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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
四章 貴公子
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十一話 信用なんて

「ロスト様、そろそろ。あの方に見つかってしまえば、この方にもご迷惑が……」

「まだ動いてはダメだ。傷が広がったらどうする。きっとあの男も、諦めるさ。

 女さえそこにいればいいような下劣な人間さ、誰かそこら辺の女性が代わりになってくれる」


 ここも愛で溢れている。

 この男女はとても幸せそうだった。互いに離れまいと、身を寄せ合っている。


「……そうだ。何かお礼をしないと」

「いいですよ、別に」

「いや、それでは僕の気がすまない」


 礼はいらないからさっさと出て行ってくれ。心の中でそう呟いた。

 男は背負っていた荷物の中から、水筒のような物を取り出した。


「こんな礼で申し訳がない。だが、ぜひ試飲してくれ。僕の家で嗜まれていた紅茶だ」


 水筒の蓋に紅茶を注ぐと、熱い紅茶が注がれる。

 正直、紅茶など飲んだことないのだが。

 どんな味がするのだろう?

 男の持っていた紅茶のカップを受け取る。


「さあ、ぜひ感想を聞かせてくれ」


 仕方ない。男の希望にそって、然程、飲みたくない紅茶を飲もう。


 しかし、この独特の匂い。正直、あまり飲む気が起きないな。


「……どうした? 紅茶は嫌いか」

「え、まあ……飲んだことがない、から」

「大丈夫、スッキリとした飲み口できっと気に入ると思うよ」


 確かになにか、飲み物は欲しいと思っていたところだが……。

 意を決し、紅茶を口元まで近づける。彼もじっとこちらを眺めているようだった。


『……?』

 

 ふと視線の先に、どこから迷い込んだのか、猫が首を傾げながら鼻をすんすん鳴らしている。

 途端、男の紅茶を猫パンチで引き寄せ、衝撃で零れた紅茶をぴちゃぴちゃと舐める。

 ――この猫のお陰だと気付いたのは、一瞬のうちだった。


「きゃふっ、かふっ!」


 猫が突然と痙攣し、苦しそうにもがく。その姿を見て、さっと血の気が引いた。

 口から血を吐き出し、徐々に弱っていく。

 ……自分が視線を男にずらした時には、既に猫はぴくりとも動かなくなった。

 男は口端を吊り上げ、一言、放つ。


「悪運の強いやつめ」

「……ロスト様。作戦は失敗にございます。いかがなさいましょう」


 弱っていた女性かと思えば、彼女はぴんぴんとした様子で立ち上がった。

 嘘、だろう?


「……お前達」

「悪いな、これが僕達の殺め方。情を引いて礼と称し毒殺する。キミには効かなかったようだね」

「残念でしたわね。この猫ちゃんにお礼を言わないといけませんね」


 騙されていた。

 完全に信用を許してしまった。不覚だった。


「襲われたのは本当さ。でも、幸い大事には至らなかった。

 紅茶が嫌いだってところ、盲点だったよ」

「好き嫌いはダメですよ、坊や」


 ぷつんと自分の中から何かが千切れた。


「おっと? なるほど、僕達とやり合おうと言うんだね」

「二対一……こちらが有利と言いますのに、無謀なお方」


 どうして、どうしてどうして――。

 意を決した優しさを簡単に裏切ることができるんだ。

 答えは一つ、それはあくまでも「他人」だから。

 皆、自分の命が恋しいんだ。自分の命が第一なんだ。

 信じるんじゃなかった、興味本意で手を伸ばすんじゃなかった――ッ!


「……のわっ!」


 自身の相棒を素早く抜刀すると同時に、ロストと呼ばれる男に斬り掛かった。

 何の合図もなかったので、完全に怯む。

 慌てて剣を取り出すが、明らかに対応が間に合っていない。

 ――ここで殺してやる。

 自分を陥れようとしたやつを。


「待った、そんなに怖い顔をするなって!」


 ――殺して、やる。

 殺意が湧いているはずなのに、どこかその先に踏み込めない自分がいた。

 少しでも信じたかったから? 少しでもこいつのことを良いやつだと認識してしまったから?

 ……いや、ダメだ。こいつには制裁を与えなければならない。

 決死の覚悟で刃を振るった。男の頭部を目掛け、切り伏せる覚悟をした。



「が――っ」


 頭部に鈍い痛みが走る。何で、こんなところで油断なんてしているんだよ。

 相手は二人いた……そう、だろう?


「ロスト様におイタをする坊やには、お仕置きですよ」


 身体が蹌踉めく。重心のバランスが取れずに、床に剣を突き刺した。

 ずんと伸し掛かる痛みに、意識が遠くなっていく。


「さようなら、坊や。またそのうち、地獄で会いましょう?」


 自分の身体能力では、所詮……ここまでなのか。

 ふっと意識が途切れる。自分が最後に見た光景は、鈍器のような物を片手に微笑む……悪魔の女性だった。






 ――身体が冷たい。

 寒い。凍えてしまいそうだ。

 どんどんと意識が回復してくる。真っ暗闇から現実に引き戻されていく。

 ……自分は殺されていなかったのか?


「うっ……」


 殴られた時の感覚を思い出し、頭に衝撃が走る。

 じんじんと頭の内側から叩かれるような痛みに気分を害しながらも、なんとか目を開けた。


「――は」


 ここは。

 寒い。霜で覆われ、うっすら霞が掛かる謎の部屋にいた。

 放置、されたのか。あぁ、ここで静かに凍え死ね、ということか。


 出口はないのだろうか。

 そう動こうとしても、身体が固まったように動かない。耳元で鎖の音が静かに音を立てる。


「……っ」


 気付けば、鉄のリングが首に巻かれ、壁と繋がっている。

 息を漏らす度に、白い息が空間に広がった。肌がピリピリするような冷たさが嫌がらせのように痛みを広げる。


「う……」


 どんどんと身体の体温が奪われていく。こんなに辛い死に方なんて――。



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