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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
五章 下された命令
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十六話 穢された少女

「はっ、は、は――っ」


 息を整える。

 

 まるで神々しい教会のような建物の扉を開ける。

 随分と古いのか、所々さびていて、開けるのにも一苦労だ。


 扉が開かれると、やけに天井が高く、行き着く奥の場所にはステンドグラスで描かれた謎の絵と祭壇。

 絵の側まで歩み寄り、じっと見つめる。


 色とりどりのグラスで描かれた、黒い翼を生やした典型的な悪魔。

 そいつの目をじっと見つめているような、ただの人間。

 しかしこの人間は普通ではなく、頭を抱えて今に死にそうなほどゲッソリしていた。


「……趣味が悪いな」


 それよりも、今は彼女だ。

 ふとここで、祭壇の上に謎の棺桶を発見した。

 ……これは、なんだろうか?


「……」


 開けてはならない、気がした。


「……シオンを探そう」


 後でいくらでも、見て回れる。

 今は彼女だ。


 再び、青銅の建物の中をうろつきはじめた――。





 あれから十分ほど経っただろうか、建物内の扉を開けてばかりだ。

 無駄に広いこの教会に、少々嫌気が差す。


 ――。


 わずかだが、謎の声を聞き取った

 青銅に響き返る声を頼りに、彼女を探す。

 一体、どこにいるんだ……?


 迷路のような造りを抜け、やがて一つの部屋に一人の少女の影が見えた。

 自分は迷わず、その影の元へと走り出す――。



「……や、だ」

「シオン……」

「――ッ旭氷くん?」


 涙で頬は濡れ、顔は真っ赤だった。

 彼女の姿を見て、思わず息が詰まる。


「や――、見ないで」

「……っ」

「こんな、こんなわたしを見ないでよう!」


 彼女の四肢は自由を奪われ、挙げ句に黒い帯びで目を覆われている。

 あられもない姿に、思わず目を伏せた。

 彼女は下の衣服を剥ぎ取られていた。上を纏い、ショーツだけの姿になった彼女を見て、唇を強く噛み締める。

 なんて、酷いんだ。

 どうしたら、こんなに酷いことを。


「……な、酷いだろ?」

「――っ!」


 真後ろから、低い声が自分の身をガッチリと押さえ付ける。

 ……気付かなかった。


「こんなに、可哀想な姿なんだぜ?」

「――あんたが、シオンを。あんたが、アルカを」

「……自分の女だけでなく、他人の女にまで気い遣うのか? 気疲れするだろ」


 今なら納得だ。

 こんな下劣な男に殺されてしまった、アルカに同情を示した。


「……まえ、が」

「なんて?」

「――お前が、全ての元凶かあッ!」


 怒りに身を任せて剣を振るった。

 この剣も、自分に対して語りかけている気がした。

 ……この刃は自らの欲を満たすためではない。

 こういう時のため……、悪人を裁くためにある刃だと。


「うおっと、気性が荒いねえ」

「はあ、はぐっ」

「あはは、もうバテてんじゃん」

「……ぐぅ」


 思ったように腕に力が入らない。思ったように身体が動かない。

 ……でも、シオンだけは。

 こんな、姿にされた、シオンの仇、だけは。


「いいよ、その女。もういらね」

「……っ」

「殺そうと思ったけど、殺す前にヒーロー様が登場したしさ。

 情だよ、情。さ、お逃げ……哀れなラム肉さん」


 子羊の肉であると、余裕な態度をやめない男に対して今に、刃を向けてやりたかった。

 でも……。


「旭氷、くん。ダメ、だよ、死んじゃう、よ」

「ほら、彼女さんもこう言ってるぜ」

「この男は、ダメ、なの」

「――その女のズボンなら、そこのクローゼット。さあ、早く行かないと、狼さんが食べちゃうぞ?」


 お使いを頼まれた赤ずきん。しかし道端で絶対的な狼に出会い、おばあさんの元へと辿り着く前に狼の胃の中へ。

 そして猟師にも、誰にも見つかることなく狼の養分となっていく――。



 ……そんな、救いのないストーリーはごめんだ。



 彼女を縛り上げるロープを切った。

 四肢が自由になると共に、彼女は自分に抱き付く。

 次に目隠しを取っ払うと、泣きすぎて充血したであろう瞳が目に映る。


「旭氷くん!」

「シオン、遅れて、ごめん」

「――ううんっ!」


 彼女を護る、そう言ったのに。

 結局、自分は何もできないクズじゃないか――。


「感動の再開は、お家でやってくれよな」

「シオン、行こう」


 何も、ならないのはわかっていた。

 けれど最後に、男を睨み上げて威嚇する。この威嚇が届いたのか、届いていないのか。

 ……いや、届いていないのだろう。

 やつはずっと、にこにこしていた。

 一度も、不機嫌にはならなかった。

 ……気味の、悪いやつ。

 

 

 ――青銅の教会を抜け、側の小道に入る。近くには誰にも見つかりそうにない、洞窟があった。

 この穴にひとまず身を隠そう。


 穴の中に入り、彼女はすとんと腰を降ろした。まるで魂のない、抜け殻のように落ちる彼女を見て改めて拳を握った。


 彼女の肩を支え、震える身を慰めた。

 どうして、どうしてこんなことに。

 怒りと憎しみ、やつに対しての憎悪が膨れ上がっていく。


「……ごめんなさい」

「謝ることはない。だって、シオンは被害者じゃないか」

「ひ、がい……そ、だね、でも」

「……でも?」

「ヒーロー失格だよ。もう誰かを護るなんて安易に言えないよう」


 それは、違う。


「自分は、何度もシオンに助けられた」

「……それは」

「確実に! シオンは自分にとっての、ヒーローだよ。カッコいい、英雄だよ」

「――旭氷、くん」


 今できる、精一杯の笑顔で答えた。

 シオンは悪くない。悪いのは全部、あいつだ。あいつじゃないか。


「……ありがとう」


 彼女もつられて、ふっと笑みが溢れた。

 あいつだけは、この島にいてはいけないのだ。完全無欠のあいつにも、何か穴はあるはず。

 弱点を、探れ。そうすればきっと。


「……旭氷くん」

「な、なに?」


 少し難しい顔をしていたようだ。彼女は不安そうに、自分の顔を見てきた。

 何かを言いたげのようだが、その先の言葉に迷いがあるのか、出て来ない。


「……たし、っ」

「どうしたの、何でも言って」


 彼女に目線を合わせ、再び肩を撫で下ろす。

 彼女の身体は小刻みに震えていた。それが悲しみなのか、恐怖なのか、自分には理解してあげられるだけの脳がない。


「……優しいんだね、旭氷くん」

「……優しく、ないよ」

「ううん、優しい。こんなストーカー女ってわかっても尚、寄り添ってくれるんだもん」


 ……彼女の暖かい笑顔を見ているだけでよかった。

 優しいなんて、こんなにも偽りのない本音……初めてだ。

 こんな自分が優しいわけがない。嫉妬深き存在が優しい訳、ないんだ。


「……わた、しね」

「うん?」

「……たし、あの男に、穢されちゃった――」


 涙混じりの声で、顔を隠して彼女は訴える。

 ……大体の、予想はついた。

 けど、改めて言葉で聞くと、胸に伸し掛かる感情が苦しくて、余計に気分が悪い。


「あっ、ひぅっ、旭氷くん、どうし……どうしよ」

「シオン――」

「こんな、こんなに汚い、よごれた子なんて、旭氷くんに嫌われたらどうしようって、思っ……」

「ごめんね」


 自分には何もできない。

 だからせめて、彼女の心を癒してあげる風に抱きしめた。

 胸で息をするように呼吸が浅い。

 やっぱり、自分は……下劣な男を許さない。


「うぅ、ひぅっ、あさ、ひく……」

「よし、よし。大丈夫」

「――うあああああぁ」


 彼女の背を優しく叩き、宥めてあげた。無力な自分には彼女の心の在処にしか、なってあげられないのだから。

 これくらいは、させてほしい。


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