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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
二章 終わりの見えない戦
9/30

番外編 男なんて大嫌い

「ねえ、ママ。どうして私にはパパがいないの?」

「……それはね、とっても遠くに行ってしまったからよ。

 ずっとずうっと、お仕事で遠い国にいるの」


 子供の時は無邪気にそう訊ねていた。

 けれどもママは、何度も、何度も聞いたってそれしか言わない。

 だから、ある日を境に「パパはもういない。既に死んでいるんだ」そう嫌でも気付かされた。


 ママはパパのことを好きじゃないの? なんて、ふとママを見て心の中で告げた。

 昔はパパの写真を眺めていることが多かったのにあたしが大きくなるにつれて、その回数は激減していった。

 もう、愛していないの?


 あたしが高校一年生の時。ママは突然、あたしに言ったんだ。


「ねえ、パパは欲しい?」

「……なに、急に。気持悪いなあ」

「もう、そんなこと言わないの」


 バカ、じゃないの。

 ママが愛するのは本物のパパだけじゃないの。

 そんなの、欲しいわけ……ないじゃない。


「ねえねえ、もしも新しいパパとの間に子供が出来ちゃったらどうする?」

「……変なこと言わないで」

「あなたの妹か弟が出来るかもしれないのよ」


 ――聞きたくない。


「聞きたくないよ! あたしのパパは、パパだけ。ママの好きな人も、パパだけ。そうでしょう!」

「……パパは」

「バカ、もう二度とあたしの前でそんなことを言うな!」


 憂鬱だった。

 あたしのパパはパパだけ。

 肩車をしてくれて、あたしの面倒を必死に見てくれて、ぎゅっと抱き付いて、髭をジョリジョリってくっつけてきたりして。

 ……パパは、パパだけだよ。


 ――あたしはしばらくの間、ママに声を掛けなくなった。

 あんなことを言うママなんて大嫌い。

 きっと、無視をすればいつものママになってくれると思った。パパが大好きなママに戻ってくれると思っていた。

 でも、それは違うんだって気付かされた。

 現実はもっともっと、非情だった。


 ――ある日、学校から帰ると玄関に見知らぬ靴が置いてあった。

 ママがお客様を呼ぶなんて珍しい、って思ってたから。少しビックリした。

 ただの客ならいいのだけど。あたしは気にせずに家にあがった。

 そうしたら、微妙にママの部屋が空いていて、わずかに声が漏れていた。


 ……まさかとは思った。

 いけないと思いながらあたしはママの部屋をこっそり覗いたんだ。 


「んもう、賢司さんったら……」

「大丈夫、きっと娘さんはわかってくれるよ」

「――本当に、わかってくれるかしら」

「大丈夫、だから罪悪感なんて捨てちゃおうよ」


 息を呑んだ。

 ママが見知らぬ人とベッドの上に居る。

 最悪、だった。嘘だと思いたかった。あんなに否定し続けたのに。


「いやあああっ!」

「帰っていたの? なんで一言、声を掛けないの」


 ママはあたしの知っているママじゃなくなっていた。

 知らない男と、肌と肌をくっつけて、楽しそうにしていた。

 絶叫した、もう何も見ていない、見ていない、見ていないから……。

 近寄らないで。




 ――あたしは本当に、ママと会話することはなくなった。

 同時に男という存在が憎くてたまらなくなった。

 ママをたぶらかした男。きっと女の人の身体を目当てに、近づいたんだ。

 最低……男は皆、最低だよ。



 ――あたしが知らない間にママは妊娠していた。

 そんなにあたし以外の子供が欲しかったの?

 もうパパのこと、嫌いになったんだ。パパのこと忘れちゃうんだ。

 ……大人って本当に身勝手で、貪欲で。

 サイテー……。




 ――ママが妊娠して四ヶ月経ったある日。

 ママは突然、あたしの前に泣き崩れた。


 こんなママのことは嫌いだけど、これでもあたしの産みの親だ。一応、聞くだけ聞こう。


「ママ」

「……ごめんね」


 ごめんね。ママはそれしか言ってくれない。

 ママは……あの男に騙されていたのだ。

 大量の借金を抱えさせられ、挙げ句に孕ませておいて逃げるなんて。

 畜生のやることだ。


「……ママ、その男の連絡先は」

「――これ」


 あたしは決意した。

 ママの仇を取るのだと。

 ――あたしはママに連絡をさせた。

 「あなたに全てを捧げたい、何もかもを捨て去ります。もう一度、会うだけ会ってください」

 あの男のことだ、会うだけなら会ってくれるに違いない。でも残念、会うのはあたし。

 ……案の定、男は指定された場所にやってきた。


 だからあたしは、男の前に姿を見せる。


「あれ、キミは……娘、さん?」

「よくもママを泣かしてくれましたね」

「ああ、あれね。いや、どうしても子供が欲しいっていうからさ、夢を叶えてやったって感じ?

 あはは、別に僕自身は欲しくないし、とりあえずヤっとけばあの女は黙るじゃん?」


 最悪の言い分、ありがとうございました。

 あたしはポケットから素早く包丁を取り出し、男の胸に突き立てる。

 逃げる隙なんて与えてあげない。


「――ぐっ」

「あなたは最低な人です。あたしとママの人生を、自己満足のためだけに狂わせた」


 こんな非道な男、死んじゃえばいい。


 幾度となく身体を突き刺し、動かなくなるまで血を浴び続けた。

 気持悪い。


 そのまま男を抱えて、高台から海の中に放り投げた。

 男の遺体は真っ赤な液体で海を汚し沈んで行く。

 ……こんな気持ちの悪い血、早く洗い流さないとね。




 その日から、あたし達は膨大な借金と共に生きることとなった。

 うぅん、正式にはあたしだけ。

 ……ママは、男が死んだ二日後くらいに自殺したのだ。あたしを残して。

 お腹の中の子と一緒に。


 ……そんなにあたしが嫌いなの。

 何で、見てくれないのよ。最後まで一緒に頑張ってよ。あたしだけ置いて天国へ逃げるなんて、ずるいよ。

 これから、食べる物も住む場所も苦労していかなきゃいけない。

 あたしにはそんな生命力、ないんだからね。




「ねえ、あたし達って運命じゃない? 結婚しようよ、それがいい!」

「うん、キミとなら幸せな家庭を築けるよ!」


 ――あたしは。




「どうして、騙したの――」

「ばーか、今更、何を言ってるのよ。あたしなんかに騙される方が悪いの、じゃ、ばいばーい」


 ――この世の男達を許さない。



「結婚、するんじゃなかったの!」

「残念ね、あたしは結婚する気ゼロ。あんたの財産が目当てだったの。

 もう根こそぎ奪ったし、あんたに興味ゼロー」


 ――ただ良い子を演じているだけで、金が増えていく。いつしかそんな快感がたまらなくなった。





「――結婚詐欺罪で逮捕する」


 そうして、いつかツケは回ってくるのだ。

 今までの男から騙し取った金額、二億円は全て借金返済に使われた。

 だから実質あたしの手元には何も残っていない。

 愛も、家族も、お金も、男も……何もかもを失ってしまった。


 ――幸せに、なりたかったなあ。





「本当に、あんたは可哀想な罪人様だよ」

「あ……かはッ」

「天国で、その大好きなパパとやらに会えるといいな。いや、あんたは地獄で男の手に引き摺られながら沈むのがお似合いか」

「あ、あ――ケる」


 やつはあたしの前で、札束に火をつけた。その金は炎を揺らめかせ、あたしを誘惑した。


「お、金が。お金が、燃えていく」

「――この金、欲しいか?」

「欲しい、欲しい、お金ぇ」

「あっそ」


 木の椅子に縛られ、身動きがとれない。

 でも、目の前の金は欲しい、欲しい……欲しい欲しい。


「じゃあ約束通り、プレゼントするわ。この赤く燃える偽札をね」


 その札束は赤い花弁が舞い散るように、ひらりと宙を一回転し、あたしの膝元に降り立った。


「ああああッ!」

「よかったな、大好きな大好きなお金に塗れながら死ねるんだ。本望だろう?」

「あ、ぐい、あつ……」

「さようなら、罪人さんよ。転生した暁にゃ、もう二度と悪さをするんじゃないぞ」


 ズボンから、縛られたロープへ、徐々にあたしに火が、火が、あああ――。


「お金ぇ、お金が、見えるよお」

「……金の亡者、か」


 あたしの前で、お金が舞い散っている。そのお金は全部、ほしい。あたしのものだ。

 いや……待って、いかないでえ。

 いか、な――――。


「……まさか、錯覚を見るとはな。本当に哀れな子だよ。

 これだから自身の欲しかない罪人様を殺すのは、やめられない」



 

 ――あたしは、幸せだよ。

 だって、今はこんなにお金で溢れているんだもの。

 もう、帰りたくないよ。ずっとずっとここにいるんだ。






 あは……っ――――――。


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