エピローグ 延々と続く物語
「あー、重かった」
「……アロケル」
地下。
亡くなりつつある旭氷と、既に息を引き取った男を回収したアロケルは、お気に入りの椅子にどっかりと座る。
壁に描かれた双六ボード。
男の駒は真っ赤に染まり上げ、ボードの上に存在しない。
旭氷の青い人型の駒が、半分ほど赤色に浸食されていた。
ぷらん、とぶら下がり、今に落っこちてしまいそうだ。
「さすがに、あの子のことを考えろ」
「はあ? 個人の問題で、個人の情で、ルールを無視して助ける?
それこそバカだろう」
エリアスはアロケルに反論できる口を持っていない。
だが今回ばかりは、許せなかった。
それは今も尚、生きている人間として。
「ふざ、けるな」
「ああ?」
「ふざけるな、私だって、情くらいはあるッ!」
「……ちっ」
怒りを露にするエリアスに対し、アロケルは舌打ちをすると双六の駒を手に取った。
一つ、投げてキャッチすると、黙らないエリアスの口元に突っ込んだ。
「んぐっ……!」
「少しは冷静になれ、ばーか」
駒を口から取り出すと、少しは冷静になれたようだ。アロケルに向けてお辞儀をすると、またいつもの冷静さを取り戻す。
「確かになあ、あんたの言う通りだよ」
「……アロケル」
「だが、情に流されすぎて贔屓だけはしたくねえんだよ」
「ひ、いき」
「それこそ真面目に頑張ったやつらがバカを見る。褒められるように、俺達にベタベタ媚を売った罪人だけが生きられる世界――。
そんな世界で、律儀にルールを守って戦いたいと思うか。思わねえだろう」
「――すまない」
アロケルの島に対する思想は、誰よりも堅く誰よりも強かった。
そして誰よりも罪人を恨み、誰よりも復讐を望むのだ……。
「見ろ」
「……っ」
「やつが、息絶えた」
やがて青い駒は完全に赤へと染まり、ボード上からその存在を消した。
「なあ、こう考えようや」
「……」
「もう辛い双六ゲームから退出できた、と」
「……くっ」
「歩かなくていいんだ。苦しまなくていいんだ。必要以上に人を恨まなくていいんだ。
……妬まなくていい」
アロケルは諭すように語った。
もう、何をしなくてもいいんだと。
何の心配もいらないのだと。
「なあ……」
「なんだ、アロケル」
「延々と、ボードの上を歩き続けなきゃなんねえ存在ってのも、結構体力がいるんだぜ」
「――」
「辛くても、休むというマスがない。苦しくても、リセット……スタートへ戻るがない。
どんなに怒りに震えても、ゲームから降りるという選択肢すら与えられない」
ああ、そうだな。
アロケルの囁かな呟きに、エリアスは小さく頷いた。
「――ふふっ」
「アロケル」
「だれか、俺を引きずり降ろしてくれねえかな。恨みの塊を。
マスの上で参加者を喰らう、悪魔を」
「――いつか、現れるといいな」
アロケルは深い、深い、ため息を吐いた。
何度、味わっても飽くなき戦い。
それと同時に、マスの上から降りてしまいたい気持ちも強いのだと、アロケルは囁いた。
「罪人が生まれ、この島に辿りついて、罪人に殺され、罪人が消え、また罪人が生まれる。
この負の連鎖を止めてくれ」
「……アロケル」
「お前は俺の傍に」
「この命が尽きるまで、寄り添おう」
――ああ、神に愛されず、人生に狂わされた者達が、今宵も狂い狂わされ罪を犯すんだろうなあ。
誰にも止められない負の連鎖を……。
いつか、誰かの手で。
――あんたの手で、終わらせてくれることを願っているよ。
――また一人の若者が、こうして罪を重ねてやってくる。
「……これ、は」
――とある青銅の教会。
その祭壇に捧げてある、謎の棺。
「――っ」
ごくり、唾を飲む音が静寂を切り裂く。
ドキドキと心臓が止まらない。
一体、この中に、何が――。
そっと蓋を開けた。中には……。
「はっ、こつ」
綺麗に保たれた、白骨化した誰か。
そこには、一つの古びた手紙があった。
ところどころシミがついていて、少し乱暴に扱っただけでも今に破けてしまいそうだ。
恐る恐る、慎重に……シミのついた古い手紙を開く。
『これを拝見した罪人様へ』
古すぎるため、字がぼやけていて、読み辛い。
しかし彼は、まるで食いつくように魅入った。
内容から目を離さず、一言一句を読み取った。
『私は決してあなた方、罪人達を許すことはないでしょう。
誰よりも、誰よりも、どんな理由であれ、どんな形であれ、罪を犯すあなたを、許さない。
けれど、私の願いを一つだけ聞き入れてくれるなら、私はあなたに頼みましょう。
この怨念の具現、人に制裁を加える死の悪魔。
あなたの力で呪われた怨念を浄化してみせなさい。
人には闇があるから人なのだと、その刃で証明してみせなさい。
呪われた体質に幾度となく導かれても、その力で闇さえも受け入れてみせて。
私はずっと、待っている。
あなたが私を殺す日まで、ずっと、ずっと――』
誰が書き連ねたのだろうか。
来て日の浅い彼には、理解不能だった。
さて、今日も飯のために罪を重ねるか。
彼は手紙を元に戻し、棺の蓋を閉める。
その手の刃を持って、罪を狩りに、罪を犯しに戦場へと繰り出した。
――終わらない負の連鎖が、今宵も始まった。
――さあ、罪人よ、殺し合え。
――――――全ての罪が、消えゆくその時まで