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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
四章 貴公子
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十話 美しき罪人

「……」


 雨が降っていた。ざあざあ、激しい雨音が地を叩く。

 数日前に見つけた古びたコンテナの中。以前に購入したタオルを身体に巻き付け、凌いでいた。

 自分の持ち金では、毛布なんて高い物は購入できない。

 なんとか支給された金で飯はやりくりしたが、そろそろ誰かを出し抜かなければ……本当にやばい。


 もらった財布の中身を確認する。有り金は生活必需品を購入したせいで、三千円を切っていた。

 このまま衰弱するのだろうか。


 ……先がない。

 それはそれで、いいのかもしれない。

 このままずっと、コンテナの中で座り込んでいれば、いつかは。


 ……でも自分では、恐らく人間の欲に敵わないだろう。島に来て、満腹になるという喜びを知ってからというもの、多少の空腹すら苦しく感じるようになった。

 あの泥小屋で過ごした日々の頃は空腹でも不思議と辛くなかったというのに。

 どっちの意味でも、慣れというのは、つくづく怖いものだ。


『――れ! ――い』


 雨音で掻き消されながら、誰かの声が空に響いていた。

 一体、何が起こったのか。そんなこと、気にする意味もない。

 ……けれど、少し様子を見に行くだけなら、いいかな。




「おい、しっかりしろ! くッ、雨が激しくなってきたな」


 雨対策に購入した安い透明の雨合羽を身に纏い、現場へと駆けつける。

 そこには、雨に濡れながら必死に女性を救う、男性の姿があった。


 身に着けているもの、高価そうな服装から察するに、元々金持ちの人間か。

 その育ちの良さが伝わる、まるで人形のような端正な顔――。

 男は、青いシルクのドレスに身を包んだ女性に声を掛けていた。

 まさに美男美女と呼ぶに相応しい彼らが、どうしてこんな土砂降りの中……。


「はあ、はあ。くそッどこかに休める場所は……」

「あ、あの」


 どうやら困っているようだったので、声を掛けた。そこのコンテナに来ないかと男性を誘うと、彼もまた嬉々として頷いた。


「もう大丈夫だ、アルカ。この優しい人が助けてくれるからな……!」


 ――優しい人。

 別にそんなのじゃない。ただ、困っていた風だったので誘っただけだ。

 こんな歪んだ性格の自分なんて、良い人であるはずがないんだ。

 今度、出会ったらシオンにも謝らなければならない。なんで……あの時、逃げ出したのだろう。

 自分が憎い。



 ――コンテナ


「おい、しっかりしろ!」

「すみません、火を起こせる物はもっていません」

「あぁ、気遣いありがとう。ここまで来れば大丈夫だ」


 そういえば、タオルならあった気がする。


「あ、あの、暖なら……これを」

「本当かい? ありがとう! 恩に着るよ」


 ずぶ濡れの彼女にタオルを纏わせ、少しでも濡れた身体を乾かす。

 一体、この人達は雨の中……何をしていたのだろうか?

 理解に及べない状況を必死に考えながら、雨合羽を脱いでいく。


「ん……」

「目が覚めたか!」

「……ロ、スト、様」

「もう大丈夫だ。よりによって、アレに襲われるとは我々も不運だった。

 あぁ、ココは優しい人が住んでいる場所だよ。ほら、あの人が助けてくれたんだ」

「……まあ、あの人が。優しそうなお方」


 アレに襲われていた?

 まるで何か化け物にでも襲われたような言い草だ。まさか、暴走した罪人に追われでもしたのだろうか。


「あの、アレに襲われていたって」

「え、あぁ……アレね」


 ロストと呼ばれた男は、顎を摩りながらコンテナの壁に腰を降ろす。

 思い出したくなさそうに肩を押さえ、目は彼女を見つめながら静かに告げた。


「この島界隈では有名だよ」

「……有名人、なんですか」

「あぁ、誰もキレた所を見たことがないから、行動も相まって余計にタチが悪いんだ」


 そいつもサイコパス……なのだろうか。

 誰もアレと呼ばれる生物の怒りを見たことがない、か。確かに行動と一致していない笑顔ほど怖いものはない。


「……様」

「なんだい、アルカ」

「私は、大丈夫なのでしょうか。怖いのです、もしまたアレが迫って来たらと思うと」

「大丈夫だよ、キミのことは僕が必ず護るから」


 アルカと呼ばれた女性の手をぎゅっと握りしめ、力強い男としての印象を残す。

 

「……アレがどういった人物か、わかっている情報は二つだけ」

「どこの情報ですか?」

「さあね、噂で聞いた程度だけど、実際に襲われた連中の声らしいし、筋は確かだろう」


 彼は女性を見守るように見つめると、その情報を口にした。


「一つは愉快犯だってこと。いいや、愉快を通り越して快楽的殺人犯とでも言おう。

 誰もキレたところを見たことないし、好きで人を殺めていると断定してもいいだろう」

「……恐ろしいですね」

「あぁ、本当だよ。迷惑な話だ。二つ目は、女性を生きたまま捕らえること。

 僕の方は命を狙われてたように見えたし、まるで男は邪魔だと言いたいようにね」


 男を殺して女を生かす。

 その殺人犯の目的は一体なんなのだろうか?

 女性を傷つけたくないのか、はたまたやましいことでもしたいのか。

 その答えは、男の話で提唱された。


「噂では……やつがこの島に連れられた理由は、性犯罪、らしい」

「性、ですか」

「自らの欲を満たすためなら邪魔は消す。女も、ヤリ捨てたら銃でズドンッてね。

 とにかく、危ないやつってことだよ。そのクセ、誰にも負けたことはない。

 監視者様が送る刺客すらも迎撃するって話さ」


 もしかすると、エリアスとアロケルが話していた会話はこのことではないか。

 誰も倒せるやつがいない。瀬戸際の戦いすらも追い詰めたことがない。

 ――最恐の裏ボス、というやつだ。


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