十九話 共に堕ちろ
――ズドンっ。
勝負はやつの銃撃で始まった。
一撃を剣で防ぎ、瞬時に真横へと飛ぶ。完全にやつの背後を取れそうな位置まで移動し、背中を目掛けて突っ込んだ。
やつはその刃を素早く避ける。だが、自分の位置は丁度、やつの銃口に位置していない。このまま振り返り剣を回せば、奴の頬ぐらいは斬れるだろう。
……今だ。
――――ッ。
「はぐッ……」
「甘いぞ、坊主。そんなんで、よく生きてこられたな? ああ、彼女に護ってもらっていたのか」
「は、はっ……くッ」
ダメージをもらった肩を抑えながら、やつを睨め付けた。
……どうやら、二丁、もっていたのか。
「かはっ」
肩から血液が流れ出る。
身体が、重い。
「……やめだ、やめだ」
「――っ」
「これじゃあただの弱い者イジメ、そうだろう?」
屈辱だ。バカに、された。
なんで……何も、出来ないんだよ。
こんな、こんな、こんな時に限って――。
くそッ、自分にそう嫌気が差した。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
「くッ!」
「あーらら、諦めの悪いガキだなあ」
一歩、二歩、三歩……。
もはや闇雲としか言えない剣戟を必死に繰り返す。
しかしやつにはかすりともしない。
ガタイの割に軽い身のこなし。こちらが対立しているのが、バカらしく思えてくる。
ガンっ。途端、剣が特定の位置から動かなくなった。
銃と激しい火花を散し、そこで受け止められている。
思い切り力を入れても、動かない。おかしいな、接近戦ならこちらの方が……有利なはずなのに。
「かはっ!」
身体が遠くに吹っ飛ばされた。
やつは足を使って、腹部を蹴り飛ばしてきたのだ。
「あぐぅっ!」
青銅の床に叩き付けられ、抵抗する間もなく突っ伏した。
相棒の音が虚しく響き、青銅の床にスリップする。
「諦めな」
「……はっ、は、は――」
「貴様にゃ無理だ。やつの命令と言えど、帰って泣き寝入りするしかねえ。やつには俺から伝えておくよ、あんなに可哀想な命令はやめてやれってな」
視界が……薄くなっていく。
もう、立つことも苦しい。
――なんで、自分は何もできないのだろう?
もっと、自分に力があれば。
そう、嫉妬の……力、を。……こいつを殺す、力に変えて。
できる、はずだ。
自分ならできる。
シオンを護る矛と成り得る。
――殺さ、ないと。
「……なんだ?」
「うっ、ああ、あああッ!」
「――面白い」
身体の内側から、何かが迫り上がって来る。まるで身体の中に黒いマグマが溜まっていて、今にも噴出してしまいそうだ。
相棒を再び手にし、興奮するその身体を自ら、押さえ付けた。
態勢を整え、やつを睨む。けれどもやつは、その嘲笑するような表情を崩さない。
「はあ、はぁ」
「あぁ、アロケル。あんたは確かにやべーやつを送りこんできたよ。
彼女のためなら暴走だって厭わない、やべえやつをな」
肩の痛みが、引いていく。確かに血は、流れ出ているはずなのに。
打ち付けられた痛みが嘘のように消え去っていく。まるで戦闘前に戻ったように。
身体が、軽い。
これなら、どんな敵でも穿てそうだ。
「あああぁ――ッ!」
「ちッ」
やつはにこやかな表情を崩した。
焦るあまり、めちゃくちゃに銃を乱射し、青銅の教会の到るところに銃弾が転がっていく。
身体が軽いお陰で、自分に飛んで来た銃弾は全て防いだ。
……これが、自分の力。
エリアスも認めた、感情を爆発させた時の――力。
「……っ!」
やつは勢いよく教会の窓を体当たりでぶち破り、自分から遠のいていく。
そんなこと、させるはずがない。
「あ、はは。余裕ねえかも」
そうやつが愚痴を零した瞬間、剣に何かを切り裂いた手応えを感じた。
「あっぐ――ッ!」
二丁の銃を構えながら、やつはよろめいた。
膝を負傷したらしい。ズボンは剣のせいでぱっくりと斬れ、血がゆっくりと流れ出ている。
「は、はあ、くそ。アロケル、あんたの見立てに間違いはなかった……。
当初の予定通り、俺が面倒を見てもいいんだろう?
――あはは」
猪突猛進の自分に対し、やつは何度か銃弾を撃ち込んだ。
どこを狙っているんだ、大きく的外れ、あちらこちらの木の幹に撃ち込む。
周りの木々が銃撃乱射のせいで重心が支えられなくなり、倒れ込んできた。
これくらいなら。
倒れ込んでくる木の乱舞をかわすことに専念する。
――それが仇となったのか。
「……ぐああッ!」
銃声と共に、膝に銃弾が撃ち込まれた。
痛い、苦しい、こんな……はずじゃ。
……こんなに強い力を手に入れても、暴走していないはずのやつに、勝てないのか。
つくづく、自分というやつは……。
――ガンッ。
銃のグリップで頭を殴られ、意識が朦朧とする。
……なるほど、道理で、今まで誰も勝てなかったわけだ。
――こいつは、強い。さい、恐……理解、した。
「終わりだ坊主」
「――っ!」
銃を構えるやつを相手に、伏せそうになる身体で飛び上がり剣を振るった。
やつの銃が宙を舞い、どこか遠くの木の影に消えてしまった。
「ぐ――ッ!」
銃が、俺の銃が、腕が!
そんな悲嘆の声が聞こえてきた。
どうやら、最後の一撃はやつにとって大打撃だったようだ。
「――死ぬ。この俺が、負ける……?」
手負いの状態で、やつは片手で銃を撃ちながら少しずつ退いて行く。
あんなに余裕そうな表情が、今では死ぬことすら喜ぶように、顔を歪めていた。
……笑って、いたのだ。
口角を上げ、涙を流し、狂ったように息吐くような声で笑っていた。
なにが、そんなにおかしいんだ。
もはや動けそうにない身体に鞭を打ち、ジリジリと詰め寄った。
剣を両手で構え、傷む足を引きずり、やつを、やつを――。
「だ、めだ」
「……」
「もう、終わりに、しよ」
「――っ」
「あはは、罪を犯した俺達に、地獄の制裁を!」
ぼたぼた、片手を失ったやつの腕から、滝のように溢れる血液。
その痛みを諸共せず、やつはまだ健在の片手で、銃弾を撃ち込んだ。
自分に、ではない。
……自分の後ろにある、亀裂に、だ。
「あは、あはははは――」
「っあああ!」
「さようならだ、この世とも、俺を追い詰めた勇者とも、罪の意識からも!
何もかも、さようならだあ……!」
亀裂は銃弾の衝撃により、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
重い身体が、重力に負けて更に重くなっていく。
下へ、下へと引っ張られる。
「今日は、祭りだあ――っ!」
「――ああぁッ!!」
自分たちは、奈落の底へと消えていく。
崖下へと、消えて、いく……。