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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
一章 始まり
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三話 罪人島

「ほら、着いた」


 初めて乗る船に、少し気持ち悪くなった。胃から物が迫り上がるような感覚は今までに感じたことのない症状だった。

 思考を巡らせている時はそっちに集中をしすぎてなんとも思わなかったが、いざ降りる時に全意識が今ある状況に引き戻され、吐き気を催す感覚に見舞われる。


「ははは、大丈夫か? 船酔いでもしたか」


 やつは笑いながらこちらの状態に気を遣ってくれている。

 船酔い?

 やつにそう質問をする。

 恐らく一般的には、知らない方がおかしいくらい、常識的なことなのだろう。やつの驚く顔を見てすぐにわかった。

 やつはしばらくの間、目を丸くしていた。けれどすぐに無言で頷いた。


「初めての人は、慣れない船の揺れに身体が反応を起こし、吐き気を催す症状になるだろう。

 乗り物に乗っても酔わない人は酔わないけどね」

「……自分のこと?」

「あぁ、キミが今まさに気分が悪いと思っているのなら、それが船酔いだ」


 教えるのも面倒であろう常識な質問にも、やつは笑顔で受け入れてくれた。

 なんだか頭がクラクラしてきた。気持悪い。

 これが……船酔い。初めての体験だ。


 初めての船酔い故に一向に動こうとしない、そんな自分に見兼ねて、やつは手を差し伸べた。

 今、ここで良心を潰す意味はない。差し伸べられた大きな手にそっと、触れた。

 大きい手のひらが自分の手を包む。

 今、思えばこうして手を繋いでもらった記憶すらもない。

 物心がつく前はどうだったかわからないけれど、少なくとも幼児の頃には既に、見放されていたことは覚えている。

 人の体温に触れ、恥ずかしさと表しようもない嬉しさに、心臓の音が止まらない。

 ぐいっと力一杯に引き寄せられる。やつはそのまま手を引いて、船を降りた。

 ……その背中はまるで、お母さんみたいだ。変なやつ。






「んーっ! やはり陸はいいなあ」


 ぐっと背伸びをしながら、わざとらしく叫んだ。

 ここはどこだろう。辺りを見回すと、港には普通に民家が建っている。

 どうやら、この島は人が暮らしているようだ。


「よし、じゃあ行こうか」

「どこに?」

「手紙主のところだよ。あまりに遅いと、うるさいからな」


 遂に手紙主に会える。

 一体、どんなやつなのだろう?

 嫌なやつじゃ、なければいいけれど。


 * *

 

「あいつに会うに当たって、気をつけて欲しいことがある。如何せん、気の短いやつでな。

 手紙主が気分を損ねないような対応をしてくれ。

 質問には拒否せず応じ、何を言われても突っ掛からないこと。

 あと、やつが――」


 港から離れて十分ほど歩いた。周りの景色に感嘆して、やつの言葉は一切、耳に入ってこない。

 島というから、てっきり寂れているものだと思っていた。けれど、蓋を開けてみれば色々な人が交差する商店街や、ちょっとしたイベントの張り紙が店舗に張ってあったり、昼間から飲み屋で呑んでいるおじさん達の声が、外からも聞こえるほど賑やかだ。

 恋人同士なのか、肩を寄せ合いながら歩く男女。

 ビールを片手に酔っ払いながら徘徊する中年男性。

 とても……罪人を欲しているとは思えないほど、島全体は幸せオーラに包まれていた。


「……っと」

 

 途端、エリアスは酒場の引き戸を開けた。

 こんな時間から呑もうというのか。一体、何の用事があってこんな場所に。

 しかしやつは店主の方へ何の躊躇いもなく歩いていった。

 煤けた外装とは裏腹に、店内は小綺麗だった。木製の大きなテーブルにも、カウンターにも、昼間から呑んで騒いでいる連中で店内は溢れ返っている。

 店内が酒臭い。この空間に一歩たりとも足を踏み入れたくない。

 店の前で固まっていると、やつは手招きをした。

 どうやらこっちへ来い、と言うようだ。

 あまり気は進まなかったけれど、後ろに引っ付き歩くことしかできない自分は、なんとか酒場に足を踏み込んだ。

 周りには頬を真っ赤に染めて騒ぐおじさんばかりだ。酒と体臭が混じっている。

 大声で喋るおじさんに怖じ気づきながら、ただエリアスの元へと歩みを寄せた。


 しばらくして。ようやくエリアスの元に辿りつける、四歩手前。


「んー? お前、まだガキじゃねえか」

「……!」


 思わず肩を竦めた。熱気に帯びた店内で汗ばむおじさんが酒を片手に、品定めするように顔を近づけてきたのだ。

 耐え切れない屈辱に、歯を食いしばって突っ立った。しかしおじさんはこちらの迷惑に気付いていないのだろう。


「はああ、こーんな、まだ青臭いガキもお呼ばれするとは。なあに考えてるんだ、あの能天気なスタッフ様はよお!」

「……あ、あの」


 か細く告げても、おじさんの愚痴は止まらない。

 あまり大声で怒鳴るように喋る人は苦手だ。あの暴力父を思い出してしまう。

 

「やめとけ、やめとけ。ガキにゃ生き残れやしねえ。諦めてお家に帰るか、スタッフ様に命乞いでも……」

「おい、そこまでだ」

「うぐっ」


 自分が恐怖に怯えている、ということに気付いたのか。エリアスはおじさんの肩に軽く手を乗せている。

 おじさんを威圧するのには十分だった。現に、あんなに騒いでいたおじさんが言葉一つもまともに喋れやしない。


「どうする。それ以上、大事な罪人様に手を出してみろ。私だけではない。彼は酷く、激高するだろう」

「あ、ぐぐぐ」

「激高した彼は、貴様を簡単には楽にさせないだろうな。それから」

「は、はひいっ!」


 静かに語るエリアスを前におじさんは店主に勘定を投げ捨てるように払うと、風のように店を去って行った。


「すまないな。気を取り直して、彼に会いに行こう」


 エリアスは軽く謝って、何事もなかったかのようにその先へ向かった。

 一体、おじさんの身に何があったのかはわからない。

 今は目の前に起こることを確かめるのが先だ。


 必死にやつの後ろについていった。使い古された厨房を抜け、その先にある小部屋へと辿り着く。

 小部屋には地下へと続く階段のようなものがあり、やつは何の躊躇いもなく降りて行く。

 先程まで木製だった世界が、降りるたびに冷たい鉄で覆われた世界へと変えていった。

 灯りは辺りに散りばめられた豆電球のみ。

 かつん、かつんと天や地に鉄を踏みしめる足音が跳ね返る。

 あの陽気な世界とは一変。だんだんと、その先へ降りては行けない気がしてきて、身体が堅くなっていく。

 足を降ろす動作が酷く重い。

 それでもエリアスにただ、ついていくことしかできなかった。


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