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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
四章 貴公子
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十二話 寒い寒い部屋の中で

 今に震え死んでしまいそうな中、謎の部屋の扉が開く。

 霞のせいでよくわからないが、人影だということは理解に追いついた。


「……ご機嫌はいかがかな?」

「お、前は……」


 陽気な声と共に、あの時自分を陥れた男、ロストが現れた。

 寒さに強いのか、外見は防寒具など着込んでいなかった。

 震える唇を噛み締め、その目線をやつに向ける。


「そんなに怒らないでくれよ、生かしてやったんだからさあ」


 眉を下げ、苦笑いをする。明らかにこちらを嘲笑していた。

 しばらく睨んでいたもの、もう抵抗する気力なんてない。抵抗したくとも、手足がかじかんでやつを攻撃する手すらも伸ばせない。


「キミを生かしてやったのには訳があるんだ。実はね、キミがあのヒーロー女と接点があること、知ってるんだよ」

「……――っ」

「アルカの情報だとね、あの女はどうやらキミのことを、自身が満足するための手段として使っているらしいよ」

「――そ、だ」


 嘘だ、と声を出したつもりだった。

 だが、口すらもうまく回らない。


「嘘じゃない。本人に聞いてみればいい。あぁいやそう死にそうな身体じゃ会いにも行けない、か」


 こんな、自分を騙した男の言葉の方が信じられるわけがない。


「気付かなかったの? あの女、巷ではあくどいって言われてるんだよ。

 なんでも、ストーカー経験がある、とか。

 愛する人のためなら他人を殺してでも手に入れるとか」


 黒い噂が一杯だよ、とあくまでも明るく振る舞うロスト。

 やつは嘗めるように、バターナイフのようなもので顎を押し上げてきた。


「だーかーら、条件だよ。キミを生かしてあげる。代わりに、あのヒーロー女を三人で甚振っちゃおうよ」

「……っ」

「実は僕、以前からあのヒーロー女にお世話になっていてね。

 毒殺、なんて手段を知られちゃったからさあ、他人に飲み物を渡そうとする度に厄介払いされてね。

 いやあ、ヒヤヒヤしたよ。今回もまたあの女が現れるんじゃないかって。

 でも、キミは猫という犠牲の上で助かった」


 男は顎を向けているバターナイフの先で、顎の上を滑らせるように前後に動かした。

 余裕の表情を前に、自分は何も出来ず、寒さと体力の限界で段々と眠りに落ちていく。


「ほら、まだ寝せないよ。人の話を最後まで聞く」


 チクッとした痛みがくるぶし辺りを襲う。痛みと寒さで思わず悲鳴をあげるが、男は嬉しそうに話を続ける。

 痛みの正体は千枚通しだった。こんな甘い考えだから、生き残れない。あの時、アロケルは子供達に言い聞かせたじゃないか。

 どうして、こんな苦痛に身を置かなければならないんだろう。

 あの時、油断なんてしなければ。

 あの時、二人を斬り殺していれば。

 後悔は……後から後からついて回る。


「……なっ! あの女を引っ捕らえて、その賞金を三人で山分けしよう。それがいい!」

「……だ」

「なに?」

「――嫌」


 些細な抵抗だった。

 けれど、あの子を傷つけてしまうくらいなら……自分は。


「ふうん、じゃあここで死んでもいいんだ。あっ金はもう返さないよ、ショッボイ金額でも、金は金だからね。おいしく頂きましたっと」


 やつは不満を口にしながら、千枚通しであちこちを刺して来る。

 痛い、痛い。けれどその痛みは、一気に殺してくれるわけでもなく、なぶり殺す痛みでもなく、ただの嫌がらせ程度だった。

 それがバカにされているようで余計に腹が立つ。


 そんな時、やつのポケットから何かが落っこちた。

 やけにほつれていて、薄汚れたボロボロの小さなクマのヌイグルミ。

 ……なんだって、こんなものを。

 そのヌイグルミに触れようとした瞬間、やつは血相を変えた。


「――触るなッ!」


 息を上げ、突然とこちらに牙を向ける。

 まるで別人だった。

 先の余裕どこへやら、必死の形相でクマのヌイグルミを抱きかかえる。


「はあ、はあ。くそッ、興醒めだ」


 やつはクマのヌイグルミを再びポケットに収め、立ち去った。

 妙にピリピリしていたが、とても大事な物なのだろうか。


 ロストが扉を開けた瞬間、アルカと鉢合わせしたようだ。やつは怒りを胸に留め、明るい表情を取り繕った。


「――ロスト様」

「アルカか。今終わる。さあ行こうか――ん?」


 ロストは彼女に近づく。何かの異変を感じたようだ。


「アルカ? おい、アル……」

「ロスト、様っ」


 腕にもたれ掛かるように、アルカはロストに倒れ込む。息を上げ、気持ち悪そうに震えている。


「どうした、おい、アルカ!」


 今度こそ本当のピンチ到来らしい。非道な話、当然の報いのような気がした。

 演技が演技でなくなる日が訪れたのだから。


 ロストは彼女を抱きかかえる。その時に触れた背中に違和感を覚えたようだ。

 恐る恐る目元に手のひらをもっていくと、陽気で端正な顔付は、徐々に絶望の表情へと堕落していった。


「血……?」

「様、に、げ」

「アルカ、アルカああ!」


 何者かの手がスッと伸び、まるで糸で操られた人形のようにロストの手から消えた。

 誰かに連れ去られたのだろうか。こちらからでは様子が見えない。


「う、そ、だろ。あああ」


 あの男だ。ロストは憤怒に身を滾らせた。

 瞬間、自分を放って謎の影を追いかけていった。

 恐らくロストは、この場に帰って来ない。

 ……凍え死ぬのかな。自分は。


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