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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
――TRUE END――
30/30

最終話 その御霊、消えるまで

 ――やつを抱え、地下施設へと戻った。

 あの施設には、研究員が使っていた不思議めいた治療道具がある。

 なんで、俺は感情に流されるまま、物理的に殺してんだよ。

 別に、コイツはルールを破ったわけじゃない。

 はいかイエス。その問いも答え続けた。ただ少しの疑問が心を渦巻いて俺に突っ掛かってきただけ。

 何にも悪いこと、してねえのに。


 それに、感情に流された俺をも、こいつは護った。

 ……あんな野郎の攻撃なんざ、すぐにでも受け止められたのに。

 野郎をバラバラに染め上げた血なまぐさい身体で、エリアスを地下施設にある布団に寝かせる。

 ああ、白い布団にも血が付着しやがった。

 ……洗ってくるか。




 ――その後エリアスの傷はある程度、塞がり直に目を覚ました。


「あ……っくぅ」

「まだ起きんな、傷が痛むだろう」

「アロ、ケル? どうして、私を」

「――アホ、だな」


 双六ボードを前に、オフィスチェアに腰をかけた。

 ああ、アホだ。俺はバカだ。罪人はルールを守っているのに、俺が守れないなんてアホか。


「……あの、さ」

「どうした」

「俺に言おうとした言葉、あったじゃん」

「あぁ」


 やつは、先程の俺に言おうとした説教を再び口にした。

 悪いやつなんて最初からいない。

 人はなんらかの要因が弾けた時……初めて罪を犯す。


「私もその一人だった。ちょうど、私が留守だった時だ。兄はロクでもないやつでな、遊びほうけて繁華街の方をぶらぶらする、バカだったよ」

「……ああ、アホだな」

「その兄が、どうやら私の留守を狙って家に来たらしい。当然、嫁は出迎えた」

「……」


 なぜ島に連れてこられたのか、家族の話をわざわざ俺の前でするのか。

 とんだ、能天気野郎だな。


「私が帰った時、嫁は泣きじゃくって私に縋りついた。一体、どうしたのだと、嫁に問いただしたさ」

「……その嫁が、兄貴に」

「その通りだったよ。私が居ぬ間に、嫁を寝取りにやってきたのだ。

 ……それだけなら、まだよかった」


 俺は双六の駒を指で転がし、やつの話を適当に聞き流す。

 ……なんだって、俺がこんなカウンセラー紛いのことをしなきゃなんねえんだ。


「嫁の心は兄にうつつを抜かしていた」

「……そうか」

「私が、悪いのだろうか。こんなに愛して頑張っていたはずなのに、たった一度の寝取りで嫁はどうすればいいのかわからない、と喚いたのだ」

「ああ、あんたにも非があるんじゃね?」


 目の前のボードの上に駒を置いた。

 賽子を振りながら、一、二とルールに従って進めていく。

 おっと、ニマス戻らねば。


「あろうことか、私と兄の間で揺れていたんだ。だから私は、堪え切れなくなった。

 嫁の心を奪った兄を。私ではなく、兄を選びそうになりつつある嫁を」


 えっと、ニマス戻って……ん?

 信じていた身内に裏切られる。一マス戻る。


「――えっと、聞いているのか」

「ああ、すまん。双六に夢中だった」


 まんま、こいつのマスじゃねえか。


 ああ、ある意味……ここに来て、人生は少しだけリセットしたのか。

 あのまま監獄にいて、自由を奪われて五マスも六マスも進むのなら。

 ここへ来て、あんたは今、幸せかい?


「……まあ、要するに。嫉妬に狂い、兄を殺してしまってな。

 嫁は泣いていたが、すぐに心は私の下へ戻って来た」

「兄貴が可哀想じゃね?」

「……ああ、悪いと思っている」

「でも、嫁を捨ててあんたはココへ来た」

「捨てたのではない……強制連行されたのだ、お前に」

「あ、そっか」


 一、二、三……。


「人生の、ゴールッ!」

「――っ! な、なんだ急に!」


 パコン、とゴールした駒を放り投げる。

 駒は後ろに飛んでいき、エリアスの傍へと落下した。


「それ、俺のせいかもよ」

「は……?」


 俺はなぜだか、やつに話した。

 自分の体質のこと、自分が戦争道具にされそうになっていたこと。

 包み隠さず、全部。


「……なるほど」

「だから俺は全てを許さない」

「幽体……そんなこと、ありえるのか」

「知らん。もしかしたら、注射を打たれすぎてどっか身体がおかしくなったのかも」


 そう言いながら立ち上がる。

 やつの元へと近づいて、首筋の生々しい痕を見せてやった。


「……ひどい」

「俺が、か?」

「違う。その研究員だよ」


 おかしなやつだな。

 変に人に同情なんてしやがって……。


「その研究員は、キミの呪われ体質を好機と見て戦に使おうとした。

 あわよくば、自分たちには被害がでないように。

 こういうことだろう?」

「ああ、そうだな」

「キミは許さなくてもいいよ、その研究員を。そして、キミのことに最後まで責任を持てず捨てた母のことも、許さなくていい」


 どうして。

 許さなくて良い?


 あはは、許しを乞うのが人間様じゃねえのかよ。


「呪われ体質に導かれたとはいえ、キミを捕まえて襲った犯人達のことも、許さなくていい」

「……お前、俺のこと許さないんじゃねえのか」

「ああ、キミのことは許さない。強制連行したキミのことはね」


 何を、意味わかんねーこと。


「だがキミは許す」

「ちぐはぐだぞ、おい」

「キミの人格は許そう、ということだよ」

「――?」

「キミもまた、呪われ体質の被害者。だからこんな島という存在が成り立った」

「意味、わかんね」


 ああ、もう。調子が狂うな……。

 こんなに人に、褒められたことはない。俺が悪いのは、俺がよく知ってる。

 なのに、許さなくていい? テメェが許す?


「混乱するわ、こんなん」

「……一緒に、考えよう」

「何を、だよ」

「キミの呪われ体質。それをどうやったら、最小限に食い止められるか」


 ……無理に決まってんだろ。


「例えば、研究に研究を重ねて……服装とかどうだ? 端から見れば、普通の人に見えるような」

「誰が造るんだよ」

「え、えーっと。私が造ろう、いやっそんな知識はないが、研究員の資料を読み漁ればそれなりには知識が載ってるんじゃないのかなー……とか」

「アホくさ」


 手に持っていた駒を、エリアスにぶん投げる。

 それは見事に、額へとヒットした。


「いてっ」

「あははは、マヌケな悲鳴だなあ」

「うぅ、酷い言い草だねえ」

「――っあはは」


 なぜか、笑いが止まらない。

 腹の底から笑えてくる感覚を、不思議に思う。


「……あんたの真剣さは伝わった」

「じゃあ」

「それとこれとは別だ」

「……ぐう」


 どうせ、島の外に出せ、嫁に会わせろ……とか言うんじゃないだろうな。


「あ、でも一つ条件をやるよ」

「……なんだ?」

「俺の体質が無くなるのは無理だとして、この島で罪人達の殺し合いを見ながら、俺が俺自身を殺すまで付き人として寄り添うってのはどうだ」


 ああ、俺は何を言ってるんだろう。


「自分で自分を殺す? そんなこと可能なのか?」

「戯け。そんなことが可能ならとっくにやってる。その方法が見つかるまでってことだよ」

「……ふむ」

「んなこと俺自身が一番願い、一番わかってねえっての」


 駒を手で弄りながら、再びボードの上に置いた。


「ましてや物理的に殺せるのかもわからねえ。心の拠り所を見つけることで、成仏ができるのかすらもな」

「……成仏くらいは出来るんじゃないのか? 幽霊だし」


 アホか。そう言い、再び駒を投げた。


「いてっ、痛いって……」

「簡単に言ってくれるなよ」

「罪人を許すことで、幾分も違うのでは」

「……」


 どれもマヌケな回答に、俺は無言で駒の入った箱を持ち上げた。

 箱の中で擦れ合い、じゃらじゃらと音を立てる。


「わー、待て、待て! それを投げるな!」

「……はああ、やっぱお前といるのやめようかな」

「ぐ、冗談だ。悪い連中を寄せる体質ならば、引き蘢ればどうだ!」

「籠っても集まるんだよ。それで解決すりゃ、とっくにやってるわ」


 どさっと箱を降ろす。

 この一つ一つをやつにぶん投げてやろうかと思ったが、なんとか思いとどまった。


「……わかったよ」

「もう嫁には会えんぞ」

「キミのこと、放ってはおけまい」

「……バカだな」



 ――ああ、あんたはバカだ。

 あくまでも殺し合いを強要させている俺の言葉を、一から百まで信じるあんたは、バカ以外の何者でもない。



 *


「なあなあ、私はわかったんだ!」

「何をだよ、無駄にテンション高くてうざいな」

「ぐぬ。まあ、聞けよ」


 まったくもって、理解に追いつけない。

 こいつの頭はお花畑か?


「えいっ」

「ぬがっ」


 突然と、視界が遮られる。

 何かを被せられたようだ。


「あああ、何なんだよ!」


 少しキレ気味に反応し、被せられた主の正体を手で掴んだ。

 触った感触は、帽子の鍔である。


「ふふん、どうだ。これがお前の呪われ体質を遮る、私の策だ」


 どやっ、満足げな表情で俺に喧嘩を売ってくる。

 ……こんなので、防げるわけないだろう。そう喧嘩腰で返そうと思ったが、こいつはこいつなりに考えていてくれたことに気付く。


「きっと、お前の視線がダメなんだ」

「視線?」

「ほら、メデューサだって、見つめると石になるだろう? それと同じ理論さ」

「……見つめてねえのに、町全体に悲劇が起こった時点で論外」

「まあまあ、いいじゃないか。似合ってるよ、おっと……キャップ付きの帽子とくれば、この服装はどうだろう? そんなヨレヨレな姿じゃ、監視者としての威厳がないぞ!」

「ヨレヨレはテメェも同じだろうが。余計なお世話だ」


 着せ替え人形の着せ替えモードを楽しむかのように、エリアスはどんどんと服を用意してくる。

 ったく……俺はお人形様じゃねえってのに。


「完璧だ!」

「――アホか」


 エリアスに鏡を見せつけられる。そこには、うまく鍔付き帽子で目を隠し、明らかに、どう見てもそこらの配達員にしか見えない恰好の俺がそこにいた。


「……なんだこれ」

「これで、キミの呪われ体質は軽減する……はず」

「ちっ」


 どうやら大きさを測るために、二着あったようだ。

 もう一着はこいつに似合いそうだなあ……そうだ。


「のわっ!」

「お返しだ」


 ぽすっ。やつに帽子を被せ、同じように服を羽織らせてやる。

 これで、お互い様だ。


「あははは、悪くないなあ」

「何を、喜んでんだよ」

「だって私達、お揃いだぞ! あははは」

「……笑いどころがわかんねえよ――でも、悪く、ねえかも」


 あんたの好意、どうにか受け取ってやらあ。

 エリアスが笑う姿を見て、再び自然な笑みが……零れていた。




 ――それから、エリアスは俺の相棒になった。

 仕事は分担。エリアスが罪人を寄せ、俺が全ての傍観者となる。


 新たなルールも付け加えた。

 頑張ったやつには食い物を与える……それを廃止し、島という島を発展させた。

 もちろん、ゲームを降りた罪人を働かせて。


「やあ、いらっしゃい小さな罪人よ」


 こうしてまた罪人の殺し合いを加速させるのだ。

 罪を犯そう思考がなければ、俺の体質の影響を受ける人々がかなり、減る。

 人の闇さえなければ、俺の体質も幾分、邪悪ではなくなる。




『――嫌だ、嫌だよう!』


 さあ、闇を抱えた罪人よ、その身を犠牲に殺し合え。


『――くん、いやあああッ!』


 もしも、いつしか俺という存在が、この世から消滅するのなら。


「……死なば諸共」



 その時は俺と一緒に、消えてくれ。

 哀れで貪欲な罪人さんよ――。




             罪人の双六 END

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