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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
三章 容赦なき刑罰
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九話 容赦なき刑罰

 リュックに詰め込んだ缶詰が意外に重い。

 途中のどこかで、腰を据える拠点があれば、いいのだけど。

 高級そうな家々が並ぶ住宅街までやってきた。


 どうやら誰にもバレていないとでも思ったのか、万引き犯は道端で盗んだものを分け合っている。

 よく見ると、まだ中学にもなってないような背丈の子供だ。

 一体、何歳なのだろう。なぜ、こんな島にいるのだろう。


「見ろよ、今日は大量だぜ!」

「うん、兄ちゃん! ――わああ!」

「どうした、拓……」


 どうやらこちらに気がついたようだ。弟は剣やタオルケット、更にパンパンに詰まったリュックサックを背負う明らかに無防備な自分に対して腰を抜かし、兄は驚いて声も出さなかった。


「キミ達、さっきのおじさんから事情は聞いた。盗みを働いたとか……」

「ちっ、下がってろ拓!」


 兄の方は立ち上がり、黒い物をポケットから取り出した。それはバチバチと目で見える電流を纏わせ、自分を威圧してくる。

 ……どうやらスタンガン所持者らしい。


「う、うぅ、くるな! こっ攻撃したら、電気ビリビリだぞ!

 さっ最高出力で攻撃してやるぞ!」


 それは困る。


「いや、キミ達を倒しに来たわけじゃなく」

「うるさあい! 出てけ、出てけ!」


 ぶんぶんとスタンガンを振り回す子供。その脅威さに、思わず何度か仰け反る。

 なんて子だ。


「く、ううう……うぅ」


 やがて威嚇してきた子供は、攻撃する力も残っていないのか、へなへなと座り込む。

 お腹を抑え、項垂れている子供の様子を見て、お腹がすいているのかと理解した。

 自分はリュックサックを降ろすと、そのチャックを開ける。

 兄弟そろって目をまん丸にさせている。相当お腹がすいていたのだろうな。


「はい。缶詰でもいいかい?」

「で、でも、これお兄さんの」

「……全部、とは言わない。けど、半分あげる」


 カラン。十個の缶詰を石畳の上に置いていく。

 子供達はこの過酷な殺人ゲームの参加者なのだろうか?

 お腹がすきすぎて、目は缶詰に釘付け。弟に限っては、涎なんて垂らしている。


「あ、あああ……ありがと、兄ちゃん」


 兄は照れくさそうに缶詰を受け取った。すると早速、兄弟二人で二つの缶詰を開ける。

 皆を虜にする、ツナの良い香りが広がった。もう一つの缶は、コンビーフが詰まっている。

 こちらもおいしそうな匂いで腹ぺこ兄弟を誘惑する。

 兄弟は互いに分泌した涎を飲み込むと、いただきますと元気よく搔き込んだ。

 さっき、余分に箸をもらっておいて正解だった。

 幸せそうに食べる姿を見て、思わず笑みがこぼれる。


「あっ拓、ほら。ツナが口元についてんぞー!」

「ほんとだ、兄ちゃん!」


 とても仲がいいんだな。

 兄はただ、弟を必死に助けたかったんだ。

 こんな兄弟だったら……よかった。うぅん、自分が僻んでいたせいで、弟は。


「……キミ達。お母さんやお父さんは、好き?」


 つい自分に照らし合わせ、そんな質問を呟いた。

 兄弟二人してこちらを不思議そうにみていたが、やがて弟の方が答え始めた。


「好きだよ! 大、大、だあいすき! 世界でいっちばん、だーいすき!」


 手で大きく丸を描き、どれほど好きなのかを身体一杯に表現してくれる弟。

 それにつられて、兄も頷くと答えてくれた。


「母さんの料理は、とってもうまいんだぜ! いっつもデザート作ってくれて、たまにはステーキとか連れてってくれて!」

「おとーさんはね! お仕事で疲れて帰ってきても、たく達と遊んでくれるの!

 肩ぐるまーって! キャッチボールも楽しいよ!」


 本当に、絵を描いたように幸せな家族の像だ。

 今更あの親に対して僻んでも仕方ないのはわかっている。

 だから精一杯、微笑んで聞いてあげた。

 羨ましいと同時に、多少の憎しみが湧いた。けれど、彼達に当たるのは間違っている。

 だから引き攣った笑顔を出来るだけ自然な笑みで、兄弟の話を聞いてあげた。

 すると、自分が気に入ったのか兄弟はその後も両親についてを語り始めた。


 ……一体、どうしてこんな子達までこの島に。

 自分は、こんなに幼い兄弟ですらも島送りにしたアロケルを恨んだ。

 それがやつを呼んだのか、はたまた来る運命だったのか。

 背後で声を響かせる。幾度となく聞いても、背筋が凍ってしまうほどの思いだ。


「よう、少年くん。今までお疲れ様でした」

「あっ、お……お前は!」

「兄ちゃんは察しがいいね。街での万引き騒ぎ。島民に干渉したと見なし、罰を与える」


 やつを前に、たじろいだ。身体が自然と動かない。なぜ。

 鉈を振り回す彼女の最期を、この目で見てしまったから?

 何か、言わなければ。こんな子供達に、あんな酷い仕打ちをするというのか。


「や、やめろ、離せー!」


 兄の襟首を掴み、アロケルは一言……放った。


「あれほど、干渉するなと言っただろう」

「か、かんしょー? って、なんだ?

 とっ、とにかく!

 オレ達だって生きるのに必死だったんだ!

 このまま盗んで、食べなきゃ、オレ達は!」


「――じゃあ、死ねばいい」


 残酷な一言だった。

 この男は何も思っていないのか。

 予想だにしなかった答えに、兄の顔からは生気と血の気が抜けていく。

 弟に関しては……恐怖に泣き喚いていた。

 悪魔だ。こいつは、本物の。


「う、あ」

「言ったよね、ルールを守らない子はお仕置きしますと」

「だだ、だっ……だっぇ」

「罪人である以上。一般人に手を出していいわけがない」

「う、うぅっ。みんな、みんなぁ、やられてくれなくて……えぐッ」

「そりゃな。他人の命より自分の命よ。しかも、見ず知らずの相手を救う為にやられちゃくれねえ。

 甘ったれんなよ、坊主」


 襟首を掴んでいた手を一瞬だけ離し、がっと前髪を掴む。

 彼は地に膝をつけることのみ、許されている状態だった。


「俺も、忙しいの」

「……はぐっ」

「殺さなくとも、スタンガンで気を失わせ、奪うことだって出来た。それをしないのはなぜだ?」

「う……い、ひゃい。いたぃい」

「それは。生き延びる為に何でもやる、なんてこと言っておきながら、実際は人を傷つけることを極度に嫌う中途半端な甘ったれ小僧だからだよ」


 男は彼を左の方へ投げ飛ばすと、少年は石畳に全身を打ち付け近くの石壁へと激突した。

 めちゃくちゃだ。こいつは……。

 怒りがふつふつと湧いて来る。

 いくらこの島の監視者だって言っても。限度ってものがあるだろう。

 逆らえないからって、好き勝手にやっていいわけがない。


「……さ、お兄さんと行こうか。今なら、間に合う。すぐについて来てくれるなら、痛いことなんてなーんにも、しない」


 嘘だ。この男が優しいはずなどない。


「さあ……さっさと来いよ、犯罪者が」


 倒れ込む兄と、泣き喚く弟を鋭い眼で睨め付ける。

 もう兄弟達は……この男に歯向かう気力はない。


「さあ、早く来いよ」

「も――」

「……またテメェか、新参者」


 もうやめろ、と声を出そうと思った。しかしやつは声を出す自分に気がついたのか、その眼を自分に向ける。

 ビクリと肩を竦めてしまう自分がいた。だめだ、ここで引けば、この兄弟達はどうなるというんだ。


「う、くっ」

「邪魔、お前はお前の人生を勝手に歩んでください」


 かなりピリピリしているようだ。怒りを半ばぶつけ一蹴する。

 けれど、この島に来て。シオンと出会ってわかったんだ。

 自分は変わらないといけない。

 ……守らなきゃいけない、言いたいことは言うんだ。


「こんな小さい子を相手に……」

「小さい? 小さくても悪い子は悪い子だろうが。テメェ、親に何を教わったんだよ」

「……で、でも」

「歯向かうと……殺すぞ」


 シャキン、と刃物が立つ音が聞こえる。

 また。やつは折りたたみナイフを突きつけていた。

 ……本当は自分だって怖い。怖い、けど。


「この命」

「は?」


 消えてもいいと思っていたこの命なら。他殺を欲していた自分なら。

 本来、生きるべき子達のために捧げたっていい。こんな無駄な命が生き残ってしまうくらいなら……自分は迷わない。

 これが自分の救い方。誰かを護るための手段だ。


「……この命で、彼らは助けてあげられないか」

「ほう? 死ぬよりも辛い罰を。自らが。馴れ合い程度で。身をもって受けるってか」


 男の注意は完全にこっちへ向いた。子供達から視線が離れている今、逃げるならここしかない。

 しかし兄の方は既に痛みでぐったりしており、弟の方は動く気力すらなくなっている。

 このままでは助けたところで、少年達は生き伸びられるだろうか。答えは否。

 ――そうだ。


「この命で、彼達を島民として身を置かせてほしい」

「ダメだ。俺ン中のルールじゃ、一人以上を殺してくれないと島民許可は降ろせねえ。

 それに、テメェの命に然程の価値があるとは思えない」

「そこを、なんとか。彼達で大人を相手にやりあえるとは思えないんだ」

「……その目。覚悟は出来ましたって顔だなあ?」


 そうだ。これでいいんだ。

 男は二つほど頷くと、折りたたみナイフを閉じる。

 どうやら了承してくれたらしい。


「いいだろう。テメェに免じて……ガキ共は見逃してやる。島民申請があるからどの道、あの地下までは来てもらうがな」


――『待って!』


 聞き覚えのある声が男を捕らえた。

 この声は……シオンだ。間違いない。

 さすがはヒーロー。ピンチな時に駆けつける。

 いや……もう、一歩、遅かったかな。


「アロケル様、これを」

「……なんだ」


 そう言って差し出したのは、白い封筒。

 アロケルはゆっくりと開け、中の物を数えている。


「ん。これで許されようってか」

「このお金を、盗まれた被害者さんに差し上げます。恐らく盗んだ分の金額……いえ、そのお詫びに三割り増し程は積んであると思います」

「さすが。島暮らし暦が長い島民のヒーローは、機転も気前も違うねえ」


 男はそう嬉しそうに告げると、彼女と自分の胸に一回ずつ拳を当てる。


「シオン。キミは素晴らしい殺人ヒーローだよ」

「お褒めの言葉、光栄です」

「はん。俺の機嫌の取り方も充にわかってらっしゃる。気分がいい、今日はこの辺でお暇させてもらおうか。

 じゃあな、もう二度と変な真似は起こすなよ」


 ニコニコと、気持悪いほどの笑顔を終始、浮かべながら去って行った。

 ……彼女は一体。いや、それよりもまた彼女に助けてもらってしまった。

 彼女は慌てて兄を抱きかかえ、弟の元へと移動する。

 兄はぐったりしているもの、命に別状はなさそうだった。


「……よかっ」

「よくありません!」


 胸を撫で下ろそうとした直後、シオンは自分の頬にビンタする。

 痛い。けど、その痛みはどことなく優しさで包まれているような気がした。


「よく、ないよ」

「シオン……?」

「命の張り方、間違ってるよ。私は少なくとも、無抵抗に死にたくない。

 戦って、何か爪痕を残して、死ぬの。

 そんなの、ダサい人の死に方だよ!」


 バカ、バカ、バカ――。

 彼女は自分のために、涙を流した。他人のために流せる涙が羨ましい。


「どうして」

「……え?」

「どうして、ここまで助けてくれるの」


 やっぱり納得がいかない。

 ヒーローである以前に、彼女は何かを隠している。そうなのだろう?


「わ、わたし、は」

「助けてくれたことは感謝する。でも、もしかしたらこのまま死んでもいいって思ってる人もいるかもしれないよ」

「……迷惑、かな」

「善かれと思った行動が、相手にとっては辛いこともある」


 彼女は自分の胸元の服生地をぎゅっと握った。

 迷惑ではなかった。むしろ助かったと思っている。

 自分の勇気が一ミリも意味のない行動だったのなら、素直に謝る。


「こころ――」


 ふと彼女は俯きながら言った。


「本当に辛いと思っている。そんな人を心の底から救ってあげるのも、ヒーローの役目……なのです」

「……」

「でも、ヒーローをヒーローと認知するかは人によるの。だから、きっとあなたは迷惑と思ってる人」


 自分の迂闊な発言が誤解を生んでしまった。

 決してそういうわけではない。

 なんとか撤回できないかと、頭の中で模索していると、彼女は静かに顔を埋めてしまった。

 全てを話せとは言わない。でも、このまま彼女を信じ続けていいのだろうか。


「――て、いた、から」

「……?」


 彼女が何かを呟いたが、小さすぎてうまく聞き取れなかった。


「……ううん、何もない! そ、そうだ、キミの名前をまだ聞いていないね」


 思い出したように彼女はそう告げた。どうやら、都合の悪いことを回避したいのはお互い様らしい。


「緋夕、旭氷」

「あ、旭氷くんって言うんだね。えへへ、カッコいい、良い名前」


 自分はこの名が嫌いだ。

 暴力両親がつけたこんな名前なんて。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん……にーちゃんは」


 弟は会話が切れるのを見て、こちらに話を掛けてきた。

 シオンは弟の目線に合わせて膝を折り、天使のような微笑みで対応した。


「大丈夫、お兄ちゃんは無事だよ。この盗んだもののお金はわたしが、あの怖い人に渡したからね。

 もう心配はないよ、このご飯はキミ達のもの」

「お姉ちゃ……わあああ」


 弟はシオンの胸に抱き付いて、泣きじゃくっていた。それを、よしよしとあやしながら背をさすったり頭を撫でたりする様は、まるで母親のようだった。

 急に寒気が襲った。本当に……自分というやつは。


 なにもかも嫌いだ。両親も、弟も、こんな嫌悪しか抱けない自分も。全て。


「シオン、これ」

「え? あっ……タオルケット。別に荷物になるようだったら、捨てちゃってもよかったのに」

「――じゃあ、自分は、これで」

「え? あっちょっと。待ってよ!」


 背筋が凍えるようだった。

 とにかく逃げた。幸せな光景は出来るだけ見たくなかった。

 足を早めた。

 できるだけ、できるだけ遠くに――ッ!


「……」


 できるだけ、遠くに。

 こんな無意味なことをしたって、意味がないのに。

 虚しくなった。


「こんなの」


 ――救いようなんてあるわけが、ない


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