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第一話 行方不明の伯爵令嬢

ソフィアが目覚めて初めて見たのはあの薄暗い部屋ではなく光を受けて白く輝く天井である。

「え? ここどこ?」

 ゆっくりと起き上がったベッドはソフィアが三人は優に寝られるほど大きなもの。そしてこのマットの柔らかさは、今まで体験したことの無いほど心地良い。思わず頬擦りしたくなる。

「こんなことしている場合じゃないよ。ここどこよ?」

 改めてこの部屋を見てみる。ベッド同様に大きな部屋には見事な細工の家具が置かれている。それ一つの値段で何年かは生きていけそうだ。

 ソフィアはゆっくりとベッドから降りる。足をくすぐるような毛足の長い絨毯は足を優しく包む。

この部屋にある扉は二つ。簡素な、と言っても十分豪華な細工の扉だが、その扉を開いてみる。そこは浴室のようだ。大きな湯船にはまだ湯はなかったが、それがとても贅沢なものであることは変わり無い。

「どこの豪邸?」

 ソフィアの思わず漏れた言葉に答えたのはもう一つの扉から入ってきた年配の女性だった。

「誰?」

 その女性をよくみて見る。紺色の服を着て、白いエプロンをかけている姿から、裕福な家に仕える侍女であることが推測できる。

「今日からお嬢様の専属侍女となりました、メリスでございます。よろしくお願いします」

「専属侍女?」

「ええ、これからは用事がありましたら私を呼んでくださいませ。まずはお洋服に着替えましょう。何時までも夜着のままでは外にも出られませんからね」

メリスはそう言うと部屋にあったクローゼットから一つ服を取り出す。

「本当はこんな既製服ではなく、オーダーメイドの服をご用意しなければならないのですが、何分急なことでしたのでこれだけしかご用意できませんでした。申し訳ありません。すぐに仕立屋を呼びますのでそれまではご容赦してくださいませ」

 メリスはそう言うなりソフィアの服を脱がせ始める。

「ちょっと、何するの!」

「着替えの手伝いをさせて頂くのですが」

「そんなのは必要ないです。自分で着替えます!」

 ソフィアは顔を真っ赤にして、着替えのドレスを奪い、メリスの手の届かない場所まで移動する。

「でもそのドレスの背中のボタンはご自分でかけることは難しいかと思いますが」

 確かにメリスの言う通り着替えようとしたドレスはどう見ても着るのに人の手伝いが必要そうである。そしてそのドレスはとても豪奢な作りだ。

「もっと簡単に着られて派手じゃない服は無いの?」

「そうですね。ではこれなんかいかがですか?」

 メリスが次に持ってきたドレスは、とても肌触りの良い上質の布が使われたドレスである。先ほどよりもシンプルではあるが、どう見ても先ほどのドレスよりも高そうだ。

「もっと安そうなドレスは無いの?」

「安いドレスですか? お嬢様にそんなみすぼらしい格好などさせられません!」

 メリスの毅然とした態度にソフィアはしぶしぶながらシンプルなドレスで妥協する。袖を通すと心地よい生地がソフィアの肌を優しく包んだ。

「これは絹?」

「はい、そうですよ。これは最高級の絹を使用したドレスなのです。光沢も素晴らしいでしょう?」

 絹と言うだけで高いと言うのに最高級の絹を使ったドレスは一体どれだけの価値があるのか? そのことを考えたらソフィアは緊張せずにはいられない。

 ドレスを着たソフィアをメリスは鏡台の前に座らせ髪を整え始める。とてもいい香りの香油を髪に塗りこみ、艶のなかったソフィアの髪を艶やかに変える。

「お嬢様はとても美しくていらっしゃるから、どんなドレスも髪型もお似合いですね」

 メリスはソフィアの髪を結い終わると、自分の仕事を満足そうに見つめる。

「朝食は旦那様とご一緒にお召し上がりになるそうですよ」

 メリスは何気ない会話をし始める。そしてソフィアはようやくこの屋敷につれてこられた理由を聞く機会に恵まれた。

「ここは誰の屋敷なの?」

「ここはダッカルゼ伯爵様のお屋敷ですわ」

「この土地の領主様の? どうして私はこの屋敷にいるの?」

 それが一番ソフィアにとって疑問に思っていることだ。

「実はお嬢様は旦那様の幼い時行方不明になったお嬢様なのです」

 そんな眉唾物の話など、世間を良く知っているソフィアには信じることなどできない。

「なにかの間違いでは?」

「いいえ! お嬢様は間違いなく行方不明になっていたお嬢様に間違いありません」

「……どうしてそう思うの?」

「なぜならお嬢様は亡き奥様にそっくりなのです。奥様も栗色の髪の大変美しい方でした。その髪の色も容姿も奥様と同じもの。このメリスが間違えるはずはありません!」

 メリスはいかに奥方とソフィアが似ているかを熱弁する。その話を聞いていると本当に自分がそのお嬢様のような気がしてくるから不思議だ。だがソフィアはそれが自分ではないと分かっている。

「まあ、もう朝食のお時間を過ぎていますわ。詳しい話は旦那様からお聞きくださいませ。ではお嬢様すぐに参りましょう。食堂までご案内します」

 メリスはそう言うとソフィアの前を歩いて誘導する。それを追いかけるようにソフィアも歩き始める。真相を知るために……。


 ソフィアははじめて伯爵を見て、ずいぶん若いと感じた。だがもう四十歳だと聞いて「もっと若いと思った」と言ったら大きな声で笑われる。とても優しそうに笑う魅力的な男性である。

「急に連れて来られて驚いただろう?」

「ええ、でも危ないところを助けてくれたのでしょう? そのことについてはお礼を言います」

昨日は逃げる最中に意識を手放してしまった。もしあのままだったら身包みはがされて殺されても文句も言えない状況である。

「私と一緒にいた男はやはり死んでいましたか?」

 ソフィアは自分に逆らって自害した男の生死が気になり思い切って聞いてみたのだが、伯爵はそんなことなど知らないとばかりの顔だ。知らないのならこれ以上聞いても仕方が無い。それにソフィアは正直あの男のことなどもう思い出したくもない。

「詳しいことはメリスから聞いたかい?」

「いえ、詳しいことは伯爵様からお聞きするようにとのことでした」

「伯爵様? ずいぶん他人行儀だね。私の名はヨハネスだよ。でも名前を呼んでくれるより『お父様』と呼んでくれる方が嬉しいね」

 伯爵はにやりと口を緩める。その言葉を聞いてソフィアは聞かなければならないことを思い出す。

「私が行方不明だった伯爵令嬢だと言う証拠はあるのですか?」

「ああ、そのことかい。証拠はソフィアの容姿だね」

「容姿ですか? 他人の空似という可能性がありますよね?」

「まあ、確かにあるね。だが妻と同じ容姿を持った女性はそんなにいないと思うよ。妻はとても美しかったからね。彼女と同じ容姿をもつ女性はなかなかいないよ」

「ですが、容姿だけで娘だと思うのは危険なことではないのですか?」

 ソフィアが不安そうに言うと、ヨハネスはひとつため息をついてこう話し始めた。

「実は君が本物か偽物かは問題ではないのだ」

 そう言った伯爵の顔は本当に困っているようである。

「……それはどういうことですか?」

 幼い頃行方不明になった伯爵令嬢が、ソフィアだからという理由だけで、連れてこられたわけでは無いらしい。そのことを聞いてソフィアの心に警戒心がわく。

「実は一月後、我が国の国王に側室候補を差し出さなければならなくなってな。その女性を探していたのだ。我が家は昔側室を輩出したこともある由緒正しき家だから、今回の側室にも期待されている。だが私の親族の中には側室になれるほどの器量の娘はいないのだ。だから君に白羽の矢が当たったわけだ。亡き妻に生き写しの君の容姿はとても美しい。それは側室になることができるほどに……。貴族の娘ならもうお金に苦労することも無いよ。どうだい、我が娘になってみないかい?」

 確かにソフィアは金に困っている。それは日々を生きるだけにも困るほどだ。これ以上働き口が見つからなかったら体を売ることも考慮している。だから結婚することに抵抗は無い。

だがもし側室になることができなかったら、その先はどうなるのだろう?

「もし側室になれなくても、君の面倒は見るよ。この伯爵家を君にやろう」

 ヨハネスは晴れやかな笑顔でそう言う。

「なぜそんなに私の面倒をみてくれるのですか? もしかすると私はヨハネス様の本当の娘では無いかもしれませんよ?」

「確かに君は私の娘では無いかもしれない。でも本当の娘かもしれない。私は君がどちらでも構わないと思っている。君は亡き妻に良く似ているから、それで十分だ」

 そう言った伯爵の顔はとても悔しそうでそして悲しそうだった。

「私が本当の娘じゃなくても構わないのですね?」

「ああ、でもその可能性は低いと思うよ」

 だがその可能性は全く無いわけではないし、やはり話を聞いていると行方不明になった伯爵令嬢はソフィアでは無いと思う。だからソフィアはヨハネスに念を押す。

「もし本当の伯爵令嬢が見つかっても私の生活を保障してくださいますか? それが伯爵令嬢として側室に立候補する条件です」

 その言葉を聞いてヨハネスはにやりと笑う。

「よかろう。君が側室になれなくても君の面倒は一生見よう」

 ヨハネスの力強い言葉を聞いてソフィアの心は決まる。

(私は側室になる!)

 それがソフィアの未来を決定付けた出来事だった。


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