プロローグ
「よし、俺の番だな」
――とある人工島 地下にて
配達員のような格好を模した男が、手のひらで二つの賽子を弄ぶ。今にも壊れそうなおんぼろオフィスチェアに深く腰を掛け、ボードの上に賽を投げた。
コロコロと転がり続ける賽子が編み出した答えは五と二の数字。その結果に、にんまりと笑うと自身の駒を手に取り、ボードの上を進んで行った。
途中で相方の駒が道を遮っていたが今の男には関係のないこと。突っ立つ駒を蹴飛ばして我が道を進む。
「三、二、一……はい、ゴール」
口笛を口遊み勝利の余韻に浸る男に対し、相方は不服そうな面を見せた。呆れたような表情、彼は何かを言いだしたいようだ。
しかし男はただほくそ笑み、相方の不平を打ち砕いた。
「ふっ。またオレの勝ちだな」
「……遊んでいる暇などないだろう?」
「遊んでいる? 俺が?」
勝利を掴んだ双六ボードの上。男の駒は尚も暴走を続けるように基盤の上を走り続けた。その行動が何を意味するのか、何がしたいのか。それは到底、男にしか理解できないのだろう。
男の謎の行動に相方は嘆息を漏らした。これがいつもの風景とはいえ、さすがに付き合ってはいられないと男を下目で睨め付ける。
普段はあまり怒りを露にすることはない相方も、この日ばかりは切羽詰まって凄んでいた。
「早く届けなければならないと告げていたのは誰だ」
「……ちっ。わかってるよ」
男は軽く舌打ちをすると床へ乱雑に置かれた桐箱に目を通す。やがて暴走を続けていた駒を止めて立ち上がり席を外すと、横になった八十センチ程度の桐箱の元へと歩み寄った。
それを上から下へと撫で、嬉しそうな様子で頬を擦り寄せる。
満悦に浸り眺めながら、男はまるで子供をあやすかの如く甘い声で囁いた。
その声はピリピリとしていた空気からは想像もつかないほどに明るかった。
「待ってろよー、お前達の主を早く見つけてやるからなー」
自らの子達を前に、息を大きく吸い込んだ。
これを罪人に手渡さなければならない。そのため、高級感を演出するよう桐箱を選択した。
それは男にとっても悦ばしいことであるし、プレゼントを渡された側にとっても、きっと最高のプレゼントであると歓喜の声を上げるだろう。
妄想が膨らむ。一体、どんな喜び方をしてくれるのだろう。あぁ、気が狂ってこちらに襲いかかってくるかもしれない。
歓喜のあまり狂喜乱舞を見せてくれるかもしれない。
桐の香りが鼻腔をくすぐる。男は息を深く深く、胃の中がカラッポになるまで吐き出した。頬を赤らめ、身を震わせて感動する。
もう直き愛した子供達とのお別れだ。それは嘗てに幾度となく繰り返された“終わりと始まり”を意味する。それこそが男の求めていたものであるし、味わっても味わっても飽くなき戦いに心を躍らせた。
惜しくも悦ばしい別離を迎え、子供らに背を向ける。
「さあ、終わりなき戦いの始まりだ」