四天王2
「…………!」
よろ、と体が崩れそうになる。魔法陣を生み出したミスキャストは勝ち誇るように、
「さすがの〈勇者〉もこれは耐えられないでしょう? なぜなら――」
「即死系の術か」
「えっ」
頼光がけろりとしているので驚いている。
「それも応用で俺の中の〈勇者〉という概念を殺そうとしたんだな」
「えっ」
かなり複雑な術の構成を簡単に見破ってしまう。
「なるほど、さすがにこれはヤバかったな。仕込みとか大変そうだけど、いい発想の術だ」
「な、なぜ……?」
頼光にもたらした影響がわずかにふらつかせただけと分かって、ミスキャストは動揺しているようだった。
「あー、大した手品じゃないよ。単なる即死対策なんだから」
ミスキャストは頼光が答えると、即座に探査系の術を唱え始めていた。口でいうほど簡単なことではないので、調べないと気が済まなかったのだろう。やがて愕然とする。
「!? すでに死の呪いを受けている……?」
「一週間後に死ぬやつだよ。その予約があるから他のはキャンセルされるんだ」
頼光はあっさりと言った。
詳しく説明するなら、まず彼が〈妖精郷〉に行った話をする必要があるだろう。しかしそこまでする理由もないのでかわりに肩をすくめて見せた。
大事なのは頼光がそこで『一週間後に死ぬ』呪いを受けたということ。
それによって逆説的に身を守られているという事。
頼光は予言のその日が来るまでは死なない――いや、死ねないのである。
もっとも怪我などは別なので、不死身になったわけではないのだが。
「ま、まさか〈魔王〉と決着するためにそこまでの事を……!? これが、〈勇者〉……」
ミスキャストはひどく動揺していた。
――ん? 何か勘違いして……まぁいいか。
「それにしても――大森先生もそうだけど、〈勇者〉の力ばっかりをメタり過ぎじゃないか?」
「……それだけ、その力が忌まわしいからです。貴男はそれに振り回されています。自覚もないのですね」
ミスキャストの非難するような言葉にいたたまれなくなったので、頼光は小さく首を振った。
「〈勇者〉だなんて些細なことさ。俺はただの学生だよ」
そう言うと頼光は、軽く前に出た。
彼が使う『御船流』はあまり仰々しい型を使わないので、極めて自然体である。
その動作があまりにも不用意に見えたのだろう。
「私を肉弾戦の不得意な魔術師だと思っているようですね」
ミスキャストは割り込むように先手を打ってきた。
だが、雷鳴の速さを見せたミスキャストは、そのまま動きを止めてしまう。
それは頼光が刹那より素早く、ミスキャストを先に間合いに捕らえていたからである。
もしミスキャストがそれに気づかずに攻撃を続けていれば、この戦いは終わっていたはずである。〈勇者〉の勝利によって。
頼光はニヤリと笑った。
「よく気付いたな。そこは俺の間合いだよ。確かに『肉弾戦不得意な魔術師』扱いは失礼みたいだな」
「くっ!?」
ミスキャストはそこから逃れようとするが、もちろん頼光がそんな事を許すはずがない。磁石が吸いつくようにピタリと張りつき、完全に同じ間合いをキープしていく。
ふたりはまるでダンスを踊っているようだった。だがミスキャストに取っては冗談ではすまないだろう。何も出来ず逃げることしか選択肢がない距離に囚われ続ける――それは死に神のカマを喉元に突きつけられているに等しい。頼光の高い技術によって作り出された死の舞踏とでも呼ぶべき状態であったのだ。
「足捌きは古流の武術。俺と同系統か。まだ何か隠しているようだが……」
そう言うと頼光は、大体の戦力を分析し終えたからか、ほんの少しだけ距離を外してミスキャストを逃がしてやった。
「くっ、馬鹿にして……!」
「良かったらそのまま引いてくれないか?」
「それは出来ない! 私は貴男を止める!」
「なんでそこまで?」
四天王とはいえ、負けると分かっている戦いを挑んでくるのは、いささか忠誠心が高いすぎる。頼光は少し面食らった。
「貴男は気が付くべきなんです! 自分が〈勇者〉という力に操られる乗り物になっていると!」
だがその言葉を聞いて冷静さが戻ってくる。
「いや、〈魔王〉と決着するのは俺の意思でもあるんだぞ? そうしないと出来ない事があるんだから」
「……!?」
ここで頼光は言葉を切り、たっぷりと時間を取ってから重々しく口を開いた。
「〈魔王〉を倒したら俺、ちゃんと学校に行くんだ。留年する前に」
「…………」
ミスキャストは押し黙った。変な雰囲気である。
少し場を和ませようとしたのだが、外しただろうか。
「えー、ここだけの話だけど、俺には一つ下の妹がいる。――あ、名前は静璃っていうんだ」
取り繕うように言葉を続ける。
「……」
「田舎にいる義理の妹なんだけど、これがすっごく可愛いやつでね。俺はあいつの前では格好いい兄でいたいんだ。もし留年したら同じ学年だぞ? それは恥ずかしいじゃないか」
「…………」
やはりミスキャストは沈黙したままである。いや、その肩は震えている。怒った? いや、それにしては……
――うん?
「そ……」
「?」
ミスキャストが何か震える小さな声で呟いた。
「……そんな事を一週間しか残っていない命で言うなんて。だから私は――」
「ん?」
「う、うるさい!」
叫んだミスキャストが、強引に仕掛けてきた。
先ほど以上の速さで、いきなり目の前に飛び込んで来る。両手には圧縮された魔力の刃の二刀流。
「むっ!?」
もはや防御をかなぐり捨てたその気迫に、頼光は、ここに来て初めて動揺した表情をした。
鋭く繰り出された右の一撃を受け止めると、体を滑らせるように回り込みながら絡み付いてくる左の一撃。
捌いたが、まだ終わらない。
右。左。下。底なし沼のような連携に引きずり込まれていく。上かと思えば同時に。時に分身さえ交え。ありとあらゆる方向から迫ってくる。それは剣の心得がある者が見たら、度肝を抜かれるような技術だろう。達人なら武器を己の体の一部のように扱って当然だが、その高みがこれほどとを知る者は少ない。
攻めるミスキャストだけでなく、それを捌く頼光も見事だった。観客の不在が残念なほど高次元のやりとり。
果たして軽く百通りを超える駆け引きの末、頼光はやっと離脱する。背筋を冷たい物が伝っていた。
「これは――」
頼光はその両手に魔力の刃を油断なく構えて追撃に備えているが、驚きを隠せないでいる。ミスキャストの技にも、足さばきにも覚えがあった。
「これは、俺と全く同じ……!」
そう。ミスキャストの戦闘スタイルは頼光と双子のように瓜二つ――まるで鏡に写し出された自分自身と戦っているようだったのだ。
まさか相手は自分のドッペルゲンガー的な存在なのだろうか?
あるいはクローン。
いや、それはあり得ない。長い〈勇者〉生活の中、そのようなもう一人の自分とは幾度も戦った経験がある。その勘がこれはそういうものではないと告げている。だとすればどういう事か。答えは自ずとハッキリしてくる。ミスキャストは――
ハッとするより速く、頼光の目の前に再びミスキャストが現れた。考える暇を与えるつもりはないのだろう。
「っ!」
四つの刃が閃く。
どちらも同じ技を放っていた。
頼光の技は仮面に当たりそれを弾き飛ばしている。
「やはり、お前は……!」
その下にある自分とどこか似た顔。しかし少女のそれであることに動揺する。
「頼光兄さま。お久しぶりです。そして――さようなら」
妹――御船静璃の刃は兄である頼光の体に届こうとしていた。
その時、光が生まれた。いや、ただ光と呼ぶのでは生温いほど激しい閃光が奔り、二人の姿を包み込んでいた。
「っ!?」
そしてその輝きがおさまったとき、その後には何も残されていなかった。〈勇者〉と〈四天王〉の姿はこの〈地球〉から消え失せたのである。
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