04.幸せの証
昨夜は暗かった――それは言葉遊びのように聞こえる。しかし、きちんと意味は持たせられていた。
一瞬で悟れたのは、それだけコウキの能力が高い証拠だろう。
夜空は「昨夜も」暗かったのではなく、「昨夜は」暗かったのだ。
事件が起きる日付に規則性は見つからない。満月の夜を選んでいる訳ではなく、逆を言えば新月を選んでいる節もなかった。
だが昨夜は新月……薄暗く周囲が見づらい夜に行われた犯行の意味を知るのに、ロビンの言葉は一言一句聞き漏らす訳にいかない。
他の犯行日を調べると2回は曇りだが、残りは月が出ていた。三日月であったり満月であったり、そこに一定の明るさは確保されているものの、新月は一度もない。
今回が初めてだった。
「……明るさと指輪」
与えられたヒントを手がかりに、己の左手の指を見つめる。彼が触れたのは薬指で、通常この指に嵌めるのはエンゲージかマリッジのどちらか。
両方とも幸せの象徴とも言えるリングだろう。
一瞬脳裏を過ぎったのは、両親が大切にしていた結婚指輪だった。遺品として海沿いの別宅に保管している指輪は、コウキにとって幸せだった頃の思い出を甦らせるアイテムなのだ。
奪われた左手の持ち主にも、幸せな記憶があった筈。取り戻す為に何が出来るか……取り戻す?
考えた自分の一言が妙に引っ掛かった。
13人中4人だけ首の向きが違い、全員が左手を奪われた。
ならば、彼らの違いは何だ?
ロビンが指輪を指摘するなら……。
慌てて電話を手にすると、捜査本部へかける。ほどなくして応対した捜査員に手身近に用件を伝え、コウキは自らも調べる為に資料を部屋中に並べ始めた。
ある程度の確信は得られた。
それが正しい答えか、間違った誘導の結果か。コウキは資料を前に唇を噛み締める。
捜査員に調べさせたのは、左手の薬指に嵌っていた指輪の種類と形状だった。案の定、彼と彼女らが嵌めていた指輪は婚約指輪で、首の向きが違う4人だけは結婚指輪――これは何を意味している?
取り戻す……閃くように脳裏を単語が過ぎった。
なぜ引っ掛かるのか。自分の中に残るロビンの言葉を探り、再会してからの言葉を反芻した。
『おまえは覚えているか? 可愛そうなベス。哀れな子羊を見捨てた神の与えた、むごい試練――』
あれはどういう意味だろう。
『彼女は純粋だった。純粋だからこそ、僅かな傷も穢れも赦せなくて壊れてしまう……ならば純粋こそが罪だ』
耳から離れない言葉が繰り返され、コウキは額を押さえて溜め息を吐いた。
「……あいつは俺に何をさせたいんだ……」
零れた本音を恥じるように、きつく唇を引き結んだ。




