十四話 毒殺魔の最期
「……似てたの」
「自分が? 先輩、に?」
「うん。だから、助けたくなって。追いかけてたら、いっつもピンチになってるから。
助けた、つもりだった。でも、キミはわたしのことを避けた」
なるほど。
自分がピンチになると駆けつけるわけだ。それに、彼女は言った。
『ヒーローになっちゃったから』
ヒーローになったから、この島にいる。
この事件が理由だったんだ。
「あの時、用事があるから席を外していたの。
まさかロストに目をつけられているなんて思わなくて。なんともないと思えばこんな場所に監禁されてて」
「……そっか」
「あいつが……あの快楽的殺人者が来たのは偶然だよ。あいつのお陰で助かったところは、正直言ってあったかな」
「……正直に話してくれて、ありがとう」
ロストの言う通りだった。彼女の自己満足だった。
でも、自分はそうは思わない。話を聞いてすっきりした。
最初から彼女のことをもっと知っていれば、この未来は変わったのだと思う。
あの時、彼女の勇気が少しあれば。
つい先程、自分が最後まで彼女のことを信じ続けていれば。
だから、自分は彼女を許そう。彼女にも、自分のことを許してもらおう。
「シオン、よければ友……いや、おこがましい、かな」
「……ううん! 友達、友達になって、くれるの?私と? こんなストーカー女と?」
焦って彼女は質問攻めを繰り返す。
……本当に、嬉しかったんだな。自分も友達はいなかったから、正直に嬉しい。
「――っ。旭氷くん、ありがと、大好きだよ!」
再びハグをしてくる彼女。突拍子もなく飛びついてきたものだから、思わず地面に倒れ込む。
それでも彼女は嬉しそうに抱き付いていた。
……こんなに人に喜ばれたのは、初めて。
彼女を優しく抱擁した。
胸の奥でなにか暖かくなる感覚があった。彼女は自分にとって人生で初めての、大切な人になったのかもしれない。
「旭氷くん、わたしを見捨てないでね」
「……うん」
「何があっても、嫌いにならないでね」
「大丈夫だよ」
「えへへ、旭氷くんの胸の中、あったかい」
本当に……この時間が幸せだった。
ずっと、ずっと、時間が過ぎなければいいのに。
そう感じることができた。
「……旭氷くん!」
しかし、幸せな時間でいることを許してくれない残酷な島。
のっそり、のっそりと明らかに歩みの遅い新たな敵が舞い込んだ。
……いや、高級そうな服装に身を包んだ、あの恰好は。
「……貴様ら――だ」
「旭氷くん、気をつけて」
「貴様らの、せいだ」
「飛び火はやめてよ、わたし達は何もしていない」
「貴様らのせいだッ!」
カッとなり、こちらを凄い険相で睨みつけてきたロスト。
その瞳は、どこか虚ろで、どこか憎しみに満ちていて、どこか――イッていた。
「貴様、らのせいで。アルカは、アルカは」
「バチが当たったんでしょ。あの女が傷ついたフリをして善人を騙して。
嘘が誠になったのよ」
「貴様が、あの男を呼んだに違いない。この疫病神が……」
何を言っても、まともにやり合えない雰囲気だ。
「……ダメ。完全に壊れている」
「はは、ははは。はははは、ははハハ――」
「旭氷くん、逃げて。武器はコンテナに投げ捨てられていたわ」
「だから、嫌いなんだよ。ヒーロー気取りの偽善者様は。
偽善者様には、見捨てられた者の気持ちがわかるか。わからないだろう」
世界に絶望を感じた時の顔つきだった。
もう歩く気力もなさそうに、ただ武器を持たず無防備に近づいていく。
当然、警戒していた。やつは表情一つ変えずに、ただシオンに歩み寄る。
何をする気だ?
「き、さ、ま、ら――」
「な、何? 何なの……?」
「――あ、ああ」
やつは胸ポケットに手をかける。そこから何かをゆっくりと引き抜いた。
「……え?」
気付けば、やつはやつ自身の首筋に注射器を刺していた。何かを注入している?
「――偽善者」
「……っ偽善者じゃ、ないよ」
「あの男にあったらあ、よろしく、な」
「え……?」
「――必ず、仇、と、あぐ……かはッ」
注射器の中身は全て男に注がれた。
やつは途端に異常反応を起こし、血反吐を繰り返す。
身体全身の痙攣が止まらない。天を仰ぎ、死に悶えていた。
あの綺麗な白目ですら、面影はないくらいに充血していく。
「ロスト、どうして!」
「ああ、アルカぁ、い、ま、ソッチ――」
やがて力尽きたロストは、ぴくりとも反応がなくなった。
「……バカ。自分の女の仇くらい、自分で取りなさいよ、バカ男」
瞳孔が開いたまま、口端を吊り上げて倒れている。
きっと、死に際にあの女性を見たのだろう。
シオンはやつに近づき、瞼に触れるとその目を伏せた。
彼の死に手を合わせ、黙祷を捧げる。
仮にも死闘を繰り広げてきた相手のはずなのに。
シオンは今まで触れてきた敵、全員に黙祷を捧げているのだろうか?
だとしたら、頭が上がらない。
「大丈夫、ロスト。キミの仇は必ず取る。ねえ、わたしに言ったよね。捨てられた者の気持ちがわかるかーって。
わたしは両親に見捨てられたって何も思わなかったな。
でも、何かを失う怖さは理解しているつもり。
わたしがあなたを追い払うだけで生かし続けたのは何でだと思う?
……あの女の側にいるあなたが微笑ましくて、幸せに満ち満ちてて。
こんな素敵な時間を、奪っちゃだめだなって思ったからなんだよ」
シオンは冷たくなっていくロストの手を取り、そう語り掛けた。
彼女の表情は慈愛で一杯だった。大切な者を護りたいだけでなく、彼女は分け隔てなく優しい。本物のヒーローに思う。
「……シオン」
「行こう旭氷くん。武器の回収もしなきゃだし、これからの方針を決めよ。
一人より二人ってね!」
「その前に」と彼女は彼のポケットの物色を始めた。
ビンゴ、ポケットから財布を取り出し、金を抜き取った。
「このお金、大事に使わせてもらうね。あなたの分まで、頑張るから」
……彼女に手を引かれながら、ただロストの遺体を眺めていた。
やつも、やつでこの戦いに……人生に狂わされた一人なんだよな。
そう思うと胸が痛む。
とても安らかに眠っていた。それが綺麗にすら見えた。
未練なんて感じさせないほどに。
「……ロスト」
最後まで隣に置いた彼女のことを気にしていたお前は、とてもカッコいい。