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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

六道の道

作者: 白犬

―六道の道のちまたに待てよ君―





この世界はとある女性たちによって支えられている。「白銀の乙女」と呼ばれる彼女らはその人生を懸けてこの世界を守っている。神殿のいうことが本当ならば彼女たちが神殿で舞を捧げる前に死んでしまえば「しょう」と呼ばれる影が世界を覆い、何も発展しない長い停滞が訪れるらしい。



今私の目の前には1人の女性がいる。際立った美人というわけではないが、とても優しく微笑んでいる、白銀の髪をした女性。彼女こそが今代の乙女だ。そして私が命に変えてでもお守りする女性。



「これから神殿に向かうまで、よろしくお願いいたします騎士様」


そういって微笑むその方を命令など関係なく、お守りしたいと思った。神官に渡されたらしい、もしものための宝玉など使わせるものか。私が必ずこの手でお守りする、この優しい微笑みを、この方を。





今まで旅などしたことがないはずなのに、その方は文句も言わずに旅を続けられた。最初に見たときの笑顔を変えることなく、いつでもゆったりと微笑んでおられた。

一度だけ、彼女の笑顔が歪んだときがあった。山賊に襲われ、不覚を取り私が怪我をしたときだ。癒しの力に特化していたらしいあの方は、焦りを浮かべながら私の傷を治してくださった。


「私を守ってくださるのはありがたいです。私も死ぬわけにはいきません。ですがあなたが怪我をしたら、あなたが死んでしまったら、誰が私をまもってくださるのですか。私はただの女です。一人では、神殿にはたどり着けません。」


今までに聞いたことがないくらいの勢いで話すその方に、私は自分の間違いを悟った。

命に変えても守るのではない、命を懸けて守るのだ。たとえあの方より先に死ぬことがあろうとも、それはあの方の旅の終わりが見えたときだ。私はたとえ死んでもあの方にお仕えする。それでもそれは最期まで共にあって初めて出来ることだ。


それ以来あの方は私に対しても遠慮のない、まるで家族に接するかのような雰囲気をまとわれるようになった。緊張が解け、お互いが意見をぶつけ合えるような、そんな関係。

私が願い続けた、けれど手に入れるまで気づかなかった主従の形がそこにはあった。


あのとき歪ませてしまったあの方の笑顔がもう二度と曇ることが無いように、どこまででも着いていき、守ろうと再び誓った。



旅はあっという間だった。あの方が神殿に入り、会えなくなる日は刻一刻と近づいていた。

あの方がいなければ世界は大変なことになるだろう。それは分かっている。けれど私の心はずっと叫んだまま。

―あの方と別れたくない、ずっとあの方にお仕えしたい―



別れの時が近づくのが分かる。もう神殿はすぐそこだ。だというのに…


白いローブの者たちが次々に襲いかかってくる。この世界の停滞を望む者、白銀の乙女の死を願うもの。

向かってくるものを斬って、斬って、斬って、…

そのとき視界の端に、あの方に近づくローブの男が見えた。咄嗟に目の前のローブの者を斬り捨て、あの方に駆け寄る。普段だったら、ただの山賊だったらそもそもあの方のお側を離れたりしない。離れざるをえないこの状況はとてもいいものとは言えなかった。

一瞬迷い、しかしすぐに守るために抱き寄せたあの方の耳に顔を寄せる。


「白銀の乙女…いえリィナ。ここは私に任せて早く神殿へ。あなたを失うわけにはいかない。」


彼女を…リィナを失えば世界は発展の望めない、長い絶望を味わうことになる。それだけは避けねばならない。彼女はそのために旅に出たし、私はそんな使命を果たす彼女を守りたいと思ったのだ。


彼女の名前を呼ぶのが、こんな時になるなんて。もっと名前をお呼びしたかった。もっとあなたといたかった。いつまでもあなたの側で、あなたに仕えたかった。


声にならない想いが溢れる。それを押し殺し、私は彼女に微笑みかける。


「あなたに仕えられて、あなたを守る役目をいただけて私は幸せでした。最期までお供できず申し訳ありません。」


そう言って彼女の背を押した。どうか無事に神殿にたどり着けるように。あの宝玉が私の代わりに彼女をまもってくれるように、祈りをこめて


彼女は何かを堪えるような顔を一瞬した。聡い彼女のことだ、分かっているのだろう。これだけの相手に1人で闘って、私が無事ではすまないであろうこと。きっともう彼女と会うことはないであろうこと。

それでも気丈に笑い、彼女は言った。


「感謝します。私の騎士、赤のバーレーン!」


確かに彼女は、リィナは私の名前を呼んだ。初めて会ったときに一度だけ教えたものの、ずっと騎士様、と呼んでいたリィナが。


「そうだ、私は赤のバーレーン!リィナの行く道は、私が守る!」


白いローブの者たちと斬り捨て続ける。もはや自分が傷を負っているのかさえわからない。

それでも私は戦い続けた。リィナが世界を守れるように。あの優しい女性が望む世界が訪れるように。







それからどれだけたったのか。見渡すと立っているのは私だけだった。しかし私の肉体は既に限界を迎えていた。木にもたれて座り込み、空を見上げる。


リィナは女神に捧げられてしまっただろうか。願わくば巡り巡った世のはてでも、私は彼女に仕えたい。女神のお側で終わりがあるのかなど知らないし、もしかしたら女神のお側などなく、舞を捧げた彼女は死んでしまうのかもしれない。

しかし私にとってそれは些細なことだった。彼女が先に旅だったなら追いかければいい。私の方が足は速いのだから。

彼女が女神のお側で、まだ来れないというのならいつまでだって待てばいい。待つのを苦とは思わないから。


私はリィナの騎士で、リィナは私の主だ。どんなに永い時も、たとえ女神の守りであろうとも、私たちの契りを切ることなどできやしない。



ほら、リィナが歩いてくる。

私の好きなゆったりとした、優しい微笑みを浮かべて。

だから私も笑い返すのだ。彼女が好きだといってくれた微笑みで。




待っていてくれたのね、バーレーン。


えぇ、リィナ。私はあなたの騎士ですから。

空の上だってご一緒しますよ。




―六道の道のちまたに待てよ君

遅れ先立つ習ひありとも―



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