番外編 落ちぶれ貴族 後編
村を出て、色々な町を転々とした。
キミは今どこにいて、何をしているのだろう?
何日も、何日も、明くる日も、探し続けた。
――ある日、一つの町で情報を得た。
どうやら一人、山小屋で暮らす女性がいるらしいと町の人は言う。
その山を教えてもらい、僕は信じて山を登った。
頂きの先にアルカがいると、本気でそう信じて。
――やがて一つの小屋を見つけた。廃材の独特な腐臭、湿気に覆われた小屋。
キミは今、こんなに苦しい生活を強いられているのかい?
待っていて、僕もキミと同じ末路を辿る覚悟はできているから。
「……アルカ」
「――え?」
山小屋の扉を開いた時が僕達の再会の時だった。
互いに服は薄汚れ、もうあの時のような高貴な姿は見られない。けれど、これでいいんだ。
大切な人に会えた、今を喜べたらそれでいい。
「ああ、本当に。本当に――ロスト様なのですか」
「アルカ。お待たせ」
きゅっと彼女の背を撫でるように抱きしめた。自分が人殺しだなんてアルカは到底、思いもしないだろう。
――いいんだ。
こうでもしなければアルカに会うことなど、一生掛けてもなかったのだから。
「ロスト、様?」
彼女の麗しい唇に、キスを落した。しばらくは驚いていたものの、少し経てば彼女も受け入れてくれた。
互いの体温で愛を感じた。
心臓の音が、二人を介して優しい音を奏でる。
「……ん」
「アルカ、会いたかった」
「私も、ですわ。ロスト様……ふふっ。知らないうちに大きくなられて。
もう、あなた様はあの時のワガママな子供じゃないんですね。
この召使いアルカ、少し、寂しい気分です」
この瞬間を、どんなに待ちわびただろうか。
僕は、キミとならばどこへでも行ける。
「ロスト様。私はどんなに苦しくても、あなたとなら、どこへでも行きますわ」
「アルカ。あぁ、僕もだよ」
額を合わせ、二人で笑い合った。
またあの頃の幸せが帰ってきたことに、僕は多大な幸福を感じていた。
大好きだ、アルカ。僕はキミしか愛せない――。
「……キミがロスト・エルドラ、だね」
「――あぁ」
「村娘、一人毒殺したって……誰が知ろうか。しかし何れ、見つかるだろう」
その幸せも束の間。
再開して一週間が経つ頃に、突如として謎の手紙が届いた。
その手紙と同時に現れた謎の男……。
「エリアス・ペルキサス。よろしく」
「――僕は」
「キミを案内するように、とある人に申し付けられてね。悪いが、罪を犯した以上はついてきてもらうが、異論はないかい?」
「――はい」
もっと、もっと、いたかった。
……アルカと一緒に、幸せを噛み締めたかった。
「お待ち下さい!」
「アルカ……?」
アルカは突然と男を引き止めた。
一体、何をする気だろうか。
「エリアス様、その罪は本当なのでしょうか」
「あぁ、なんなら放置してみるかい。また一ヶ月も経つ頃に、戻ってこよう」
「いえ、事情はわかりましたわ」
アルカはすぅっと息を吸い込み、エリアスたる男の前で告げた。
「私も連れて行ってください」
「……なに?」
「私も、ロスト様のお傍に」
「殺し合いを強要させるのだぞ」
「構いませんわ」
「……変わった娘だな。なるほど、了解した。もう一人にはそのように、伝えよう」
……アルカは、僕と一緒に島へと渡った。
それが共に島で生きた、理由――。
* *
「あ、るか……?」
あの男に捕まってから、アルカは余計に衰弱していた。
青銅で出来た気味の悪い施設で、汗をだくだくに苦しそうだった。
「ろ、スト……様」
「アルカ、アルカぁ! 待ってろ、今……手当を」
身体に隠し持っていたガーゼと包帯を取り出した。しかし彼女はいつ息を引き取ってもおかしくない状態だった。
血をなんとか食い止めようと、頑張った。
でも……何度、抑えても止まらない。血が、とまらない――っ!
「はぁ、はう……」
「アルカ、待ってろ、今、今……」
このまま命、失う瞬間を待つなんて嫌だ。嫌だ、嫌だ。アルカは生きるべき人間なんだ。
僕よりもッ! 死んではいけない人間なんだッ!
「……もう、よいのです」
震える手で、アルカは僕の手を取った。
冷たい。今に消えそうな命で。
「……お願い、が」
「なんだ? なんでも、なんでも言ってくれ!」
「――ス。も……いち、だ、け」
彼女が何を言いたいのかはすぐにでもわかった。
それで安心して天国へと旅立てるのなら、僕は何度でもキミのお願いを聞こう。
「ん――」
柔らかい唇にそっと重ねた。
ああ、身体は今に凍えてしまいそうなのに、キミと繋がっているこの瞬間が、こんなにも暖かい。
彼女の命を、感じる。こんな残酷な島で必死に生きようとした、彼女の証を感じる。
彼女が求めるままに貪った。消え掛けの生命を拾うように、指を互いに絡ませ合った。
僕は、今までキミに何をしてあげられただろうか。
心臓の音が無音の世界でうるさく叩く。
いっそのこと……僕の心臓の音も止まればいいのに。
一番、生きてはいけないやつが、生きてしまうなんて。
――この世はなんて残酷で、不公平なのだろう。
「アルカ……」
アルカの、心臓の音が、聞こえない。
それでも彼女は、笑っていた。
安らかな笑顔だった。アルカ――綺麗だよ。
今のキミは、最高に――綺麗だ。
「――ロスト・エルドラ。今までよく、彼女を護り抜いた」
こんな醜い島で、あの男の言う通りに動いて、罪に関係のない人物を護り抜くなんて到底できないことである。
「あぁ、キミには感服だ。せめて、大好きな彼女と共におやすみ」
エリアスはそっと彼の遺体を抱きかかえる。
愛……。故に罪を犯す。
皆が自分の命を優先する中で、キミは何度彼女の名を呼び、何度護り抜いただろう。
「……」
港の近くの、静かな林の中。
そこには開けた林の広場と呼ぶに相応しい空間があった。
彼女の墓の隣には、彼の墓を。
「……ロスト。恐らく私は、キミの勇士を忘れないし、何者かに操られるが如く参りに来るのだろう」
彼の遺体を埋めると、エリアスは静かに手を合わせた。
今度は幸せになれるようにと、輪廻に願いを込めて。
「……ロスト様」
「――アルカ、アルカ、なのか」
二人は誰にも邪魔をされない時間の中で、互いの体温に触れ合った。
「もう、二度と……離れないよ」
「えぇ、私もです」
延々の時は、彼らを二度と引き離しはしないだろう。
愛し合うからこそ、信頼できる。信頼できるからこそ、互いの愛は誰にも壊せない。
それが彼達の、たった一つの愛の形――。