最終話 永遠と、さよなら
「……っ」
頭が、痛い。
苦しい……視界が、真っ暗だ。
自分は、どうなったんだ。
わずかに残る意識に集中し、自分は今ある状況を確かめた。
「……は、はっ」
息を吐くのもやっとの状態。地に伏せ這いずり回るように振り返る。
そこにいたのは、自らの死を、自らの敗北を、あんなに楽しんでいたやつの哀れな姿だった。
やつが落ちた場所は運が悪く、森の中にひっそりと佇む岩には、やつの脳をかち割った惨劇が残っていた。
真っ赤な痕がべったりと。
やつの脳からは大量の血液が噴き出し、全身を包むかの如くドクドクと流れ出ていた。
それでもやつは、笑っていた。
なんで、そんなに笑顔になれるんだよ。
わからない、自分が死ぬというのに。世界に愛されなかったというのに……。
なんで、笑っていられるんだよ?
「は、はっ」
胸の中に溜まる息をなんとか絞り出し、また這いずり回るように、やつから背を向けた。
いか、なきゃ……。
シオンの、元に……。
――いか、な、きゃ。
幸いなことに、木がクッションになっていたお陰で生きていられた。
しかしやつの銃弾をまともに受け、地面に勢いよく衝突したせいもあり、足が言うことを聞いてくれない。
折れた、のかな。
「う――」
腕の筋力だけで進む。
一歩、また一歩と、砂が擦れる感覚に打ち勝ちながら、シオンを目指す。
あの洞窟まで、戻らなきゃ。
シオンが、待ってる、のに。
「――!」
「旭氷、くん……?」
これは幻影なのだろうか。
なんで、シオンがこんな場所に……?
彼女はこんな哀れな姿に成り果てた姿を見るや否や、悲鳴を上げた。
「やあああ!」
「はぁ、はぁ、う、ぐ――」
「いや、ダメ、死んじゃうよ……助けて、ねえ助けてよ!」
シオンは誰かに助けを求めた。
頑張って顔だけを上げる。背が高く、とてもじゃないが今の視界では顔を拝めない。
けれど、声でわかった。
「すまない、旭氷。よく彼を打ち破ってくれた」
「褒めている暇なんて、ないの!」
「……あぁ、感情に流されここまで来たが。一応私も、アロケルの下……」
「お願い、助けて」
「あぁ、わかったよ」
大きな手が、背中に触れる。
身体が誰かに拾われていく。
そんな時、少しだけバランスを崩してシオンの胸へともたれかかった。
「旭氷くん……こんなに、血、だらけ。
わたしの、わたしの……ために」
「……――シ、オ、ン」
「うん、うん! わたしだよ、旭氷くん!」
待ってて、今助けるから。
そんな慌ただしい声を聞けただけで、十分だ。
その後、エリアスの背中に預けられる感覚があった。広い背中を、死にそうな身体で一杯に、感じていた……。
「おい」
「……っ、アロケル」
「その野郎をどこへ連れていく気だこのタコスケ」
最悪のシナリオ通り、アロケルに見つかったらしい。
「違うんです、アロケル様! だ、だって、旭氷くんは、あの男を倒してくれたんですよ!
称賛とか、生かして、あげるとか」
「ダメだ」
厳しいアロケルの声が、場を凍らせた。
息をするのも、やっとな自分にだって場の空気くらいは感じ取れた。
「それとこれとは別だ。葬式くらいはしてやる」
「……や。やだ、よお」
「確かに地下へ戻りゃ、息がある限りはそれなりの治療で生かしてやれるよ。
だがあれはスタッフ……いや、罪人に手を出された場合のエリアス用だ。
テメェら罪人の分際で使うもんじゃねえ」
――嫌だよう
彼女の泣き叫ぶ声が、耳に届いた。
どうして……ここまで泣いてくれるの。
もういいよ、そんなに辛い思いをしてまで泣かないでもいいんだよ。
そう告げたかったが、何を喋ろうとしても空気のような声しか出ない。
「ならば、私が許可をしたらどうだ」
「ダメだ。テメェも罪人に油売るくらいなら、少しは動けノロマ」
「……彼は、その功績を認められないのか」
「認める認めないの問題じゃないんだよ。こっちの都合でそいつだけ助ける?
ふざけんな、じゃあ今まで死んできた罪人はどうなる。情すらも掛けてもらえなかった罪人は!」
尤もな、意見だった。
「それこそ不公平だろうが!
少しは自身の頭で考えやがれッ!」
「……っアロケル」
「そこの女も、諦めろ。俺が責任を持って、約束通り島の外で供養してやるよ。
……その男は、島の中で弔ってやるからな」
すると、アロケルは自分のポケットに歩み寄り財布を抜き出した。
「おら」
泣きじゃくるシオンの元へと突きつける。
……ああ、もう、自分は。
「この金。この野郎の財産。少しでもあんたの生きる明日へと繋がれば、本望だろうよ」
「や……」
「……」
「いやあああ! いやなのっ!」
――ズドンっ。
地面に鋭い穴を開け、彼女の銃弾がやつの目の前に落下した。
「……テメェ」
「助けてくれないのなら、わたしが助ける!
あなたを倒してでも、罰を受けてでも、助けるんだああ!」
「――……覚悟しろよ」
やつは完全に、堪忍袋の緒が切れている様子でシオンにガンを飛ばす。
ふと木の根元に身体を置かれ、エリアスは両腕を使ってシオンを引き止めていた。
「やめろ、そんなことをして何になる!」
「離して、離して!」
「すまない、アロケル。ここは私に任せてくれないか。キミに歯向かったことはよく説教をする。
頼む……」
「ちっ。ああ、イライラする」
アロケルは自分を通り過ぎると、死んだ強敵を担いだ。
「……ほら、どけ」
男を肩に担ぎ、自分の身体をも抱えようとするアロケル。
もはや、選択肢はなかった……。
「いやああ、旭氷くん!」
「行くぞ、エリアス」
「――っあぁ」
アロケルの脇に抱えられ、どんどんとシオンから遠ざかっていく。
……ごめんな、シオン。
最後まで……約束、護れなくて。
――ごめん。