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第四話 集う側室候補達

白い壁で覆われた王宮は通称白亜の城と呼ばれている。外壁は白一色で彩られ、光を受けて輝く様子から人々の間では光の宮殿とも呼ばれていた。そしてその宮殿の内壁には名のある画家が数十年かかって描いたといわれる壁画がある。特にその壁画が美しいと評判なのは千人を収容できる舞踏会場の天井や壁だろう。昼に見る壁画も美しいのだが、夜の淡いランプの光で輝きだす壁画はそれはそれは美しいのだという。だから国民はいつか王宮の舞踏会場に足を踏み入れる事を夢見るのだ。もちろんこの会場に入ることの出来る人間は限られている。一生見ることは無いのかもしれないが、だからこそ人々は憧れるのだ。

今宵はその素晴らしい壁画は夜会の施しをされ、その優美さを際立たせていた。その素晴らしさは言葉に出来ないほどである。だが今宵だけはここに集った人々はその優美な壁画に目もくれず、自分の娘のライバルになる娘の品定めに躍起になっているようだ。

今日は側室候補達が後宮入りする日である。

次々と令嬢達が舞踏会場に入って来る。その付き添いに親族を何名か連れて……。

「さあ、ここの扉を通ったら周りは敵だらけだ。心しなさい」

何時に無く緊張した面持ちのヨハネスの声を聞き、ソフィアは気合を入れ直す。ダッカルゼ伯爵家の侍女たちがしてくれたお化粧やドレスは完璧だ。誰にも見劣りしないという自信がソフィアにはある。

そしてソフィアはヨハネスと共に舞踏会場の扉をくぐる。ここからが戦場だ。

「ダッカルゼ伯爵ならびにそのご令嬢、ソフィア様!」

扉の前に控えた役人がソフィア達の入場を告げる。その途端、すでに会場入りした令嬢やその親族達の殺気だった視線が集中する。それはまるで視線だけで人を殺せそうなほど血走った目である。あまりにすごい視線にソフィアは一瞬眉をしかめるが、いつでも余裕な笑顔が武器になることを知っているソフィアはすぐに表情を戻し微笑んだ。その姿にため息を漏らす者も多かったが、それよりも自分の娘が負けたと視線を下げる姿の方が多かった。それを見てソフィアは密かにほくそ笑む。

 すでに会場には大勢の人が集まっており、知り合いを見つけては挨拶まわりをする人が多くいた。ヨハネスはこれでも社交界に顔がきく。だからヨハネスの顔を見た友人や知人達が次々と挨拶にやってくる。

「おーい、ヨハネス! お前のところも側室候補を出すのか?」

先に会場に入っていた一人の男がヨハネスに話しかけてくる。

「グレゴリオか。ああ、行方不明だった娘が戻ったんだ」

「そりゃあ本当か? あの行方不明になったソフィリアちゃんが戻ったのか?」

 グレゴリオの話から行方不明になった本当の伯爵令嬢の名前がソフィリアと言う名であることをソフィアは初めて知る。とても名前が似ていることにソフィアは興味を示す。

『産着にソフィ、アって刺繍されていたから名前をソフィアにしたんだよ。本当の名前はソフィ何とかだと思うがまあ問題は無いだろう』

 そう養い親から聞いていたソフィアは意外な共通点にとても驚いている。

 もしかしたら私は本当の伯爵令嬢なのか? だがやはり生まれてすぐ拾われた自分と幼い頃行方不明になった本当の伯爵令嬢とはどう考えても別人としか思えない。

「ああ、ようやく戻ってきたんだよ。ところでグレゴリオのところも側室候補を出すのか?」

「いや、私のところではなく姉のところの娘が出ることになってな。その付き添いだ」

「そりゃ、大変なことだな」

「ああ、大変だ。ライバルとの貶め合いを支援させられるのだからな。もううんざりだ」

「どんなライバルがいるのだい?」

「そうだな、いろんなところから来ているぞ。さっき来た令嬢はなかなかの美女だ」

「そうか、お前がそう思ったのなら本当に美女なのだろうな。うちの娘じゃ敵わないかな? ソフィア」

ヨハネスは隣に居たソフィアをグレゴリオに紹介する。グレゴリオはヨハネスと会ってすぐにソフィアの存在に気づいていた。

「こちらはグレゴリオ・アルファーノだ。私の古い友人でね。グレゴリオ、これが戻ってきた娘のソフィアだ。どうだい美人に育っただろう?」

ヨハネスは自慢そうにソフィアをグレゴリオに紹介する。

「お初にお目にかかります。ソフィア・ダッカルゼです。お目にかかれて光栄ですわ」

優雅に礼をし微笑んだソフィアの姿を見て、グレゴリオは開いた口が塞がらない。

「グレゴリオ、口が開きっぱなしだぞ?」

ソフィアを見て驚いた友人を見て、ヨハネスは予想通りのグレゴリオの反応にとても満足の様子だ。

「こんな、こんな美人見たこと無いぞ。特にその瞳、ぞくっとするね。本当にヨハネスの娘なのかい? お前の血が入っているとは思えないぞ」

「それはどういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。でもこの顔どこかで見覚えがあるんだが……?」

 グレゴリオは記憶の中からソフィアに似ている人物を思い出そうとする。しかしなかなか出てこない。

「新手のナンパか? ソフィアはやらんぞ」

 ヨハネスはおどけたような口調でグレゴリオがそれを思い出そうとするのを邪魔する。

「お前なあ、さすがに娘ほど離れた子を口説くほど女に不自由はしてないぞ」

 グレゴリオはそう言うとソフィアに視線を戻す。

「はじめまして、グレゴリオです。なんていうか、すごく綺麗だ」

 それしか言う言葉が見つからず、グレゴリオは使い古された口説き文句を言ってしまう。

「いくら口説いてもソフィアはやらんぞ」

 ヨハネスがきっぱりと言う。一方ソフィアはそんなことを言われるとは思って居なかったようで少し驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」

 ソフィアはグレゴリオに魅力的な笑顔でお礼を言う。

 グレゴリオといえば、不意に微笑んだソフィアのその顔を思わずじっと見つめてしまう。そしてグレゴリオとソフィアの視線が絡まる。

「美しい。あなたほど美しい方はいない……」

 グレゴリオはまるで熱にでもうなされているように低い声でぶつぶつと言い始めた。それに気づいたソフィアは自分の瞳にグレゴリオが囚われてしまったことに気づく。だからソフィアは慌てて目線をそらす。だがグレゴリオの意識が戻るのに少し時間がかかってしまった。

「大丈夫か? グレゴリオ。様子がおかしいぞ?」

 ヨハネスもグレゴリオの様子がおかしいことに気づいたようだ。だがそれも少しの間だけだったから、ヨハネスに不審に思われることはない。

「なんか頭がくらくらする・・・」

 グレゴリオは頭を軽く振って意識を覚醒させる。

「おいおい、人に酔ったのか? ずいぶん軟弱になったじゃないか。あの遊び人だった昔とは大違いだな」

 ヨハネスはそう言ってグレゴリオをおちょくる。

「失礼な奴だな。ちょっと立ちくらみがしただけだ。それに俺の魅力はどんな女性にも有効だ。遊び人なのは今も変わらん」

 グレゴリオは今のをただの立ちくらみだと思い込んだようだ。それに安堵していたのは何もソフィアだけではない。

「そういえば、今回の側室候補にラッケンシン公爵嬢も入っていることは知っているか?」

 グレゴリオが今思い出したとばかりに言う。

「クリステル嬢が? よく本人が許したな。確か彼女はラッケンシン公爵家を継ぐのだと豪語していなかったか?」

 ヨハネスの言葉は誰もが思う疑問である。

 クリステル・ラッケンシン。名門貴族ラッケンシン公爵の長女で金色の髪と意志の強そうな青色の瞳を持った美人である。彼女は頭も良く父親の公爵の仕事を手伝っていることは貴族の間でも有名な話だ。そんな彼女は公爵家を継ぐのだと豪語し、結婚をしようとしない。そして現国王の従兄妹であり幼馴染でもある。年は国王と同じ年の二十八歳。すでに適齢期は過ぎ、結婚の相手もいない。だから彼女は一生独身で過ごすのだろうと思われている。

「ああ、そうだ。彼女が公爵家を継ぐことは父親も了承しているはずだ。それなのに側室候補としてここにいるということは何か裏があるかも知れないぞ」

「裏? 何があるっていうのだ?」

「確証があるわけではないが、クリステル嬢が側室選定の審査官かもしれない」

「おいおい、本当か? 誰かのガセネタじゃないのか?」

「まあその可能性も否定できないな。だが結構な人がそうだと思っている。気をつけたほうが良さそうなのは確かだ。それにもし違うのならクリステル嬢以上の強敵はいないぞ。何せ国王陛下の従兄妹で幼馴染だ。見知った仲っていうのは重要だろう。まあお前のところもかなりの強敵だと思うがな……」

「おや、うちのソフィアは有力かい?」

「そりゃあ、こんな美人はなかなかお目にかかれないだろう? この会場に入った時から周りの視線が集中しているのに気づいていないのか?」

 グレゴリオは呆れた顔でヨハネスに言う。

「そういえば、そんな気もしなくも無いが……」

 ヨハネスは改めて周りに気を配る。確かにいくつか視線を感じた。それも目線で殺せそうなほど強烈なものだ。

「お前がそういう奴だって事を忘れていたよ」

ヨハネスが人の視線というものに無頓着であることを思い出し、グレゴリオは大きなため息をつく。

「それに比べてうちの子はライバルにもならないだろうな」

「そうか? 確かグレゴリオの姉はベッラ伯爵のところに嫁いだのだろう? そうするとそのご令嬢はカーラ嬢か。聡明で可憐なご令嬢だと聞いているが……」

「ああ、聡明だね。自分が側室には向いていないと分かっている。ただ母親の希望を叶えてあげるために今回の側室に立候補したそうだよ」

「向いていないのかい?」

「そうだな、優しすぎるんだよ。あんな精神じゃ後宮に身を置いたら、まいってしまうだろうな。心配だ」

グレゴリオは本当に姪を心配しているように眉間にしわを寄せて難しそうに考えだす。

 後宮が女の醜い争いの場であることは誰もが知っていることだろう。それに挑む勇気が無いのなら初めから断わればいいのだ。たとえ親族が押し切ろうとも本人にその意思がないのなら初めから側室になることは難しいのだから。

「じゃあうちのソフィアに支えになってくれるように言って置くよ。ソフィア、やってくれるかい?」

ヨハネスの提案にソフィアははじめ断わろうかと思った。だが側室候補としてきたソフィアは自分の良いイメージを壊すことは出来ない。

「かしこまりました。ですが、私にも目が届かないことがあるかもしれません。あまり過度な期待をされると困ってしまいますが……」

 ソフィアは少し困ったような顔をする。カーラ嬢をとても気遣っている様子だ。

「いや、あなたのような方が側にいてくれるだけで心強いですよ。ありがとう」

「いえ、私にも友人が出来るのですから光栄なことですわ」

そしてにっこりと微笑む。その笑顔を見てグレゴリオは優しいソフィアをいたく気に入ったようだ。

 続々とやってくる令嬢とその親族達の熱気に会場は包まれつつある。そして今、側室候補達は勢ぞろいする。

誰が側室になるのか、何人が側室になれるのか、未だそれを知る者は誰もこの場にいない。


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