表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第二話 完成された礼儀作法

「はい、そこまで!」

静かな室内に女性の声が響く。それと同時にその女性の前をピンヒールのパンプスで歩いていた少女が歩みを止めた。

「ソフィア様、もう私が教えることは無いですわ。歩き方も話し方もダンスも完璧です。あなたならきっと立派な側室になることでしょう」

ソフィアと呼ばれた少女はその言葉を聞き優雅に微笑んだ。その笑顔にはまるで大輪の花が開く時の華やかさがある。

「サイリア先生のおかげです」

「いいえ、私が教える前からソフィア様の礼儀作法は完璧でした。私がした事はそれをさらに魅力的に見せる方法を教えることだけです。私が今まで教えてきた生徒の中でソフィア様が一番素晴らしい。どこの先生に学ばれたのですか?」

 サイリアは本当に不思議で仕方がなかった。確かにダッカルゼ伯爵家は、かつて側室を輩出したこともある有力貴族の一員である。だがそれはかなり昔の話だ。今ではお世辞にも有力貴族と言えず、さらに領地は王都から離れた土地しか持っていない。そして娘は王都に住まず領地で育てたと聞いた。そんな辺鄙な領地に満足のいく礼儀作法の教師などを招くことなど出来たのだろうか?

娘を側室候補として出すと決まり、ダッカルゼ伯爵は慌てて娘を上京させたのだろう。そのせいでソフィアの服などは王都で買い揃えたらしく真新しい。辺鄙な領地で育った娘はろくな礼儀作法など出来ない田舎娘だろうと高をくくっていたサイリアはどうやって礼儀作法を教えようかと頭を悩ませていた。それなのに待っていたのはすでに教えることもない優等生である。誰があの辺鄙な領地で礼儀作法を教えたのだろうか? サイリアはとても興味を覚えた。母親が教えたのだろうか? だがダッカルゼ伯爵夫人はずいぶん前に亡くなったと聞いている。では一体誰がソフィアに礼儀作法を教えたのだろうか?

「礼儀作法は本を読んで学びました」

「本で……ですか?」

 サイリアはその言葉が信じられなかった。礼儀作法は本を読んだだけでは身につかないことは今まで教えてきた生徒達で実証済みだ。今までの生徒達は本を読んでも理解できず、実践をすることでようやく覚えることができたのだ。ソフィアの礼儀作法は少し荒削りの部分はあるが、しっかりとした礼儀作法の教師の下で学んだとしか思えないくらい素晴らしいものである。

「さすがに本では礼儀作法は身につくはずはありません。どんな教師に学ばれたのですか?」

 サイリアは納得できない様子でソフィアの教師を聞き出そうとする。しかしソフィアは全く教師の話をしようとはしない。なぜ隠すのか、それが不思議で仕方がなかった。

 コンコン

ノック音の後、扉が開く。そこから現れたのはここの主であるダッカルゼ伯爵である。

「サイリアさん、もう授業は終わりましたか?」

「ええ、今終わったところです。もう私が教えることなどないですわ。さすがダッカルゼ伯爵家のご令嬢です」

すっかりソフィアを気に入ったサイリアの口からは、ソフィアに対する褒め言葉しか出てこない。

ダッカルゼ伯爵はそれを満足そうに頷くと、重そうな袋をサイリアにさしだす。

「これは心ばかりのお礼だ。受け取ってくれ」

「もう報酬はいただきましたわ。それにソフィア様に教えたことは簡単なことばかりで報酬を受け取るのも申しわけないと思っていますのにこれ以上はいただけません」

 サイリアはそのお金をなかなか受け取ろうとしない。

「サイリア先生。ではこう考えてはいかがですか? このお金は孤児院への寄付なのだと……」

 ソフィアの言葉にサイリアは驚きを隠せなった。

「……ご存知なのですか?」

 サイリアは一応貴族であるが爵位は一番最下位の男爵家であり、生活のために領地を売ってしまったため資産も無い没落貴族の家に生まれた。両親は共働きをして家庭を支えていたが、それでも裕福な暮らしは送れなかった。サイリアは両親が仕事に行っている間、近所の孤児院に身を寄せて暮らしていた。

そんな暮らしを送っているサイリアだったが、両親は貴族の誇りを忘れようとはせず、サイリアに立派な礼儀作法の教師を呼んでくれた。サイリアは両親の期待を裏切らないように死に物狂いで礼儀作法を学ぶ。そのおかげで貴族の令嬢達に礼儀作法を教える教師の職業を手に入れることが出来た。

だが没落貴族であるサイリアをほとんどの貴族の令嬢は蔑む。それに何度もくじけそうになるサイリアだったが、それでもサイリアは教師を辞めるわけにはいかなかった。それは幼い頃お世話になった孤児院の運営資金をサイリアが稼いでいるからだ。もしサイリアが教師を辞めてしまえば孤児院の子供達は飢えてしまう。だからサイリアは教師を辞めるわけにはいかなかった。

今までの令嬢達はそのことを知ればかわいそうだと哀れみ、お金を差し出した。その度にサイリアは言いようの無い悔しさを何度も感じた。たとえ没落貴族だとしても貴族としての誇りは持っているからだ。だからソフィアからお金を貰うことはきっとまた屈辱感を味わうと思った。だがそんな気持ちにならない。なぜだろうと不思議に思う。だが答えは自ずと見えてくる。ソフィアは全くサイリアを蔑むような目で見ないのだ。

「サイリア先生は立派ですわ。でもそんなに片意地を張らず誰かに助けを求めることも必要だと思います。これはサイリア先生を少しリラックスさせるためのお金。どうかお持ちください」

 初めは断わろうとした。だがソフィアの瞳を見ていると貰わなければいけない気がしてくるから不思議だ。サイリアはありがたくそのお金を貰いダッカルゼ伯爵邸を後にする。

 サイリアは思う。あんなにすばらしい令嬢ならきっと国王陛下の側室になることが出来るだろう。そしてあの試験も突破することができるだろうとも……。


「ソフィア、もう準備万端かい?」

サイリアの出て行った扉が閉まるのを確認して、ダッカルゼ伯爵であるヨハネスはソフィアに話しかける。

「ええ、授業は無事終了しました。サイリア先生の教え方が上手だったのですね。だからこんなに短期間で礼儀作法を覚えることができました」

「それは基礎が出来ているからだろう? サイリアも驚いていたよ。『こんなに優雅に身のこなしができる令嬢がいるのですね』と……」

 そしてヨハネスは何かを考えるように黙り込んだ。

 その沈黙に耐えられなかったソフィアは前から思っていたことを聞いてみる。

「過去を聞かないのですね」

 ソフィアが今までどんな生活を送ってきたか気になっているはずなのにヨハネスは全くそのことを聞こうとはしない。

「聞いてほしいのか?」

 反対に問いかけられてソフィアは言葉に詰まる。自分の過去を語るにはまだあの時の傷は癒えてない。だから聞いてほしくはないのだ。

「無理には聞かないよ。言いたくなったら言ってくれさえすればいい」

 いつ聞かれるか怯えていたソフィアにとってそれは嬉しい申し出である。だがそれでいいのだろうか? もしソフィアが犯罪者だったら困ることにならないだろうか? そうヨハネスに聞いたらにやりと笑われた。

「私は人を見る目があるつもりだよ。君はそんなことに手を染める人間じゃないし、もし本当に犯罪者だったら、それをもみ消すぐらい簡単なことだよ」

 そう言ったヨハネスの顔はとても楽しそうだった。

(何がそんなに楽しいのだろう?)

 素直にヨハネスに聞いてみると、ヨハネスは優しそうな笑顔を見せてくれる。

「娘とこんな風に話してみたかったんだよ」

 それは娘を優しく見守る父親のような顔。だからだろうか、ソフィアはその時からヨハネスをお父様と呼ぶようになる。


感想など下さい!

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ