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序話 瞳の力

この物語は筆者の運営するHP「とうひのかけら」に掲載した「運命の瞳」のリメイク版です。

「どうしよう……殺しちゃった……」

少女は血まみれになった手を震えながら見つめていた。

どうしてこうなったのか?

こんなことを少女は望んでいない。

きっとこれは夢なのだ。

そう思い込むことで少女は現実から逃避しようとしていた。

だがそんなことが許されるわけがなかった……。



 長い冬が終わり町に雪がなくなった頃、ダッカルゼ伯爵領の町は人であふれかえっていた。だがまだ寒い季節であることは変わらないので、時折寒そうに首をすくめる人も少なくない。その中を寒そうに震える薄着で歩く少女がいた。

「お腹空いたよ……」

 少女のお腹が悲鳴をあげる。それに気付き少女は眉をしかめた。だがそんなことでお腹の機嫌が直るわけもなく、少女はただ浮浪者のように彷徨うしかない。

「誰か親切な人がおごってくれないかな?」

 人々は物欲しそうに見つめる少女の存在など気にせず、その横を足早に歩いて行く。

「はあ、お腹が空いた……」

 少女はため息をつくと再びお腹に手を当てる。この前食べたのは固いパン一つだけ。通りすがりの人にようやく貰った固いパンは、空腹だった少女のお腹を完全に満足させるものではなかったが、飢えていた少女にとってどんなご馳走よりもおいしい食事だった。

「誰かまた固いパンでもいいからくれないかな?」

 少女は大きなパンを抱えた女性を見つけ、その人にパンを少し譲ってもらおうと近づいて行く。だがその途中、急ぐ男に足を引っ掛けられ少女は無様に転んでしまう。するとパンを抱えた女性は、その少女を鬱陶しいものでも見るかのよう一瞥すると、倒れた少女を避けてそのまま去って行く。

「ま、待って……私のパン……」

 少女はパンを追いかけようと手を伸ばす。だが倒れてしまった少女はその体を起こすことさえ出来ないほど衰弱していた。

(このまま飢え死にするのかな?)

 薄れてゆく意識の中で少女は自分の最後を感じていた。


 あまりにお腹が空いて少女は目を覚ました。すると景色が倒れた時と違っていることに気づく。誰か親切な人が家にでもつれて帰ってくれたのか? そう少女は考えるが、少女が居たのは薄暗い部屋の床。決してベッドの上ではない。

「ここはどこ?」

 かすれる声は闇へと吸い込まれていき、静寂だけがこの部屋を支配する。

 その静寂さが、少女の心に何かが襲ってくるような不安感を抱かせる。

「出して!」

 少女は光の漏れる扉を叩きながら何度も何度も叫んだ。乾く口から声が出なくなるほど叫んだ少女は疲れて床に座り込む。

(誰か助けて……。お腹空いた)

 しばらくすると、暗闇の中で座り込んでいる少女の目の前が明るくなる。そしてそこから大柄な人相の悪い男が現れた。

「うるさいぞ、黙れ!」

 光の中から現れた男は少女に怒鳴ると、手に持っていた縄で少女を縛り始める。一応少女は抵抗を試みるが、男にはまるで虫に刺されたぐらいの抵抗しか感じない。

「ねえ、私をどうする気?」

 少女はその男に問いかける。男は人相の悪そうな顔を歪め、いやらしく笑う。

「お嬢ちゃんを欲しいという人が居るんだよ」

 男はそう言うと不躾な視線で少女を見る。薄汚い少女にそれほど価値があるとは思えない。だがよく見ると少女の顔がかなり整った顔をしていることに気づく。

「おや、よく見ると嬢ちゃん美人だな。こりゃあきっと高く売れるぞ」

 その男は少女のぼさぼさの髪を顔からのけるとその顔をじっと見つめる。

白い顔、薄紅色の唇、筋の通った鼻、栗色の長い睫毛はアーモンド型の瞳に影を落としている。そして何より少女を美しく見せたのはまるで漆黒の闇のように吸い込まれそうな潤んだ瞳である。

 美しい瞳に魅せられるように男は少女から視線をはずせない。

「ねえ、お願い助けて……」

少女の懇願する声が聞こえる。その声は男の耳には甘美な歌声のように聞こえた。

 そんなこと出来るわけ無いだろう! そう男は言おうとする。だが口が回らない。そこで男はようやく自分の異常に気づく。体の自由が利かないのだ。

「お前、なんかした……な……」

 男は必死に少女の呪縛から逃れようとする。だが体はさらに言うことがきかなくなり、ついに男は意識さえも混濁してしまう。

「なんだ? 俺は……何を?」

 男はもう自分が何をしているのかすら分からなくなっていた。自分の名も、自分の目的も、何もかもがどうでもいいことに思え始める。残る意識の中で思ったことは目の前の少女に絶対服従するのだという意思だけだった。

「まず縄を解きなさい」

 少女は男が自分の支配下にあることに気づくと、その男に命令を下す。すると目の前の男は何の抵抗もせず、少女の命令通りに行動をした。

「もうやだ、人買い? この領地は治安が良いって聞いていたのに……」

 少女は手首の痛みを紛らわすようにさすった後、その痛みをもたらした元凶である男の頬をひっぱたいた。男の叩かれた頬は赤くなり、痛そうに腫れ上がる。だが男はそれに怒ることもなくただじっと少女の命令を待っている。

 正気を無くした男。その原因を作ったのは他ならぬ少女の力。彼女の瞳には不思議な力が宿っており、目の合った者を虜にしてしまう力を持っているのだ。目の合った相手の意思を奪い、視線を絡めた相手のすべてを奪い、少女は相手を下僕のように操ることができる。この瞳にはその他の力もあるのだがそれは今必要な力ではない。実のところ少女はこの力を嫌っていたが、この状況では背に腹は変えられないとも思っていた。

「私を安全に外に出しなさい」

 少女は慣れた様子で男に再度命令をする。

少女はここがどこなのかもここに連れてこられた真相も分からない。だがここに居たら良くないことが起こることだけはなんとなく感じた。

 少女と男は連れたって部屋を出る。

 少女のいた部屋の外はいたって普通の光景だった。決して蜘蛛の巣など無い掃除の行き届いた廊下。ところどころに活けられた花は、この建物を華やかにしている。

 少女の居た部屋は二階に位置している。一階へ続く階段まではそれほど遠くない。

少女は周りに気を配りながら、下の階に続く階段を目指して歩き始める。ちょうど階段を降りる時、一階から上がってくるこれまた大柄な男が現れた。

「おい、ガス。あの女はどうだった? 起きたか?」

 少女に魅了された男の名はガスと言うらしい。

「適当にごまかしてその男をどこかに遠ざけなさい」

 ガスの陰に隠れている少女は小声でガスに命令を下す。

「あの女はまだ寝ていたぞ。それよりボスがスエルを呼んでいる。早く行かないとボスの機嫌が悪くなるぞ」

 ガスはもっともらしく話をする。この仲間の男の名はスエルというらしい。ガスの言葉を聞くなりスエルは「これ以上減給されたら生活できない!」と叫ぶと急いでその場から立ち去っていく。

「さあ、私を外に導きなさい」

 ガスは少女に言われるままこの建物の入り口まで案内する。

 外に出られた少女はあたりが暗くなっていることにようやく気づく。倒れたのが朝だったからずいぶん長い時間気を失っていたようだ。

「これからどうしよう?」

 少女には行き先も荷物も先立つものも何もない。

 少女は入り口でうなりながらこれからのことを考える。そしてまだ答えが見つからないうちにスエルに見つかってしまった。

「ガス、その女を捕まえろ!」

 スエルはガスに命令をする。だがガスは空ろな目をしながら立っているだけで、何の行動も起こさない。

 その様子を見てスエルはようやくガスの様子がおかしいことに気づく。

「おい、お前どうしたんだ?」

 スエルの問いかけにガスは全く返事もよこさない。

「私が逃げられるようにその男を足止めしなさい」

 少女はそうガスに命令するとこの場から走り出す。それを追いかけようとするスエルの前にガスは立ちふさがり、腰に下げていた剣を抜く。

「おい、ガス。正気か? 俺に剣を向けるなんて何を考えているんだ!」

 スエルは必死にガスを説得しようとする。だがガスの目には目の前にいるスエルの姿すら映っていない。ガスはスエルに向かって剣を振る。それをスエルは軽くかわしながらこの事態をどうするべきか考える。

「悪いが、減給だけは免れたいんだ」

 スエルはそう言うとガスの剣を避けながら隙をつき、ガスが剣を振りかぶった時を見計らってガスのみぞおちを蹴り飛ばす。

 ガスはあっけなく気絶し、それを確認したスエルはガスの剣を取り上げると少女の後を追いかける。


少女はとにかく必死で逃げていた。ここがどこかは分からないが、とりあえず大通りに出ようと走っている。だが辺りは暗く、狭い道は袋小路のようなところが多くて、まるで巨大迷路のように少女を苦しめる。

「大通りはどっちの方向なの!」

 少女の口から愚痴がでる。だがその言葉に答えてくれる人はここにはいない。今までずっとこの暗く狭い道を走ってきたが、その間誰とも会うことはなかった。静まり返った道は不安な少女の心をさらに不安させる。

 数十分ほど走り続けた少女は一旦息を休めるために立ち止まる。荒い息を整え、少女は周りを見回す。誰も追ってくる気配はない。

 しばらく休憩していた少女だったが、後ろから走ってくる音が聞こえると慌てて逃げ出す。だが向こうも必死だったようですぐに少女の所まで追いついてきた。

 スエルは逃げ出した少女の手を乱暴に掴む。少女は何とか逃れようと必死で抵抗を試みる。だが力の違いは歴然で抵抗むなしい。

「私が何をしたというの?」

 少女は泣き叫ぶ。だがその瞳はスエルをじっと見つめ続けている。

「あんたには罪は無いが、あんたを無傷で捕まえて来いって言う命令があるんでね。悪く思うなよ」

 スエルはそう言うと少女と目を合わせる。

 その瞬間、スエルは言いようの無い恐怖を感じた。自分が自分でなくなる感触。それはまるで足掻いても落ちていく蟻地獄のようである。

「お前なにを……した……?」

 手をつかんでいたはずの少女は、いつの間にかスエルの元から逃げ出し、その口もとを緩ませている。

「あなたの自由を奪わせてもらったわ。私、大通りに行きたいの。道順は分かる?」

 少女の問いかけにスエルは、自分の意思とは関係なく口を動かす。

「えーっと、次の角を左に曲がってその次の十字路を右に曲がって……ああ、もう覚えきれないよ」

 複雑な道順に少女は頭を抱える。

「こうなったらあなたに案内してもらうわ。私を大通りまで連れて行きなさい」

 スエルは自分の意思とは関係なく動く体を何とかして取り返そうと考える。その時手に持っていた剣が目に留まると、後先考えずにそれで左太ももを刺した。その痛みで朦朧としていた意識が戻っていく。

「ちょっと、何しているの!」

 少女は傷ついたスエルを見て慌てだす。

「これであんたの命令はきかない」

 スエルはまるで痛みを感じていないかのようにニヤリと笑う。その顔は少女のプライドを傷つけるには十分すぎる威力を持っていた。

「私の目から逃れようだなんて生意気だわ」

 少女はスエルの頭をつかみ、自分の目を見つめさせる。その途端にスエルは先ほどよりも強い恐怖を抱く。体の感覚が消えていき、考えることが出来なくなる。そして少女に絶対服従する意思だけが残った。

 その姿を見て少女は満足そうにうなずいた後、悲しそうな顔をした。

「やっぱりこの瞳に打ち勝つ人なんて居ないのね」

 スエルは薄れ行く意識の中でなんとかしてこの呪縛から逃れる方法を探す。だが朦朧とする意識では冷静な判断が出来ないことをスエルは分かっていなかった。

「俺はあんたの命令なんて聞かない。俺は誰の下僕にもならない!」

 スエルはそう言うと持っていた剣で自分の胸を突き刺す。その瞬間、大量の血が周りに飛び散り、少女の白い顔を赤く染めた。

 少女は何が起こったのかわからない様子で顔にかかった血を手で拭う。

「どうしよう……殺しちゃった……?」

少女は血まみれになった手を震えながら見つめていた。

「また……私は人を殺してしまったの?」

 少女は震える体を押さえることなど出来ない。

 この男が勝手に自害したのだと何度も思おうとする。だが本当は違うことを心の奥底で分かっている。

 少女は自分の罪に耐え切れず、意識を手放した。

 だから少女は知らない。身なりのいい男が少女を抱き上げ大切そうに連れて去っていったことも、そしてその男が忌々しそうに自殺を図った男を蹴飛ばしたことも、何もかも。少女がその本当の意味を知るのはもっと後になる。


小説家になろうに初投稿させていただきます。

筆者はもともと「とうひのかけら」というHPを運営しており、そこで書かれた「運命の瞳」をリメイクした話をこの度このサイトに投稿させて頂きました。

感想、評価、誤字脱字の申告は随時受け付けております。

ぜひご連絡をお待ちしております。

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