表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
二章 終わりの見えない戦
8/30

七話 お腹をすかせた獅子の末路

「ん? キミを助けた理由って言われても」


 シオンは寝そべる自分の隣に座り、考える素振りを見せる。当然、助けた理由なんて無いに等しいのだろうけれど。

 しかし彼女は顔を赤らめ、ちらりとこちらを注視する。恥ずかしそうに、足をもじもじすると、小さく呟いた。

 

「……笑わない?」


 そんなに面白おかしいことなのだろうか?

 とりあえず適当に、笑わないと告げた。


「え、えっとね。わたし……ヒーローになりたいんだ」


 ヒーローになりたいと言う彼女の顔は、リンゴのようにさらに赤さを増す。

 相当恥ずかしいことを言っていると、自分でも理解しているのだろう。


「え、えっと。実は、わたしがこの島にいる理由はね。ヒーローになっちゃったからなんだ」


 ヒーローになったから犯罪者になった。その理由がわからない。


「でも。ヒーローはいつでも皆に慕われるわけじゃないんだなって、罪を犯して気付いたの」


 この島にいる今も尚、罪を重ねている罪人達は皆サイコパスかと思ったが。

 どうやらそうじゃなさそうだ。罪を犯した人の中にも、仕方のない罪もある。





 ――『みいつけた』


 低い、どこか嘲笑う声が木々の合間を縫って耳に届く。

 ぞっとした。背筋が震え上がり、思わず飛び上がると……。


「あんた達、どこへ逃げようとも逃がさないわぁ」


 ここまで血眼になって探していたのか、鉈の彼女は息を上げている。

 普通であればそれだけだが、彼女の顔は明らかに異常を示していた。

 光を差していない瞳。先程までの姿とは打って変わり、常時にやけている。

 額からは汗が滲み、極限状態まで空腹になった獣は、獲物を前に興奮を抑え切れずにいた。


「ちっ、感情に飲み込まれている……っ! あの間に一体、何が……」

「さあさ、その首を差し出しなさい。賞金首がああ!」


 狂ったように、彼女は鉈を振り回した。

 シオンに手を引かれ、突っ伏すことで鉈を回避した。その鉈に巻き込まれ、木々が次々と倒れ込んでいく。


「……キミ、まだ走れる?」


 正直、休憩したとはいえ本物の化け物から逃げ切れるほどの体力はない。

 けど。自分の命が尽きる瞬間が、こんなにとち狂うサイコパス、というのだけは避けたい。


「よし、しっかりついて来て。行くよ!」


 シオンが銃撃で応戦しながら、ただ自分は奥へ、更に奥へと共に走る。


「ちょっと、待ちなさいよおお!」


 その「ちょっと」を彼女が軽く地面を蹴るだけで、風のように追いついた。

 再び彼女の鉈が振り下ろされる。危ない、と背中を押されて身を転がされることで、また被害に及ばずに済んだ。

 汗だくの泥まみれになりながら、ついに自分たちは山道を抜け……だだっ広い頂上へと辿り着いた。

 しかし。後に下る方法はない。完全に、息詰る。


「……くっ」

「あっははは、もう逃がさないわよお」


 やっと逃げ切れたと思ったのに。

 地面に転がる自分は、力を振り絞って立ち上がる。


「逃げて!」

「なあに、そこの坊主もいないよりはマシ。二人とも……逃がしはしないわよお!」


 振りかざした鉈を、咄嗟の判断で刀を抜刀する彼女。自分は、彼女に助けられてばかりだ。

 たった少し前に、知り合ったばかりの彼女に。

 ……自分も、なんとか戦いたい。


「きゃうっ!」

「きゃはははは!」


 刀が地に勢いよく突き刺さる音が聞こえた。

 ダメだ、ダメだ、このままでは彼女が。


 ――ガキンッ


「んあ?」


 震える手を抑え、鞘を取っ払った剣が由々しく歯向かっていく。

 目の前の敵の、鉈の圧力は半端ない。力を今よりも込めないと、すぐにでも潰れてしまう。


「あんた、へっぽこのくせにぃ、この女を護るの?」

「あ、ぐっ」

「面白い、いいねえ、じゃあさあ、あんたから潰してあげるわあ」


 足が痛い。腰が重い。腕が痺れる。頭のてっぺんが何かに押されるようだ。沈みそうだ。

 でも、今……自分に出来ることは!


「い、や、逃げ……やめて」


 か細い彼女の声が間もなく夜に切り替わる空へと消えていった。

 苦しい。あまりの重圧からか、歯を食いしばりすぎて口元から血が流れ出す。


「はあ、はあッ」


 もはや限界か……。

 目が霞んでくる。やはり、自分の力なんかじゃあ。

 シオンを。彼女を護るなんて、途方もない話だったのかもしれない。

 手を緩めそうになった、その時。ふわっと身が軽くなった。

 鉈の重圧から解放された?

 どうして、今になって。

 その様子を理解するまでに、数秒の時間がかかった。


「今まで、ご苦労様でした」

「あ、ああ、あ……ア」


 鉈の彼女の背後には、軽く肩に手を置く男がいた。彼女はアロケルという名を呼びたいのだろうが、震えるばかりで言葉に出せない。

 彼女から自然と力が抜けていき、手から鉈がするりと抜け落ちた。

 しかし、どうして自分達を、男が助けたというのだ。それこそ理由なんてないはずなのに。


「キミは重大なミスを二つ犯した。よって、罰を決行する」

「あ、ああ……ちがっあたし、何も……」

「いいや、否定したって無駄だよ。一つ、引き下がれという命令を無視したこと」


 あの時の電話は、やつだったのか。


「言ったよね。最初に。俺の言うことは絶対、答えは、はいかイエス。リピートアフターミー?」

「あ、が……アロケル様の、言うこと。絶対」

「はい、よくできましたー。いい子には、はなまるをプレゼントしないとね」


 男は下げていた鞄の中から、登記印のようなものを取り出した。

 登記印の持ち手にあるスイッチを押す。すると徐々に押印部分が赤く染まり、少し遠目からでもわかる、空間が揺らぐ程の熱を発した。


「はい、はなまる、まんてーん」

「や、やめて、くださ、許して、謝ります、反論したこと、謝りますう。

 謝ります、からああ!」


 男は容赦なかった。涙ながらに訴える彼女の意志表示などおかまいなしに、押印部分を額へと押し当てた。

 じゅっ……熱の籠った登記印は、彼女に苦痛的な熱さを伝える。


「ああああ、がああ! あうい、あぐうっ!」


 押し付けて数十秒。彼女は登記印の地獄から抜け出すことができた。

 その額には真っ黒に焦げた前髪と、真っ黒なはなまるを残す。

 そのまま、彼女は立ち上がる気力もなく地に倒れ込み、痛い熱いと連呼を繰り返しながら額を押さえて苦しみ悶える。

 惨い所業だ。襲われたとはいえ、可哀想に思う。見ているだけで辛い……。


「二つ。忘れた、気付かないとは言わせない。商店街でコレを襲った直後、砕けた石畳の破片が凶器となって飛び散り、幼気な子供に怪我を負わせた」

「うう、あ、あ、つ……いぃ」

「即ち島民を傷つけた。幸い大事には至ってないが、泣き喚く子をあやすのに大変だったんだぞ。

 ――以上。ルールに法り、キミを退場とする。

 残念だなあ、命令さえ聞いていれば街での件はなかったことにしてやったのに」


 ただやつは横暴な態度を取っていただけかと思っていた。

 けれど、自身の決めたルールをしっかりと護り、その秩序のため、島民のためにこうして動いている。

 彼女には気の毒だが……。


「そーいうことだ。あんた達、今回はルール違反の敵が相手で助かったな。

 わかったら島民に手を出すんじゃねえぞ、俺だって暇じゃねえんだよ」


 悲鳴を出したくても出せない。辛くても痛みに負けて声を出せない、そんな無抵抗な彼女の足を無情にも掴む。

 アロケルは最後に、自分達に「幸運を祈る」と手を振った。

 鉈と彼女を回収し、ずる、ずると彼女を引き摺って夜の闇へと去っていった。

 もはや動けない、動く気すらもなさそうな彼女の顔面は、地面に擦られていった。

 そのせいか、山道に血の線を残していく。


「……たす、かった」


 ようやく魔の手から解放された自分達は、腰が抜けたように二人で座り込んでいた。

 真っ暗な山の頂上に二人。完全に緊迫から解き放たれた自分達は、無防備にも草原に寝転んだ。

 このまま次いで誰かに教われないことを願って、疲弊した身体を休めるように目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ