによって手足の大部分は隠れており、首元さえ覆われている。レースの刺繍から多少肌が透けているが、それを踏まえてもこの服はかなり肌を隠していると言えるだろう。

 そしてまあ個人的に、黒い服を着た黒髪の女性というのはかなり好みだ。白い肌が一層引き立っている。

 店員の言葉も本心からのものと見て間違いないと思えるレベルに似合っていた。


「……この服、いくらですか?」


「えっと、30600ディラですね」


 ルフェルに与えられた額が確か100万ディラだったか。


 安い。想定していたよりかなり低い価格だ。

 これなら何も問題はない。


 私は店員の方を向いて口を開いた。



「──これを三着と、あと、今まで試着した服を全て買わせてください」



 私はご機嫌だった。


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