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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
四章 貴公子
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十四話 毒殺魔の最期

「……似てたの」

「自分が? 先輩、に?」

「うん。だから、助けたくなって。追いかけてたら、いっつもピンチになってるから。

 助けた、つもりだった。でも、キミはわたしのことを避けた」


 なるほど。

 自分がピンチになると駆けつけるわけだ。それに、彼女は言った。


『ヒーローになっちゃったから』


 ヒーローになったから、この島にいる。

 この事件が理由だったんだ。


「あの時、用事があるから席を外していたの。

 まさかロストに目をつけられているなんて思わなくて。なんともないと思えばこんな場所に監禁されてて」

「……そっか」

「あいつが……あの快楽的殺人者が来たのは偶然だよ。あいつのお陰で助かったところは、正直言ってあったかな」

「……正直に話してくれて、ありがとう」


 ロストの言う通りだった。彼女の自己満足だった。

 でも、自分はそうは思わない。話を聞いてすっきりした。

 最初から彼女のことをもっと知っていれば、この未来は変わったのだと思う。

 あの時、彼女の勇気が少しあれば。

 つい先程、自分が最後まで彼女のことを信じ続けていれば。

 だから、自分は彼女を許そう。彼女にも、自分のことを許してもらおう。 


「シオン、よければ友……いや、おこがましい、かな」

「……ううん! 友達、友達になって、くれるの?私と? こんなストーカー女と?」


 焦って彼女は質問攻めを繰り返す。

 ……本当に、嬉しかったんだな。自分も友達はいなかったから、正直に嬉しい。


「――っ。旭氷くん、ありがと、大好きだよ!」


 再びハグをしてくる彼女。突拍子もなく飛びついてきたものだから、思わず地面に倒れ込む。

 それでも彼女は嬉しそうに抱き付いていた。

 ……こんなに人に喜ばれたのは、初めて。


 彼女を優しく抱擁した。

 胸の奥でなにか暖かくなる感覚があった。彼女は自分にとって人生で初めての、大切な人になったのかもしれない。


「旭氷くん、わたしを見捨てないでね」

「……うん」

「何があっても、嫌いにならないでね」

「大丈夫だよ」

「えへへ、旭氷くんの胸の中、あったかい」


 本当に……この時間が幸せだった。

 ずっと、ずっと、時間が過ぎなければいいのに。

 そう感じることができた。


「……旭氷くん!」


 しかし、幸せな時間でいることを許してくれない残酷な島。

 のっそり、のっそりと明らかに歩みの遅い新たな敵が舞い込んだ。

 ……いや、高級そうな服装に身を包んだ、あの恰好は。


「……貴様ら――だ」

「旭氷くん、気をつけて」

「貴様らの、せいだ」

「飛び火はやめてよ、わたし達は何もしていない」

「貴様らのせいだッ!」


 カッとなり、こちらを凄い険相で睨みつけてきたロスト。

 その瞳は、どこか虚ろで、どこか憎しみに満ちていて、どこか――イッていた。


「貴様、らのせいで。アルカは、アルカは」

「バチが当たったんでしょ。あの女が傷ついたフリをして善人を騙して。

 嘘が誠になったのよ」

「貴様が、あの男を呼んだに違いない。この疫病神が……」


 何を言っても、まともにやり合えない雰囲気だ。


「……ダメ。完全に壊れている」

「はは、ははは。はははは、ははハハ――」

「旭氷くん、逃げて。武器はコンテナに投げ捨てられていたわ」

「だから、嫌いなんだよ。ヒーロー気取りの偽善者様は。

 偽善者様には、見捨てられた者の気持ちがわかるか。わからないだろう」


 世界に絶望を感じた時の顔つきだった。

 もう歩く気力もなさそうに、ただ武器を持たず無防備に近づいていく。

 当然、警戒していた。やつは表情一つ変えずに、ただシオンに歩み寄る。

 何をする気だ?


「き、さ、ま、ら――」

「な、何? 何なの……?」

「――あ、ああ」


 やつは胸ポケットに手をかける。そこから何かをゆっくりと引き抜いた。


「……え?」


 気付けば、やつはやつ自身の首筋に注射器を刺していた。何かを注入している?


「――偽善者」

「……っ偽善者じゃ、ないよ」

「あの男にあったらあ、よろしく、な」

「え……?」

「――必ず、仇、と、あぐ……かはッ」


 注射器の中身は全て男に注がれた。

 やつは途端に異常反応を起こし、血反吐を繰り返す。

 身体全身の痙攣が止まらない。天を仰ぎ、死に悶えていた。

 あの綺麗な白目ですら、面影はないくらいに充血していく。


「ロスト、どうして!」

「ああ、アルカぁ、い、ま、ソッチ――」


 やがて力尽きたロストは、ぴくりとも反応がなくなった。


「……バカ。自分の女の仇くらい、自分で取りなさいよ、バカ男」


 瞳孔が開いたまま、口端を吊り上げて倒れている。

 きっと、死に際にあの女性を見たのだろう。

 シオンはやつに近づき、瞼に触れるとその目を伏せた。

 彼の死に手を合わせ、黙祷を捧げる。

 仮にも死闘を繰り広げてきた相手のはずなのに。

 シオンは今まで触れてきた敵、全員に黙祷を捧げているのだろうか?

 だとしたら、頭が上がらない。


「大丈夫、ロスト。キミの仇は必ず取る。ねえ、わたしに言ったよね。捨てられた者の気持ちがわかるかーって。

 わたしは両親に見捨てられたって何も思わなかったな。

 でも、何かを失う怖さは理解しているつもり。

 わたしがあなたを追い払うだけで生かし続けたのは何でだと思う?

 ……あの女の側にいるあなたが微笑ましくて、幸せに満ち満ちてて。

 こんな素敵な時間を、奪っちゃだめだなって思ったからなんだよ」


 シオンは冷たくなっていくロストの手を取り、そう語り掛けた。

 彼女の表情は慈愛で一杯だった。大切な者を護りたいだけでなく、彼女は分け隔てなく優しい。本物のヒーローに思う。


「……シオン」

「行こう旭氷くん。武器の回収もしなきゃだし、これからの方針を決めよ。

 一人より二人ってね!」


 「その前に」と彼女は彼のポケットの物色を始めた。

 ビンゴ、ポケットから財布を取り出し、金を抜き取った。


「このお金、大事に使わせてもらうね。あなたの分まで、頑張るから」


 ……彼女に手を引かれながら、ただロストの遺体を眺めていた。

 やつも、やつでこの戦いに……人生に狂わされた一人なんだよな。

 そう思うと胸が痛む。


 とても安らかに眠っていた。それが綺麗にすら見えた。

 未練なんて感じさせないほどに。


「……ロスト」


 最後まで隣に置いた彼女のことを気にしていたお前は、とてもカッコいい。


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