十五話 無情な電話
「これからは二人で行動しよ! ほら、敵が攻めて来たら……一人よりも二人の方が対処しやすいし」
実際に、自分もそれでやられてしまったのだ。
あの毒を飲んでいたらと思うと今でも背筋がゾッとする。
人の善意に付け込む、か。ある意味、一番の強敵だったかもしれない。
「うーん、とりあえず共に行動するからには、お財布は二人のもの!
頑張って生き延びようね!」
ガッツポーズをしながら、こちらに微笑みかけてくる様に見蕩れていた。
罪を犯す前に、こんな明るい子に出会っていたとして。
……いや、考えるだけ無駄だな。
罪を犯し、この島にやって来たからこそ、シオンに出会えた。
それでいいじゃないか。
「ん、あれ。電話だ」
着信のバイブが、彼女のポケットで震える。
電話の主は、まずあいつしかいない。
「はい、もしもし」
電話を速やかに取るシオン。これも、やつを怒らせないための機敏な行動なのか。
「……っ、やっぱり。そろそろかと思いました」
彼女は電話に対し血相を変える。
一体、何事だろうか。
「――はい。そうですね、わかりました」
どうやら電話は終わったようだ。案外、短かったけど……。
「アロケル、なんだって?」
「え? や……ちょっと、雑用を手伝ってくれないかって」
あいつが、雑用を押し付ける?
そんな訳はない。あくまでも罪人は罪人なのだろう?
……いや。あの兄弟を助けた時、彼女を特別視していたし。
ありえなくも、ないのか。
「なんでも、エリアスさんが手、離せないから。わたしが代わりに、資料をまとめてほしいんだって」
「……本当に?」
「もう、エリアスさんのことをボロボロに言ってたよー。
役立たずだろう、とか。帰ったら仕置きしてやるとか!」
確かにアロケルなら言いそうだけど。
「旭氷くんはここで待っててもいいよ。じゃあ行ってくるね」
彼女は手を振ってアロケルの元へと行ってしまった。
さて、なけなしの三千円は帰って来たが……これからどうすればいいんだ。
「……動きたく、ない」
動いたらまた、襲われてしまうだろう。
シオンがいない今なら、尚更。
でも、いつまで経っても彼女に縋ってばかりではいられない……それも事実。
誰かを殺さなければ、自分がいつの日か死んでしまう。そんな馬鹿げた行為なんて、彼女が許さないだろう。
どうする。今からでも狩りに出るか。
「……エリアス、自分はどうすればいいんだ」
自分の殻に閉じこもっても仕方がない。
……狩りに出るか。
重い腰を上げ、コンテナの外へと歩き出す。
自分の実力では鴨が精一杯。どこかに都合良く鴨がいないだろうか。
* * *
「きゃ! そんなに武器を振り回さないでくださーい!」
刀を抜刀し、獲物を追い詰める。
しかし獲物はとんでもない策で迎え撃ってきたのだ。
「は、はわわわ」
商店街の裏路地、壁際まで攻め込んだ。このまま一気に持っていけば、金が手に入る。
と思った矢先、ぽすっとスカした音が耳に張り付いた。
――ぷすっ、ぷすっ、ぽふっ。
目の前には、大きく膨らんだエアバッグ。
「さ、さいならですう!」
この混乱の隙に、彼女はエアバッグを足場にして壁の向こう側へ逃げてしまった。
少しの苛立ちと共に、エアバッグを剣で破る。
まるで自分は、子兎一匹も捕まえられないくらい狩りが下手な、空腹の獅子。
なにか別の策を練った方がいいのかもしれない。
自分には追いかけ回すだけの体力がないし、知的な作戦の方があっている、はずだ。
「……はあ」
その後も罠を張ったり獲物に声を掛けてみたり。持てる策は全て行ったが、まったく思うようにいかなかった。
……ロスト。
生きるためには手段を選ばない。なぜか一番に厄介だった敵の策を思いつく。
いやダメだ。善人のフリをして近づくなんて、自分には向いていない。
ううん、そもそもできない。
それに毒を持っていない。
「どうしよう」
行く先も思い浮かないまま、ただ獲物を探し彷徨い続ける。
無駄に歩いているだけな気がした。
それでも、とりあえず歩くしかない。何もしないまま突っ立っていたって、金は増えないのだから。
「……あれ」
ふと、酒場の前でアロケルの姿が見えた。
また誰か、掟破りの行動でもしたのだろうか?
しかし、何か様子がおかしい。
アロケルが、そこら辺の岩を足蹴にしている。
「……あの野郎、くそッ。ああ、つまんねーつまんねーつーまーんーねーえ!」
「落ち着け、アロケル」
「うっせえ、落ち着けるか! 幸い、あの野郎はまだ子羊ちゃんで遊んでいるがな。
また血祭りにされたら、あの野郎に賞金を捧げなけりゃなんねえ。
あー、誰か仕留めてくれるやつが現れねえかなあ俺だッ! とかってさ」
一体、何の話をしているんだ?
もう少し近づいて様子を――。
「ビンゴ。救世主さんが現れたぜ、エリアス」
「……まさか、キミが?」
アロケルは指をパチンと自分に向けて鳴らし、にたりと気持ちの悪い笑みを浮かべる。
なんだか、誤解されているような。
「あ、でも無理かあ。未だに一人も殺せない狩り下手な狼ちゃんに、あの巨人を潰せるわけねえ」
「アロケル、そんな言い方は」
「期待外れだな。忘れてくれ」
……嫌な予感がする。
あの時、シオンは言っていた。
アロケルの手伝いをするから、と。おまけにエリアスは手が離せないと告げていた。
それらの事実がまったく、矛盾している。
「どうした、旭氷? 顔色が優れないぞ」
「たぶん、急に怖くなったんだよ。まあいいけどねえ、掟を破って島から逃げ出しても」
アロケルはやれやれと首を振る。
……けれど、アロケル。そうじゃないんだ。
「シオン、知らないか」
「ああ? あのヒーロー女?」
「――知ってるんだな」
アロケルの発言から徐々に、彼女がどこへ消えたのか、やつにどんな命令をされたのかが繋がっていく。
「知りたいのか。テメェ、やめとけよ。大きな口を開けられて、一瞬でバクリだ」
身体のジェスチャーを交え脅すように動作する。
「――教えてくれ」
ここで退いてはいけない。その態度がアロケルに届いたようで、やつは舌打ちの後に、諦めた風な言葉を告げた。
「……ちっ、命知らずだな。仕方ねえ、そこまで言うんじゃ、教えてやるよ」
――走った。
とにかく、走った。
息が上がっても、今に倒れてしまいそうでも、胃が痛くて、口が乾いて、呼吸ができなくなりそうでも。
「はっ、は、は――っ」
青銅造りの、謎の建物。
それは木々に覆われるように静かに佇んでいた。
街からはそれなりに、離れていた。