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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
五章 下された命令
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十七話 監視者の命令

「……旭氷くん」

「なに?」

「わたし、穢されちゃった」

「うん……」

「旭氷くん、わたしね、嬉しかったの」


 彼女はそう語りかけた。

 今まで誰にも見向きされないで、一方的な愛が通り過ぎて、誰の目にも止まらなかった。

 だから自分が、シオンのことを許してあげたことに余程の感動を覚えたらしい。


「……初めて、なの」

「初めて?」

「先輩のいじめを助けてあげる時ね。ずんって、心が飛び跳ねるような衝撃を感じて。

 ドキドキが止まらないし、顔を合わせるのも恥ずかしい。

 あぁ、コレが恋なのかなって思ってた」


先輩……彼女が一目惚れで、一方的にストーキング行為に出てしまった憧れの……。


「でもね。旭氷くんに出会った当初は、先輩と同じ感動を覚えたの。

 ……でも、旭氷くんがわたしの行動を許してくれてから……衝撃、というよりも。

 心がほっとして、ずっとドキドキ止まらないの」


 彼女の心は内側から叩くかの如く、自分の胸に鼓動を早めていた。


「……もっと一緒にいたいって思った」

「……」

「もっと、もっと。笑い合いたくて、くだらないことで言い合えて、ちょっとは喧嘩もするけど。

 永遠と傍で寄り添いたいと思ったの」


 わからない。

 この答えが非道だ、ということはわかっていても、恋なんてしたことのない自分に恋を語らせたって到底、良い答えなんて返ってきやしない。


 でもシオンは、精一杯に想いを伝えた。

 こんな最低な自分をも、好きになってくれた。


「……だから、わたし、あなたのために何でもするの」

「――!」


 彼女は胸に埋めていた顔を上げ、熱い吐息混じりの声で顔元に近づいて来る。


 そっと、唇に触れた。彼女の、唇が。


「――っ!?」

「あはは、旭氷くん顔、真っ赤っかだよ」


 これが、俗に言うキス……だよな。

 初めての感覚に、何が、どうなって、何て声を掛けていいかわからずにただただ焦った。


「……ふふっ」

「シオン……?」

「旭氷くん、大好きっ!」


 彼女が首元に手を掛け、また覆い被さるように唇を重ねてくる。

 けれど今度は、先程のような触れる程度のキスではなくて……。


「んっ、旭氷くん――」


 ねっとりとしたキスが、気持ちを高めた。

 先程まで泣いていた一少女は、艶かしい表情で絡み付いてくる。


「もう、嫌なの……」

「――シオン」

「もう、穢されるのは、嫌なの」


 舌を銜えるように、彼女は深く、深く堪能した。

 熱い。火照るような感覚は、シオンだけでなく確かに自分も感じ取った。

 これが、男女の……繋がり?


「ずっと、ずっと、これからも側にいてよう」

「……うん」

「この戦い終わって。島から出たら……ううん、島の中でもいい。

 結婚、しよ。結婚前提で、お付き合いするの」

「――わかった」


 彼女だけは、失いたくない。

 ああ、何があっても……彼女となら何でもできる気がする。


「――っあ」


 ポケットの中で、幸せを砕く振動が始まった。

 ……自分の、携帯が、鳴っている。

 こんなに幸せになれたのに。まだ、自分たちを強制的に戦わせようというのか。

 まるで、引き合ってはならない、剥がれろ、とでも言いたげに。


 一度、彼女と目を見つめ合う。

 シオンもまた、しっかりと頷いてくれた。

 一体、何の用事だろうか。


「……もし、もし」


 震えた声で応対する。と、向こう側から空気の読めない声が聞こえてきた。


『よく、やつから逃げ延びたな。いや、逃がしてもらった、かな?』

「……アロケル」

『だとすれば、答えは一つだろう? 彼女、あの化け物に触られて酷く傷ついたってよ。

 そんな彼女を、あんたは見捨てられるのかい?』


 もちろん、答えはノーだ。

 いずれ、やつにも制裁を加えねばならない。それはわかっているんだ。

 でも、まるで立ち向かえる気がしない。


『あの男の苦しむ姿、見たくないか』

「自分に、倒せるとは思えない」

『大丈夫だよ、その時は埋葬してやる』

「そういう意味ではなくて」

『――それとも、断ろうってか』


 電話越しからもわかる、恐ろしい声が自分の心を貫いた。

 無理だ、めちゃくちゃだ、あんなのに挑んだとしても、アロケルの命を無視したとしても。

 生きて帰れる自信がない。


『悔しくないのか、それでもテメェは男かよ』

「……覚悟は出来ている、つもりだった」

『その立派な覚悟、あの野郎を潰すだけの活力になるだろ』

「……わかった」

『ひゅー、そう言ってくれると思ったよ』


 でも、条件がある。


『あ? 俺に条件なんざ、つけようってか?

 まあいい、何でもいいやがれ。どうした』

「あの男を倒せた暁には、自分とシオンを島の外に出してくれ」

『……ほう』


 男は低い声で一つ、うなった。


『あー、声からも真剣さは伝わった。いいよ、俺からプレゼントだ』

「……」

『もしあいつに勝てたら、両者ともを島の外へ出して且つ、監獄にもぶち込まない。

 もしあいつの精神を、肉体を、瀬戸際まで持って行って、お前が命尽きた場合。

 島の外で葬式でもやってやんよ。俺とエリアスが責任を持って、供養する』


 ……アロケルにしては、優しい条件に思わず唖然とした。


『なんだよ、俺が人を認めちゃ悪いのか』

「いや……」

『……テメェは、過去最高に面白かったからだよ』


 そう告げるとアロケルは小さくため息を吐いた。


『自分の命を捨ててガキ共に島民としての生活をやろうとした時は、バカかコイツって思ったさ』

「……」

『しかし、人間の心を捨てているのかと思ってたら、あの毒殺魔の話を聞いて怖くなって、ヒーロー様を拒絶するなんて人間らしいところが出た』


 何が、言いたいのだろう。


『ちっ、言わせんなよ。とにかくテメェはよくわかんねえ、バカ面白いやつってことだ。

 俺は好きだぜ、あんたのこと』

「バカ、面白い?」

『ああ、もういい、この野郎。とにかく頼んだぜ。

 さあ行け、俺の切り札。頑張れよ、罪人様』


 ぷつ。無機質な音が、耳元に残るように鳴った。

 男からの連絡は切れたようだ。

 

「旭氷くん、もしかして」

「あぁ、アロケルからだった」

「……行くんだね」


 何かを察したように、彼女の口から心配の意が零れた。

 彼女の言葉に大きく頷くと、シオンもまた膝を抱えて静かに言った。


「ごめん、わたしがあいつを仕留めていれば」

「シオンのせいじゃないよ」

「……わたしも、本当は付いて行きたい。二人の方が断然、有利だもん」

「無理、しなくていいよ」


 彼女が何を言いたいのか、大体はわかった。

 あの男の元へ向かおうとする自分に付いて行きたい気持ちは半分、それでもあの男と対峙したくない恐怖の気持ち半分、といったところか。


「……優しい、ね。やっぱり、旭氷くんは優しいよ」

「……シオン」

「もし環境が違っていたのなら、旭氷くんはここにいるべき人間じゃないよ。

 こんな島で残酷な人間になるべきじゃないんだよ」


 わかっている。


「何があっても……もうサイコパスだけにはならない。気持ちを強く持って、この身が悪に染まらないように。

 大切な物だけは、しっかりと見据えていくよ」

「……うん、気を、つけて」


 ――死なないで。


 彼女は去り際の自分に、そう呟いた。


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