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05.道しるべ

 手にした銀色の鍵は、何も手がかりのない物だった。


 ロッカーの鍵にしては古めかしいデザインで、摘み部分がクローバーのような形をしている。見た目は古く感じるのに、材質の銀に硫化は見られなかった。


 その事実から、最近作られたものだと推測できる。


 ヒントになりそうな刻印などは見当たらず、コウキは溜め息をついた。


 どこに使われる鍵で、どんな意味を持つのか。まったく見当がつかない。


 癪に触るが、素直にロビンに尋ねた方がいいかも知れないな……そう思って鍵を机に放り出せば、チャリンと金属の触れ合う音がした。


 視線の先には、先ほどの鍵とネクタイピン――砒素毒で濁った色を晒すピンを見るうちに、ふと気づいた。ネクタイピンを寄越したのはロビンで、鍵を渡したのも彼だ。


「銀……」


 ロビンは何と言った?


『秘密は危険だから、気をつけてな』


 甦った言葉を噛み砕く。危険な方法でしか秘密には近づけない。その危険が、砒素を指しているとしたら? あの男と俺の接点は、先日の『毒殺未遂』くらいだ。


 砒素を手がかりに、秘密へ近づける可能性があった。


 慌てて立ち上がると、客員教授の籍を置く大学へ向かう。


 硫化して黒ずんだネクタイピンと、ぴかぴかに光を反射する鍵を握ったまま、化学準備室から研究用に保管している砒素の粉末を引っ張り出した。


 スプーンに掬った粉末を水に溶かし、その中へ鍵を沈める。


 正しい方法か分からないが、連続殺人犯である彼が渡したネクタイピンは砒素が混入した液体に浸された。同じ条件を再現するのが近道のような気がする。


 見る間に黒ずんでいく鍵の表面に、模様が浮かび上がった。だんだんと色濃くなる模様を見つめ、完全に読み取れる状態になった銀を取り出す。


 ピンセットに摘まれた鍵は、元の美しい姿が嘘のように濁っていた。


「……読みづらいな」


 文字が浮き出ているのだが、飾り文字のようで判別がしづらい。その上、ひどく小さな文字だった。見回した先で顕微鏡を見つけ、10倍のルーペをセットして解読を始める。


『アルスヤラルユル』


 意味不明な単語を脳裏に焼きつけ、コウキはさらに鍵を調べるが何も見つからなかった。


「アルスヤラルユル――確か、天使の名だったか?」


 宗教に興味がないコウキだが、さすがに一般教養としての知識はあった。すぐに創世記を思い浮かべたのは、ロビンとの会話が原因だ。


 彼はカインとアベルの話をした。それは創世記4章に記された、キリスト教やユダヤ教の教えのひとつ。


 器具を片付けたコウキは、部屋の管理者に礼を言うと早々に図書館へ移動した。


 宗教関係の書物は豊富で、本棚に大量にストックされている。その中から創世記に関する書物を3冊ほど手に取って、記憶した天使の名を探し始めた。


 アルスヤラルユル、別名ウリエル。智天使ケルビムであり、また熾天使(セラフィムであったとも言われる。神の炎を司る大天使であり、四大天使の1人と称されることもあった。


『アルスヤラルユルはゴフェルを授けた。オリーブの葉に寄り添う鳩が虹をくぐる』聖書の一文だ。


 各書物の大まかな表記を読み流したコウキは、ゴフェルを調べる。だが、ノアの方舟を作った木だという以上の情報は得られなかった。


 それがどのような木で、現在は何という木であるのか。どんなに本を調べても出ていないことに、ひどく落胆する。


 残るキーワードは、オリーブの葉に寄り添う鳩と虹――両方ともノアの方舟に関するものだ。


 沈んだ地上から水が引いたか確認する為に鳩を放ち、鳩は3回目にしてオリーブの葉を持ち帰った。そして虹は大洪水を起こさないという契約の証………。


 そこまで考えて、コウキは何かを見落としている自分に気づいた。取り出した手帳に、鍵から読み取った単語と聖書の文章を記し、その下に調べた内容を並べる。


 隣に鍵を置いて見つめるが、どうしてもわからなかった。


 ちょうど学生達が増え始める時間ということもあり、図書館がざわめき始める。人の気配を煩わしく感じたコウキは、諦めて本を戻すと岐路に着いた。





 自宅の前で、コウキは目を見開く。


 蒼い瞳に映ったのは、大きな花束だった。玄関脇に立てかけるように置かれた花束は、白百合。両手で抱えるのがやっとの花束を覗き込めば、隠すようにして1枚のカードが入っていた。



『親愛なる管理人へ

 鍵の形と意味を忘れないで   D』



 彼は監視されている筈だ。花束を贈る手段も、時間も与えられるわけがないのに……。それでも、間違いなく彼の直筆によるカードだと思った。


 ロビンの字を見たことはない。EとLが右上がりの癖が目立つ文字は、鍵に刻まれていた文字に似ている。


 部屋の中に入り、花束をソファに放り出した。胸ポケットから取り出した鍵を、再び机の上に置いて見つめる。鍵の形は三つ葉に酷似している。


 鍵は『財産の管理人』の象徴だった。鍵により結界を生成したり解除したりするので、簡単な魔除けに使ったという話を聞いたことがある。


 振り返った先で揺れる百合は白い。聖母マリアを象徴する花から、キリスト教に繋がるヒントだと思われた。


 ロビンがコウキを気に入っているという言葉は、本心かも知れない。


 クローバーは、ガラス瓶の緩衝材として使われたことから『ツメクサ』と呼ばれていた。持ち上げた花束から落ちた小さな花は、シロツメクサ――すべてが繋がっていく。


 導かれるままに、コウキは複数のキーワードが示す秘密へ近づこうとしていた。

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