四話 感情の赴くままに
「……俺は、死んだ」
死にたい願望が増幅したが故に、生きたまま棺の中に納まったのだ。
思い出した。棺の中で死を待つ中で、とある声が聞こえてきたのだ。
『……では、被験者は自らの意思で死んだと』
『はい。彼らもまた、被験者に狂わされた尊い犠牲かと』
『そうか。戦争に使うため、更なる力を期待したのだが……仕方ない』
あの薬物は、俺の「世を不幸にする」力を増幅させるための物だったらしい。
本来ならば激しい痛みと頭痛のみで害はないが、あの場には残念ながら誰も監視する者はいなかった。
幸い、棺の中も覗かれなかったがために、ひっそりと息を引き取る結果となった。
納得、した。
最初のヒョロっちいのも、その後のギャルも。
俺のせいで死んだ。俺の犠牲になった。
全ては必然。
食中毒も、謎の脳出血も、俺が呼んだ災い。
「……憎い」
途端に、憎しみが身を包む。
「全てを呪ってやる」
人に負の意識があるから、俺なんかの力に惑わされる。
「罪は――片っ端から殺さねばならない」
それでもまだ、正常な意識が残っているのなら。
俺は誰かへ向けて、手紙を書いた。
誰にも見つからないような、こんな場所で。
誰かに見つけてもらおうとわずかでも期待したこの手紙を、俺の遺体が眠る棺に納めた。
ふとステンドグラスを凝視しながら、脳裏に思い描く。
……俺は今から、コイツになる。
人々に死を見せる存在。
悪魔、アロケル。
――これが、罪人の殺し合いの始まりだった。
「はっ、はっ――ぐわあ!」
――地下施設
「一、二、三……ふう。おっと、また人生のゴールへと落ちたか」
壁に張り付けられた真横のボードから、一つの駒が真っ赤に染まり上げ落ちる。
「……一、二、三っと」
俺は手元の双六を相手に、一人で賽を投げながらその醜い殺し合いを楽しんでいた。
「ん……? 三マス戻る? ……よしっと、なに。スタートへ戻る? ああ、やっちまった。
リスタートの連鎖だ」
駒を動かしながら、一人で念仏のように唱えた。
もう誰も邪魔しない。もう誰も咎めない。
罪人は必然的に、俺に惹かれてやってくる。死の連鎖を求めに、やってくる。
「……暇だな」
暇だ。
俺は少しの余興を楽しむために、外へと繰り出した。
――罪人島
「ひゅー、さすがだねえ」
「あ……あなたは」
「いい殺しっぷりだよ。これ、今日のお礼」
そう言い、食べ物の袋をどさっと手渡した。
まだこの島が然程、発展していない時の話。
「あ、ありがとうございます」
「……今後も期待しているよ」
荒れ狂う罪人達。焦げ臭い良い匂いを醸し出す発火薬。
悶え苦しむ悲鳴。欲の為に刃を振るう、貪欲なやつら。
「はは、貪欲なやつらは、何度見ても飽きねえ」
愉快、愉快。
俺はただ島を歩き、一娯楽として楽しんだ。
誰も……俺が死体だとは気付かない。
「――アロ、ケル」
「ん?」
震える声の主の方へと振り返る。そこには血相を変えた、背の高い野郎がいた。
頬は煤に塗れ、今に襲ってきそうに剣を構えている。
「おう、何だね……エリアスくん?」
「お前は、こんな殺し合いを楽しんでいるのか。傍観して、娯楽として」
「今更、だよ。あんたも殺人鬼なら、その人殺しってやつを楽しめばいいじゃん。
だって、皆……命を掛けてやってんでしょ?」
こいつが何で、怒っているのか理解不能だった。
中には笑いながらその刃を振るうやつもいるってのに……。
「私は、好きでこのような」
「言い訳無用。ほら、邪魔だよーん。俺は帰って双六をしなきゃ、だからね」
しっし、と厄介払いするような手の動作をする。
……なんなんだ、こいつは。
皆、皆、殺人鬼は楽しみながら罪を犯しているに違いないんだ。
金のためにやってる、生活のためにやってるに違いないんだ。
俺は、金のために誘拐された。
俺は、楽しむ放火魔の姿を見た。
俺は、ボランティアと銘打って弱者を喰らう汚らわしい獣の姿を見た。
「……どいつもこいつも」
「待て!」
「ああッ、なんだようるせえなあ!」
黙らない男に、キレ気味に反応を返した。
俺が何をやったっていいだろう。
こんな悪魔に説教を垂れたって仕方ないって、なぜわからないんだ。
お前達は必然的に導かれやってきたってことを、教えなければならないようだ。
「テメェに、俺の何がわかるってんだよ」
「……わからない。でもな」
「黙んねえと、その命……消すぞ」
ぐっと男の胸に近づき、一つ拳を当てた。
このまま押し込もうと思えば、こんな柔なやつ、簡単に吹っ飛ばせる。
「……私は家族がいるんだ」
「知らん」
「家族を護りたかったんだ」
「……ちっ」
それで許してもらおうなんて、アホ臭い。
「兄が悪いんだ。私の嫁を……泣かせて」
「知らんよ。それでぶっ殺していい理屈になるならば、警察なんていらないだろう?」
「悪い、とは思ってる。だから、早く更生して、また家族を護るため」
「うるせー、俺に導かれて罪を犯し、この島にやってきたってのに。
説教たれんな!」
「……何を、言ってるんだ?」
どうせテメェらにゃ、理解できない。
この呪われた体質を、極限にまで引き出された俺は世界をも呪いかねない力を持った悪魔なんだぞ。
俺の……力に惑わされた……ただの人間が。
「待て、待てって!」
「しつけえんだよッ!」
どこまでも、どこまでも、ついてくる。
うるさい、うるさいうるさい、近づくな。消え失せろ、罪人どもが……ッ!
「アロケル!」
「――なあ、エリアス」
「な、なん、だよ?」
ああ、もう面倒だ。
こんな聞き分けのないやつは、殺してしまおう。
それがいい。
「あんた、罪人のくせにゴチャゴチャ言ってんじゃねえぞ……」
やつに狂気の目を向け、口元を不適に歪ませた。
「あ……か、はっ」
やつの肩にナイフを突きつけ、痛いだろう、苦しいだろうと声をかけながら何度も押し込む。
「ぐ……っ」
「はっ……?」
一瞬ただ寄りかかってきただけなのかと思った。
しかしやつは、次に両腕で抱きしめた。
なんだ、俺を殺そうってえのか。いい度胸じゃねえか、バカ。
……けれど、そうじゃなかった。
「私も、辛い」
「知ったことか」
「けど、キミも辛い」
「ふざ、けんな」
「最初から、悪魔なんて、いないんだよ」
「罪人如きが説教たれんな」
「なんらかの要因が……弾けた時、人は、人のために、あ……クマに、なれ――」
ふざ、けんな。
血が……やつの血が、どくどくと広がっていく。
肩で息をしながらエリアスは虚ろになっていく。
もう……喋る気力もなさそうだった。
「――しょうもねえ」
俺が、殺した。
「なんでテメェは、俺に突っ掛かってきたんだよ」
……呪いとか、そんなの関係なく。
ただの憎悪で、実力行使でやつを殺めた。
「――俺は」
『はあああッ!』
「……なっ!」
こっちに突っ込んで来る、一人の罪人。
おいおい、嘘だろ。ルール違反だろ。
明らかにその刃は、俺を狙っていた……。
「いっ!」
途端、身体が突き飛ばされる。
痛い……だが、俺に刃は当たっていない。
「……おい?」
気付けば息も絶え絶えに、エリアスが覆い被さっている。
俺が刺した傷とは別に、膝にかすり傷程度のものを貰っていた。
「アホか」
「……アロケル、覚悟しろ!」
「ああ、テメェは仕置きな。覚悟しろよ」