女神
「ここは……?」
先程、妹の攻撃が繰り出された瞬間、頼光はかなり強力な神の介入を感じた。
あまりにも強烈な光――
その中で強制転移が発動した事も理解出来ている。
しかし現世において、それほど大きな力を扱える存在に心当たりはなかった。不意を突いたとはいえ、〈勇者〉である頼光と〈四天王〉の一人を相手に抵抗もさせずにどこかに飛ばすなど、あまりにも非現実的だ。
例え〈魔王〉であってもそんな事は不可能だろう。つまりそれを行った術者は、常識外にあるものと考えなければならない。
辺りを見渡せばそこは、以前訪れたことがある次元回廊によく似ていた。不思議なもやが漂う現実味のない世界は、霧の中にいるようにどこかあやふやな印象を受ける。まるで夢の中。そこはやはり〈地球〉上のどこかではなく、特別な場所に強制移動させられたという事で間違いないようだ。
頼光は緊張を解いていない。
強大な力を持つ敵が現れた可能性がある以上、油断は出来なかった。
そしてそれは兄に凶刃を振るおうとしていた妹にとっても同じようだ。彼女も少し離れた所で戦闘態勢を維持したまま状況の把握に努めている。
その混乱を見ると、〈魔王〉側の作戦と言うわけでもないのだろう。
やはり不測の事態、ということだ。
「ミスキャスト……いや、静璃でいいのか?」
頼光は少しだけ慎重に問い掛けた。まさかこんな形で妹と会う事は、予想していなかった――いや、それは自分が迂闊だっただけで充分にあり得ることだったのかも知れない。
静璃は落ちていた仮面を拾うと再び装着することはせず、それを魔術で呪符に戻すと懐にしまった。
「……お好きに呼んで下さい。兄さま」
「静璃、状況が不明だ。しばらくは共闘する方が得策だと思うが、どうだ?」
「……やむを得ないでしょう」
彼女――御船静璃はムクれたようにそっぽを向きながら、どこか無愛想にそう答えた。
自分の記憶にある彼女はいつも素直で優しい女の子である。頼光が最後に会ってから少し経つが、口調ももっと可愛らしかったはずだ。
それはまるで理想の妹像とでもいうほど完璧で、初めて養女としてやって来た彼女に会った時からずっとそうだった。それなのに――
いや? こんな感じの静璃を見たことがあるぞ、と頼光は考えた。
あれは――
「よく来たのじゃ!」
その時、突如響いた無遠慮な声に思考を断ち切られた。
それはひどく幼く舌足らずで、脳裏にはロリババアという単語が浮かんでいた。
ひどく嫌な予感がする。
「…………」
声の主のその姿をはっきり捉えて頼光は不審げに眉をひそめた。
「なんじゃ、その顔は。まさかとは思うが、わしのプリチーな姿に一目惚れしたのじゃあるまいな♪ 駄目じゃぞ。わしはこう見えても女神様なのじゃから」
ぐねぐねと体をくねらせながらその言葉を発している幼女の頭には、ピコピコとネコ耳が動いていた。
十二単のような勿体ぶった着物を着て、手にはこれも仰々しい扇を持って、照れたのか少し赤らんでいる頬と口元を奥ゆかしく隠している――つもりなのだろう。頼光にはコスプレした子どもがふざけているようにしか見えないのだが、驚くことに彼女から感じる神気は、先ほど頼光たちが転移した際に感じたのと同じものである。
その後ろには天使のような羽が生えてトーガのような羽衣をまとう、頭に天使の輪が乗っかった天使みたいな女が付き従っている。いや、天使なのだろうが……。
自称女神と和洋の取り合わせが合ってないとか、これまでに見たことがある天使と何かが違うとか、そういう都合は関係ないに違いない。
――あ。こいつヴァルキリーか。
死んだ英雄の魂をラグナロクの戦いへと誘う北欧の天使的存在であると気付く。
頼光は急にどういうシチュエーションなのか理解できた気がした。
戦慄と諦めを感じながら次の言葉を待っていると……
ネコ耳幼女が、ニマッと笑った。こちらが畏まって大人しくなったと思ったのだろう。その満足げなドヤ顔はちょっと殴ってやりたい感じだった。
「――コホン、改めて歓迎しよう! 選ばれし者よ!」
やっぱり……。
頼光はすでに悟っていたので、肩を落とした。静璃は状況が分からず、眉をひそめている。
「ふむ。その顔は、何に選ばれたのだろう、という疑問の顔じゃな?」
――違います。
頼光は思ったが気が付かないようで、ネコ耳幼女の女神様はハッキリとこう言った。
「誇りに思うがいい! お主らはこのわし――〈女神スー〉の管理する世界――つまり〈地球〉からすれば異世界である〈イル・スー〉の〈魔王〉を倒す者、つまるところ〈勇者〉に選ばれたのじゃっ!」
「…………」
「どうした? なぜ黙っておる? わしとしてはそろそろ、エーッと叫んで驚くような派手なリアクションが欲しいところなのじゃが」
「俺、現役で〈地球の勇者〉してるんだけど大丈夫なのかな?」
「え? え? ……ええええええええエエエエエっっっ!?」
諦めたように申告する頼光に、〈女神スー〉は叫んで驚く派手なリアクションを取ったのであった。
今日も二話投稿です。