六話 襲う少女、救う少女
エリアスの言っていた言葉を理解するために、当てもなく動き回りながら街中をうろついていた。
本当に殺し合いが行われている島なのかと疑いたくなるくらい、島は独自の繁栄を遂げていた。
酒場から少し歩くと、大通りの名前が記された大きなゲートが迎えていた。
そのゲートの先には、スーパーマーケットなどの店はもちろん、カラオケやボーリングなどといった娯楽施設もある。
電気屋兼百貨店のビルには、それなりに繁盛しているのか、必要とした人々が出入りをしている。
所々に一戸建やマンションまで見受けられ、人が暮らすには十分すぎる程の施設が勢揃い。
一戸建に暮らす男女は、男が買い物に出掛ける様を見て『いってらっしゃい』と幸せそうに抱き合っている。
元は皆、犯罪者……とは思えない幸せっぷりだ。
確かに、あちらに居場所のない自分が島の外へ出るくらいなら、ここにいた方が幾分も幸せかもしれない。けれどこの島にいるということは、罪人様という地位から降りない限り命を狙われ続けるということ。
覚悟を決めたとはいえ、やはりまだ抵抗がある。
ただぼうっと歩いていた。本当に殺し合えと命じられたのか、それすらも幻だったのではないか。
そう思えるほど、平和だった。
しかし、そんな暢気な考えも束の間――
鈍い音が耳元をかすめる。石畳が割れ、小石が目の前に降る姿が見えた。
平和な時間に何が起こったのか。今一度、整理をしてみる。
俯瞰する視線を、少し左にずらした。目の前には、何かを引っ掛けようとしたのか、刃が手招きをするように刃先で石畳を擦っていた。
ズガガガ、刃を引き抜く重たい音に不快感を覚える。
緊迫感の中、恐る恐る後ろを振り返ると――
「目標、処罰」
「……っ!」
第二派。突如として現れた声の主の攻撃が、背後から飛びついて頬を掠める。
まるで弾丸のように身を突進させてくる相手に、初めて戦場に駆り出された羊は対応が追いつかない。
第三派。自分の目の前に現れたその「彼女」は、鉈のような物を振り上げた。まるで人間離れした動きに息を整える間もなく、転げるように回避した。
「ぐっ……」
今の衝撃で、膝に痛みが走る。
唇を噛み締め、鞘に納まる剣を振るった。ほんの些細な抵抗だった。
どうして。ここは街中だよな?
なんで、どうして、ルール違反じゃないのか、なんで。
とにかく混乱した。頭がぐちゃぐちゃになって、まともな思考すらも追いついてきやしない。
「……弱い。まるで戦意がない」
「う――」
「あんた、それでも罪を犯したことがあるの? 半端な覚悟で決行したって言うなら、犠牲になった人達が可哀想」
彼女に一体、何がわかるって言うんだ。
情けなく尻もちをついたまま、ただ口を堅く結ぶ。
「都合が悪くなると、黙る癖があるみたい」
図星。
そうだ、自分はいつだってそうやって殻を閉じてきた。あの夜……両親や弟を殺めた日が、最初で最後の決死の覚悟だった。
本当は……。
「何か言うことないわけ」
「……と、は」
「ったく、あの男もあの男だ。罪人同士を潰させるのであれば、力の強い弱い、意志の強い弱いは関係ないというのか」
「本当は、本当は自分だって――ッ!」
彼女はいきなり声を荒らげる自分に対し、たじろいだ。
いや、たじろぐと言うより……。
弟もしていた。わかる。
それは……同情の目だ。
「本当は、自分だってやりたくなかったんだ!」
「……ふうん」
「でも、今更、どこにも行けないから。自分は、自分のためじゃない。
自分を思って、ここまで導いてくれたエリアスのために……」
「あのノッポのことね。そう、わかった」
彼女は一歩、後ろに身を引いた。
このまま立ち去るのか。そう思ったのが、まだまだこの島で生き抜くには甘いと実感した瞬間だった。
「じゃあ、あのノッポのためにも。あんたをミンチにしてあ、げ、る!」
「ひっ――」
「あんたの覚悟はわかったわ。辛かったねえ、涙を流す程なんて」
彼女の発する言葉に狂気を感じた。
気付けば先程、恐怖しながら叫んだせいか、同情に怯えたせいか、涙が頬を濡らしていることに気付く。
「それじゃあ、さようなら。地獄で死者によろしくねえ、あっはは!」
大きく鉈を振り上げる。
もう逃げ道がない。やはり、最初から無理だったのだろうか。
彼女を見て、理解した。この島で平和な暮らしを求めず、未だ戦い続けている者達は……皆、サイコパスであると。
「――ッ」
鉈を振り上げた手を瞬時に顔元まで、追いやった。
途端、少し遠くの方で銃声が聞こえた。刃から火花が飛び散り、鉈の彼女は完全に怯んでしまう。
「逃げて!」
「あはは。獲物から近寄ってくるなんて、あたしってツイてるわね」
どうやら嫌な知り合い同士らしい。鉈を持つ彼女は、武器で顔を覆いながら相手の出方を警戒している。
一方の駆けつけた少女は、銃を片手に、ベルトに刀を引っ提げている。
このまま緊迫の一手かと思われた矢先、鉈の彼女の腰ポケットで無情にも携帯のバイブが鳴り響いた。
舌打ちを一つ、不機嫌そうに出る彼女。少女は無防備な相手に対しては攻撃を行わない主義なのか、電話が終わるのを待っている。
「は? ふざけんじゃないわよ!
あたしはあたし。金蔓を目の前に、引き下がれって? バカじゃないの!」
電話の主と喧嘩を始めた。すごく逆上しているようだ。
一方の少女は、自分に手を差し伸べて首を振る。この隙を好機と見て逃げようというのか。
しかし、自分ではどうすることも出来ないのは事実。今は彼女について行くしかなさそうだ。
「……えぇ、わかったわ。仕方ないからあんたの指示に従ってあげる」
彼女の声が遠ざかっていく。少女に手を引かれ、無我夢中で走った。
頬の傷が多少、痛む。けれど優先すべきはあの化け物じみた動きをする彼女から逃げ出すこと。
ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
「……ふふ、なんて素直に聞くと思ったの?」
先まで電話をしていた彼女の姿が、いつの間に五メートル先まで近づいている。
動きも化け物かと思えば、足まで化け物とは。
この島の罪人の身体能力は一体、どうなっているというのだ。
「ダメ、追いつかれる。こっちよ!」
手を引く少女は急激に曲がり、人一人がようやく入れそうな、路地裏へと向かう。確かに細い道ならば、鉈を持つ彼女は自由が利かないはずだ。
……予想通り、彼女は立ち往生をしているようだ。
「……ここまで逃げれば安全ね」
その後、路地裏を抜けて閑静な住宅街に出て、更に奥へと逃げ、山の麓までやってきた。
「キミ、大丈夫? きっと、まだこの島にやってきて間もないんだね。商店街が安全とは限らないよ」
「……っ、はぁ、はぁ――」
「ごっごめんね! 随分と息が上がってるけど……」
辿り着いた頃には息も絶え絶えで、動く気力すらもおきなかった。
こんなことを続けていれば、自分の身が持たない。
「本当に、何も知らないんだね。無理もないよ、あの男は細部の方までロクに説明してくれなかったんだもん」
少女はここへ来て長いのだろうか?
彼女は気を遣い、ここならしばらくは安全だと思うから、と地に寝そべる許可をくれた。
息を整えながら、お言葉に甘えて地に寝そべる。
小石だらけの山道なんて気にもならないほど、自然とリラックスできた。
見ればこの島にたどり着いた時は明るく照っていた日差しも、いつしか沈みかけていた。
茜色に輝く太陽が、今宵も月へとその出番をバトンタッチする。
改めて見る夕焼けの空は、ここに来て一番に心を打たれた。
「……あの子もバカだよね。万が一、島民を傷つけちゃったらルールに違反するのに」
そう零す彼女の言葉からようやく理解した。どうやら街中で戦闘を行うのは勝手だが、それだけ島民を傷つけるリスクも高まる。
本来は人気の居ない場所で戦った方が幾分も楽ということか。
「そうだ、ここで会ったのも何かの縁。名前、教え合いっ子しようか。
わたしはシオン。よろしくね!」
無邪気に微笑みかけるシオンと名乗った少女。この笑顔が狂気なのか、それとも自分を救いたい一心なのか、わからないから。
今はとにかく、問うた。
なぜ、自分を助けたのか……。