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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
一章 始まり
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四話 謎の男、アロケル

「……連れてきたぞ」


 エリアスは暗闇に潜む人物に声を掛けた。

 保健室にあるような椅子に腰を掛けて、その人物は何かをしている。

 何かのゲームだろうか? マス目に何か書いてある。そいつの駒が、マスの通りに歩みを進めている。

 ……す、ご、ろく?


「やあ、やあ。いらっしゃい、小さな罪人よ」


 その人物はこちらなどお構い無しにゲームを楽しんでいた。

 まるでふざけた様子でボードと睨めっこをする男。やつもまた、配達員のような恰好をしていた。

 エリアスと比べて割と小柄な背丈・体付きをしている。


「と、その前に。少しだけ時間を貰うよ」


 突然と男は立ち上がり、エリアスの背を押すように部屋の隅へと向かう。

 取り残されたもの、しっかりと話声は聞こえた。


「あのなあ」

「しっかりと、やるべきことをやったまでだ」

「そうじゃねえよ。俺が言いたいのは……」


 男は中指と親指で円を作り、エリアスの額へと手を伸ばした。

 一体、何をする気だろうか?


「遅いわ、このアホっ」


 ペチンと痛そうな音が響く。 


「くっ……」

「アレがまた襲撃者を打ち破った。まったく、ただの愉快犯がどうしてここまでの力を発揮できるかねえ」

「……もはや誰も、最恐の裏ボスをクリアできない、と言ったところか」


 何やら話込んでいる。

 やつらの緊張がこちらまで伝わってきた。ピリピリとした空気は、エリアスの言葉を聞いた男の逆上で破られた。

 今度は人差し指で額をつんつんと押すような動作を交え、気迫で物を言っている。


「誰が、例えろつった」

「すまない。だが全ての罪人を選択・管理しているのはお前であって、私に責任は……」

「つべこべ言うな! あのな、誰も勝てって言ってないんだよ。

 こう……瀬戸際の戦い、つうの?

 あー、とにかく。

 やつに完勝させるのは腹が立つ。

 あの化け物を追い詰めるような奴はいねえのか!」


 今度はもめている。

 なんだか理不尽なことを並べ立てて憤怒している。


「ルールだけは、律儀に守ってるからな。こっちからゲームオーバーを与えることはできねえ」

「彼はどうだ。化け物を倒す勇者に成り得るか」

「さあね、未来のことなんか知るか。けど……」


 話が一区切りついたのだろう。男は舌なめずりをしながらこっちを見る。

 不適な笑み、煽るような口調。全て内容が聞こえてはいたが、嫌な予感と謎の気持ちの悪さに、ただ棒の様に立ち尽くしていた。


「今回の見立てに間違いはない。恐らく、いや、絶対に」


 やがて不適な笑みを善良の笑みに変え、こちらに接して来た。

 

「お待たせ。じゃあ、今からキミの面接を行うとするか」


 男は軽く手を上げて、名前を訊ねて来た。


「……緋夕ひゆう旭氷あさひ


 そう、おどおどしながら言葉を返した。

 もちろん何が起こる訳でもない。謎の面接と称した会話は続いた。


「旭氷、キミは実に素晴らしい人材だ」

「……どういう、ことですか」

「キミに素質があるってことだよ。なんの素質かはこの誓約書にサインしてからの、お・た・の・し・み!」


 どこに持っていたのだろうか、ペンと紙を取り出した。形ばかりに頭を撫で、再びお気に入りの椅子にどっかりと腰を降ろした。

 急に渡されても、どこで書けばいいのだろう。

 床? 壁?

 相手を待たせるわけにはいかないので、手を下敷にペンを走らせる。


「ん、書けたかな?」

「はい……」


 多少ふにゃふにゃっとした文字になったもの、男はその紙を受け取って確認する

 紙に目を通しながら背を向けた。やけに上機嫌な男を見ながら只只(ただただ)、その指示をひたすら待った。

「おいテメェ」


 男はまるで保護者のようにエリアスの首根っこを掴んで身を引っ張る。


「大事な大事な罪人様が退屈してんぞ」

「あ、あぁ。すまない」

「ったく、使えねえな」


 男は散々エリアスを(さいな)めると、誓約書をファイルに挟んだり、いらない書類を破り捨てたり、と作業に入ってしまった。

 背中を押され放り出されたエリアスは、やれやれと愚痴を零す始末。

 彼らは仲間でいながら、仲が悪いのだろうか?

 それとも、単なる上下関係なのだろうか。

 あの男に対してタメ口な時点で、後者は間違いだろうけれど。


「旭氷、本当に良かったのか」

「……わからない」


 良いも何も、最初から自分に選択肢など無かったのだろう?

 そう、最初から……自分には選ぶ権利などない。

 『わからない』

 そう答えることしかできなかった。善いも悪いも判断がつかないのだから、仕方ないだろう。


「それもそうか。すまない、掛ける言葉を間違えたな。さっきの言葉は気にしないでくれ」

「……」


 それにしても、エリアスは男に逆らえないのだろうか。あぁまで言われて、頭に来ないのだろうか。

 どこまでも口の悪い男の言葉を、ただ静かに受け止められる精神に、少しばかり称賛した。


「ただね。私が言いたいのは、そういうことではないんだよ」

「どういうことですか」

「やはり、何も考えてはいなかったのか」


 思ったことを口にする点はあの男とそう変わらない。遠回しにバカであることを告げたエリアスは、不平を示した表情に気付いて口元を抑える。


「あ、いやいや。決してキミが誓約書の、せの字も見ずにサインしたことに対して呆れているのではないよ」


 いちいち、本音を漏らすやつだなぁ。


「……こほん。始まってから咎めても遅い。あの時点で断ることもできたんだ。

 断っていれば、また違った未来になっただろう」


 エリアスの言う、違った未来とはなんなのか。それをやつに訊ねると、すぐ様に返してきた。


「誓約書に記入しなければ、島の外に返してもらえた。キミは院内で頑張って更生し、また普通の人間として暮らせたんだ」


 エリアスは顎を一つ摩り、男の準備を待つ。どうやら無理矢理に話題を作っていたようで、何も話すことが無くなるとこれだ。


「……あの」


 だから仕方なく、自分が沈黙を破った。


「あなた達は、どうして罪を犯した人々を集めるんですか」

「まったく、後先も考えずにサインするから」


 それは反省すべき点だ。自分にだって理解できる。

 と、いうことは。自分の知りたいことは、全てあの誓約書通り……ということなのだろうか?


「仕方ない、ここに予備の誓約書がある。じっくりと読んでいい。彼を待たせるようでも、理解しないことには、他の連中とフェアではない」


 予備を差し出され、再び誓約書に手を取った。そこにはよくわからない文面と、謎のルールについての記載があった。




 * * * * *



 このゲームに参加するに当たって


 彼らは皆、同士である。

 彼らは皆、我らの監視下である。

 彼らは皆、運命に駆られ神に嫌われた哀れな存在である。


 上記の説明は、以降スタッフの口頭で説明を施す。




 ルールについて


 壱 誓約した者には特別な凶器を与える。誓約者は誓約者にのみ、殺生を許すものとする。


 弐 意図して島民を傷つけることは禁ずる。同士であれば殺生が目的でない接触も可とする。


 参 ゲームから降りる場合は速やかに地下へ向かい、スタッフにその旨を伝えること。


 四 降りた者は一生の安寧を約束する。島民は何があっても罪人を傷つけてはならない。逆もまた然り。 

 万が一、傷つけた場合はスタッフが責任をもって罰する。




 これらに了承できる者のみ、ここに名を刻むこと。



 名前



 * * * * *



「読んだか、坊主。まあ、誓約書に名を記した以上は人を一人くらい消してもらわないと降りさせないけどな」


 紙に通していた目を上げる。そこには腰に手を当て、こちらが読了するのを待っている男がいた。


「そうだ。降りたい場合、俺の名を知らないのは今後において、差し支えるだろうな」


 言葉足らずな男の補足はエリアスが補った。

 まず地下への行き先は、先程も通ったあの酒場を経由しなければならない。

 この地下への道は男の名前が合い言葉。即ち男の名を忘れてしまった時、降りることもできなければ膝を抱えて同じ罪人に殺されるのを待つしかできなくなってしまう。


「まあ、そうだな。俺のことは、アロケルとでも呼んでくれ」


 まるで名前を隠すように、そう告げた男、アロケル。

 一体、やつは何者なのか。その正体を探る前にアロケルと名乗る男は話を先に進めた。


「まず、この島での線引きについてだ。ここでは罪人が罪人を殺したって何の罪にもならない。

 警察は存在しない。捕まらないし、誰にも咎められないってわけだ」


 アロケルは休むことなく説明を加える。 


「ここで幸せそうに暮らしている連中は同士。即ち元々は罪人であり、島民申請を出した者だ。

 先も言ったが、一人以上を消してからのみ、申請を許すこととする」


 今は平和に、穏やかに暮らしている島民も元は凶器を振るう罪人だった。

 罪を犯した人間に、更なる罪を重ねろと?

 しかも。何の恨みもない見ず知らずの人間を。


「旭氷、キミにどれほどの決意があるのかは知らない。だがせめて、一人は落してくれないとな」


 言いながら床に小さな二つ折り財布と、恐らく連絡用であろうスマートフォンを投げた。


「ここでの必需品だ、受け取りな」


 男の言葉に合わせて財布を確認する。当然ながらカードは入っておらず、中身は一万円札だけが主張していた。

 ここから先、死ぬまでこの金額で生きろ、ということなのか。

 しかし、聞く限りそうではないらしい。


「まず携帯。アポ無しは困るから、事前に連絡してくれ。俺から電話を掛けることもあるから、電源は切るなよー。

 この島にいる限りは充電は切れない特殊品だからな、無くすなよっ!」

「あの……この、財布は」

「おう。一万じゃ物足りないか?」


 そういうわけではないが。


「なんてな。テメェがこの戦いを降りない限り、金の出所は同士を狩るしかない。

 そいつがスッカラカンに使っていて、スカだった場合は知らねえよ」


 どうもえげつない回答しか帰ってこない。

 既に人を殺めた自分が思うのも何ではあるが、島で生きるためには仕事でも万引きでもなく、人を殺め続けること。

 降りるか死ぬか、その日まで……ずっと。

 この万札でどれだけの日にちを凌げるか。最初の関門のようだ。


「と、まあ。色々と説明をしたが、要は同士を討って金を奪い、その金で明日への活路を見出すんだな。

 戦いに嫌気を差したら俺の元へ来い。な、簡単だろう?」


 本当に手短にまとめた男を前に、そっと財布を懐に収めた。

 話を終えると、やつは棚に飾ってあった青い人型の駒を手に取る。


「さてさて、新たな罪人様の誕生だ」


 てっきり今あるボードの上に敷くのかと思ったが、やつは予想を反して近くの壁を軽く押した。

 まるで何かのからくりか。石壁が奥へズレていく轟音が非常に耳障りである。

 やがて変哲もない石壁が、壁に張りつけられた双六ボードに変わる。

 普通のボードとは違い、砂浜や木々が立体的に造られている。ポスターのように張りついているため、草花や建物が出っ張っていた。

 双六ではありえないことに進むための各マスが繋がってはおらず、海辺や木々、街並など様々な場所に変則的にマスが敷いてある。

 そのマスには様々な色や形の駒達がバラバラに置いてあった。

 アロケルは自分の駒を酒場の奥にひっそりと描かれている地下に置く。

 罪人管理のためにあるボードなのだろうか。


「おい、テメェ。そこに突っ立ってないで、アレだアレ、アレをもってこい」


 やっとエリアスを呼びかける。特に文句を言うこともなく、機械的に奥の部屋へと姿を消した。

 それから時間を取らず、エリアスは長い桐箱を手に再び姿を現した。

 自分が訊ねる間もなくこちらへ歩み寄り、桐箱を床に置く。蓋をそっと大事そうに開けるエリアスを前に、先にある物をじっと見つめていた。

 開けられた桐箱。その中に眠っていたのは、長身の剣だった。

 どこから仕入れたのだろうか。戦国について書かれた資料でしか見たことのない代物だった。


「さあ坊主、受け取れ。今日からコイツが、お前のパートナーだ」


 目の前の武具に思わずたじろぐ。

 ……たった、たった一度の道徳から外れた行為がここまで大事になるとは思わなかった。

 あの時の自分は、まるで夢にも思わなかっただろう。ただ大人しくしていれば、地獄から解放されると思っていただろう。

 しかし自分に課されたのは、更に罪を重ねなければならない第二の地獄の始まりだった。


「……どうした、さっさと受け取れ」


 自分はそうではない。決して人殺しを愉悦として親しむような、非人道的な存在にはなりたくないのだ。

 手にするかどうかの最中、この躊躇いが拒絶に見えたのか、やつは――


「ふっ、あははは」


 手を額に当て、突然と笑い始めた。一体どこに笑う要素があったのか。


「あ、ははは。まさか、今更……」


 口角を一杯にまで上げ、所々に息を挟むような笑いを零す。

 男の理解できない行動に戸惑った。しばらくそれを見ていると、男は上げていた口角を、ゆっくりと下げた。

 誰がどう見ても……男の気に障ったことを明らかにしていた。


「はああ」


 深い、深い息を吐き出した。

 わかった、と小さく呟く男はゆっくりとこちらに歩を進める。

 桐を挟んでエリアスと自分がいる。やつはエリアスに見向きもせずにこちらへ迫った。


「言い忘れてたけど……ここでのルール、もう一個あったわ」


 男は微笑みながら言葉を掛けた。声のトーンと似ても似つかぬ表情に、恐れ戦く。

 ……こいつに歯向かってはダメだと、本能が訴えかけてきているようだった。


「ここでの返事は、はいかイエス」

「……!」

「俺の言うことは絶対、わかった?」


 男の顔にばかり注目をしていて、まったく気付かなかった。

 いつの間にか、男の手には折りたたみナイフ。それを喉元に突きつけられている。

 固唾を呑み込む。嫌な汗がじんわりと滲み出てきた。間違えて一歩でも動けば、ナイフが喉元を食い込むことだろう。そうして自分は、生命を閉じることだろう。

 ふと目深に被られた帽子の隙間から、男の顔が窺えた。

 やつの瞳は闇のように深く、こちらの姿を僅かに映しているだけ。じっと見ているだけで身体が麻痺し、今に命を絶ってしまいそうになる。

 虚な目をしていた。何か一言を発しようとも、脳が言葉を考える作業を拒否し、声が喉元から支えて出てこない。

 今まで感じたことのない黒い感情が、自分を包む。

 やつに不意を取られてから幾分の時が経ったのだろうか?

 時間の感覚すらもわからなくなる。


 しかし男は突然とナイフを離し、また聖人のような表情を取り繕った。


「なーんてな」

「……あの」

「キミに限って、まさかノーとは言わないよね?」


 半分……いや。単なる脅しである。


「あぁ、言葉が出て来ない理由もわかるよー。きっとあれでしょ、抑え切れない興奮を前に奮い立っていたんだろう?」


 まるで先程の時間は幻影だったと言わんばかりに、今は指の間で折りたたみナイフを回し遊んでいる。

 やつの変わり様に、短い間隔で息が漏れた。


 その相手が恐怖する感情すらも楽しむかの如く、アロケルは話を切り替えた。


「おい、新たな罪人様の門出だ。入り口まで見送ってこい」

「わかった、では行こうか」


 エリアスは桐箱を片手に、自分の手を取った。やつから引き離そうとしている風にも見えたが、自分の意思とエリアスの行動が噛み合ず足が止まる。

 

「……旭氷」

「ほら、そこにぼけっと突っ立つな。邪魔だ、さっさと失せろ。

 それとも。まだまだ、俺とお話がしたいってか?」


 困ったな、人気者は辛いわ。などと思ってもいないことをべらべらと口にする男。 

 結局、この男の素性を知る前に――


「では行こう」


 不適に笑うやつの姿がと遠ざかっていく。

 否が応でも戦場に引っ張られていく。結局、酒場の外に行くまでの間、終始、身を強張らせている自分がいた。


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