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罪人の双六  作者: 葉玖 ルト
三章 容赦なき刑罰
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八話 万引き犯

「……ん」


 小鳥の囀りと共に、目が覚める。どうやら長らく眠ってしまっていたようで、睡眠中に襲われなかったことが救いだった。


 ふと、隣に視線をずらすと彼女の姿が見えない。

 確かに昨日まで、一緒にいたはずなのに。

 気付けばタオルケットのような物が掛けられている。彼女が気を遣ってくれたのだろうか。

 耳元には手紙が一枚。四つ折りにされた紙を、手に取った。


『キミの名前、まだ教えてもらってなかったね。両者、また生きていたら……今度あった時に教えてね。

 私はもう行きます。こうしている間にも、助けを求めている人がいるかもしれないから。

 あんな女にすら勝てない子が、ヒーローだなんて。驕りだってことはわかるけど、でもね。

 それでも、私の命で助けられる人がいるのなら、助けるべきだと思うんだ。

 キミはまだこの島に来て間もないと思うので、あの女の身に降り掛かった異常を書いた紙も置いておきます。

 よかったら見てね。今後の参考にしてね。

 キミも、あの女のようにならないよう、気をつけてね。

 では、またどこかで会いましょう』


 手にした手紙の下に、シオンの残した紙を見つけた。見ず知らずの者にここまで尽くす理由はなんだろう。

 ヒーローになりたい。本当にそれだけの理由だろうか?


 余計な詮索はやめよう。

 彼女の手紙と、いつか返すためのタオルケット、先の戦闘で激しく傷ついた相棒を手に、自分は静かに山を下りた。


『まず、あの男……アロケルが言っていた通り、意図的に傷つけていなかったとしても、不祥事を起こしてしまえば全てこちらの責任。

 否が応にも、アロケルに捕まって酷い罰を受けてしまうの。

 だからわたし達は基本的に狙いたい獲物がいたとしても、街での戦闘は好まない。

 どうしてもその獲物を狩りたければ、あの手この手で彼らを人気の無い場所へ誘き寄せる必要があるよ。


 ここからはわたしの推測だけど。

 きっと、あの鉈を持った女は初め、キミを狙うつもりだったんだと思う。それもアロケルの指示でね。

 しかし、鉈を持ったあいつは幸運なことに本来の獲物である私を見つけた。

 何でわたしを狙う理由があるのか。それは単純よ。


 長らくこの島に生存して、罪人をルールに法り殺め続けているとね、アロケルに可愛がられる代わりに賞金を賭けられるの。

 たぶん、お気に入りである分、早く消えてほしいのかも。新しい罪人をどんどんと入れ替えたいはずだからね。

 アロケルは目をつけた相手に電話を掛けて、賞金首と対峙するように命令をしているみたい。

 もちろん断ったりでもしたら……先の女の最期を見れば察してくれると思う。


 でも、たまにあいつの気まぐれで引き下がらないといけない時があるの。

 でも女は無視をした。アロケルに言われた獲物、即ちキミの首を狩りたいし、勝てる賞金首を目の前に引き下がるなんて、自らお金を逃がしたようなもの。

 女は悔しかったんだと思う。

 それでかな。ここから重要なことを記すから、よく見てね。


 女がこの島に来る前、どんな罪を犯したのかわからない。

 でもこの件から推測するに、お金に執着があったのか。それとも誰かに逃げられた経緯があるのか。

 とにかく、犯した罪と関連する状況になった時、人はトラウマが抉り、パニックになり、極限の負の感情が引き出されると思う。

 わたし達が与えられた武器。それは、黒い感情を抱いた時にそれを餌にして人を狂わせる悪魔の武具だよ。


 女の執着、トラウマが今まさに黒い感情を生み出して、本物の化け物になっちゃった。

 一度、感情に蝕まれると自我が崩壊するから。二度と普通には戻らないし、狂い暴れて一日も生きられない。

 わたしで例えるならば、ヒーローに対する執着。誰かを護れないトラウマ。助けてあげたのに、怖がられる恐怖。


 ……なんちゃって。

 えっと、つまりね。わたしの言いたいことは。

 キミも絶対に感情に飲み込まれちゃダメだよ。何があっても、最後まで平常でいて。

 ファイトッだよ!』


 彼女の手紙を四つ折りに戻す。

 なるほど、大概は理解できた。そう言えば、あの時に女は狂い叫んでいたことを思い出す。


――『その首を差し出しなさい。賞金首がああ!』

――『そこの坊主もいないよりはマシ。二人とも……逃がしはしないわよお!』


 あの賞金首、という言葉もシオンに言っていた言葉であるし、自分のことを「いないよりはマシ」と言ったのも、たかが一万、されど一万の為、というところだろう。

 そう考えると、彼女はお金に執着していたのかもしれない。

 気の毒な話だ。どんな理由でお金に困っていたのかはわからないけど、きっと辛かったのだろう。


 ……鉈の彼女は自分に、覚悟がないと言った。

 確かに覚悟はなかった。ただ地獄から抜け出したい一心で、心を無にして殺しただけ。

 そう最初から覚悟なんてない。

 最初から――。

 そうこうしている間に、気付けば山を下りきっていた。


「……ぐっ」


 疲れを取ったとはいえ、まだ膝が痛む。頬のかすり傷は気にならないが、これから更に傷が増えると思うと。

 とりあえずここからどうするべきか。

 自分から探しに出て、わざわざ殺すこともない。とりあえずお腹がすいてしまった。

 もらった金で、何か食べるものを買うことにした。誰にも捕まらないように、と祈りながら。


 ――商店街・スーパーマーケット


 まるで島の外と変わらない品揃えに驚いた。お金さえあれば食べるところも住むところも困らない。

 まったく、外と同じだ。お金がある者こそ素晴らしい生活が保証される。だからこそ、皆……戦う。


 今日食べる分の総菜と、二千円相当の缶詰を買い込み、どこか安全に食事が取れそうな場所を探す。

 あの時シオンと逃げ出した……薄暗い細道にしよう。あそこなら見つかっても即戦闘は両者にメリットがないし、なにより暗くて落ち着く。


 裏路地に入ると、重たい袋を側に置いて彼女から借りたタオルケットを膝元に掛ける。

 透明なパックに入れられた総菜は、どれもが手作り感を醸し出し、おいしそうに見えた。

 さっそくもらった箸で一口運ぶ。

 パックに敷き詰められた野菜炒め。その一つ一つの野菜が口の中でシャキシャキと音を立て、丁度良い塩味とほんのりバターの味が、昨日の恐怖を嘘のように癒してくれる。


「……おいしい」


 独りでに呟いた。

 親がいて……親が料理を作ってくれて……。家庭の味って、こんな風な味がするのだろうか。

 泥臭い小屋の中で、食べた味すらも理解できなくて。それが栄養を取る行為なのか、おいしいから食べているのかすらもわからなくて。

 寒くて、食べるのが辛くて、食べられる物なのか食べられない物なのか。それすらも曖昧で。


「……っ」


 食事って、こんなにおいしかったんだ。

 こんなに、気持ちがホッとするものなんだ。

 食べるという行為に、初めて感動した。初めて、幸福感を得た。

 

 ふと、涙があふれてくる。

 どうして泣いているのかわからない。

 総菜がうまく喉を通らない。

 ただ、悲しい。なんでこんなに悲しいのだろう。

 今、自分は幸せなのか。じゃあどうして、こんなに……無意識に涙が零れるのだろう。


「あう……ひぅ」


 おいしいはずなのに。涙が止まらない。

 止まれと叫んでも、余計に悲しくて仕方がなかった。


 やがて総菜を食べ終えると、近くで購入した、大きいリュックサックに缶詰を詰めて背負う。

 早いところ、住む場所を探さなければ。こんな荷物をぶら下げて戦闘なんて、とてもできない。

 心を落ち着かせ、歩を進めた。


「万引きだー!」


 突如、そのような悲鳴が耳についた。どこにも万引き犯なんて、いるんだな。


「あ、お兄さん。ここの島で罪人を狩っている参加者だろう?

 頼むよ。万引き犯を捕まえておくれよ、お礼はするよ!」


 そう、島の人に声を掛けられてしまった。参加者である証明の、武器が目についたのだろう。

 どうやら干渉はしない、とは話くらい掛けていいらしい。

 傷つけ傷つき合わなければ。


「……わかりました」


 断るのも面倒だったので、拠点探しのついでに仕方なく引き受けることにした。


「ありがとう! 万引き犯は、あっちの住宅街に逃げ込んだ!」


 盗まれた被害者のおじさんは、北を指差す。

 仕方ない、殺すとまでは行かなくとも万引きはダメだと、説教くらいならしてやろう。

 おじさんの言う、北の方向を目指して走りだした。





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