仲間
その声を聞いたとき、なぜ頼光が少し嫌そうにしたのか。
答えはすぐに分かった。
それはその光の矢があっという間に敵を殲滅するだけでなく、ついでに頼光の上にも降ってきたからである。
「……やっぱりそうなるんだよなぁ」
諦めたように呟くが、その攻撃はシールドのようなものに弾かれ、頼光には届かなかった。
目の前に誰かが飛び出し、防御してくれているのが分かる。そうしながら、ニカッと笑って振り向いたのは、
「へ、頼光! 大丈夫かってーの?」
「ありがとな、ジュン!」
光の矢を受け止めたのは、ニット帽をかぶった男。少しチャラそうな見た目だが、その防御技に定評のある鉾盾淳である。
「ッ!?」
だが、再会を喜ぶ暇もなくその時辺り一面が影に包まれた。まるでタワーが動き出したのかと思うほどの巨体の敵が出現している。
見上げれば神話級の巨人モンスターが殺戮棍棒を振り下ろす所。周囲の光――月明かりさえそいつの体に遮られている。これはかなりの大物が出てきた。先ほどまでの有象無象とはレベルが違いすぎる。
しかし頼光たちは焦っていなかった。何故ならその頼り甲斐のある気配もそこに現れたのだから。
「頼光さん、ボクが援護します……」
弱々しくも可憐な声。
その声の持ち主はほっそりした可愛いらしい容姿で、言われなければ絶対に男の子だなんて思わないだろう。いや言ったとしても誰も信じられない――いわゆる男の娘。
その彼が目に見えない程の速さで走って、プロレスでいうところのスピアータックルを巨人の胴体にお見舞いする。
軽く十メートルは飛んでいった巨人は、轟音と共に周りの敵を押し潰している。まるで地獄絵図のような光景だ。
「とんでもない怪力は相変わらずだな、カイリ。そんなに可愛いのに」
「頼光さん。ボクそんなこと言われたらハズカシイです……」
立ち上がった乱神海里は頬をポッと染めた。
「むう、俺にはそういう趣味はないが、あったら間違いなく間違いが起こるクリティカルヒットの可愛らしさだな」
「おい……」
頼光が思わず口にした台詞に、淳の冷たい視線が向けられる。なお海里はまんざらでもなさそうで、熱い視線を寄せてきていた。見た目や雰囲気に反してこの男の娘は肉食系なので、こういう冗談を言うと結構危ない。
「……もう一度繰り返す。俺にはそういう趣味はない。ないのだ」
「頼光さん、そんな風に照れなくても――ボクなら、いいんですよ?」
いったい何がいいんだろうか……。
思わず、ゴクリとつばを飲み込む。
少しでも隙を見せると飛び掛かって来られそうだったので、油断なく身構えた。しかしさっきのタックルのような勢いで来られたら、捌ききれる自信は無い。
その張り詰めた空気に、淳がえへんと咳払いした。
「おふたりさん、イチャつくのは後にしようぜっての」
「いやージュン、助かったよ! まさかお前たち来てくれるなんて思わなかったぞ」
助け船に飛びつく頼光に、淳は少し悪戯っぽく笑うと首を振った。
「それなら驚くのはまだ早いんだぜ?」
「?」
「ヨリミツよ、まさかこの程度の相手に苦戦していたのではあるまいな?」
「っ! ま、まさか……」
聞こえてきた声の持ち主を振り返り、その姿を見て驚愕する。
「うわ、不死王ゲイリーD!」
これまで戦った中でもっとも恐るべき男を選べ、と言われたら迷うことなく彼の名を出すだろう。正直あの頃は怖いものを知らなかっただけだと、思い出すだけでも冷や汗が出る。
そんな頼光の様子を見てか、この白髪モノクルの老紳士はニヤリと笑った。
「ヨリミツよ、うわ、とは何かね?」
「え、あ、いや……」
そして、
「おっとキミたち、感動の再会に無粋はいかんな?」
こちらの事情などお構いなしで押し寄せてくるモンスターたちに向けて、彼が、白手袋に包まれた指をパチンと鳴らすと――たったそれだけで怪物たちは消し飛ばされていったのだった。
「うへぇ!」
淳もその破壊力に目を疑っている。あまりにも強すぎる。頼光とて何度見ても信じられない。だがこの恐るべき老紳士は大したことでもないと言うように、優雅さを崩すこともない。
しかしその攻撃のわずかな隙をつき、何かが飛び出した。
頼光には高位魔神が巨大な爪を振り下ろし躍りかかって行くのが分かった。おそらく最強戦力であるこの不死王を仕留めるため、仲間たちをおとりに身を潜めていたのだろう。
警告しようとするが、間に合わない。
その攻撃はとうてい避けられるようなタイミングではなかった。カウンターを仕掛けようにもゲイリーの攻撃の起点となる右手の指は、まだ先ほどの余韻に打ち震えていて――だが敵が眼前に迫り――再びパチンと渇いた音が鳴った。
その瞬間、腕を振り上げた魔神はこの世から消えた。跡形もなく滅ぼされたのだ。ゲイリーの右手は動いていない。
では、なぜ?
それを見て声を上げたのは淳だった。
「何ィ!? 左の指パッチンだってのか…!」
「ふふふ。若者よ、後学のために教えておいてやろう。……手は、二つあるのだよ」
知ってるよ! とツッコミたいのをぐっと頼光は我慢した。
不死王ゲイリーD――またの名を〈魔王〉を否定する男。このどこかトボけている老紳士は、最高に頼れる援軍だ。それなら余計なことを言うものではない。むしろ言って機嫌を損ねるのが怖いのでそっとしておく事にした。
「それにしても助かったよ。ジュン、カイリ、ゲイリー。それに他のみんなも!」
「他に含まれるのがわたくしだけでしてよ!? このヨリミチ勇者!」
面白リアクションをしながら現れたのは、最初の敵を光の矢で殲滅し、ついでに頼光まで一緒に攻撃してきた白鳥香澄だった。
「カスミ、いつも言ってるがヨリミチじゃない。頼光だ」
「あら。ごめんね、ヨリミチ」
「よ・り・み・つ!」
「よ・り・み……ち」
「おまえなー」
頼光は歯ぎしりしながら、彼女の高笑いを聞いた。
白鳥香澄は言葉遣いから想像出来る通りのお嬢様で、頼光の永遠のライバルだった。ただし自称なのだが。
得意技は範囲攻撃で雑魚の掃討には抜群の実力を発揮する。その点は非の打ち所のない実力者である。欠点があるとすれば、大抵味方を巻き込むことぐらいだろう……。
香澄はふふん、と勝ち誇るように胸を張っていた。彼女のそれはなかなかの存在感なので、頼光はつい視線を泳がせてしまう。こういう所は手強い。彼女は、
「でもヨリミチ、貴方はいつも寄り道ばかりなんだから間違ってもいないでしょ?」
「名は体を表すっていうなら、永遠のライバルのお前は、雷刃流留ぐらいの名前に改名したらどうだ?」
「あら、ついに認めてくださったのね? その名前、検討して差し上げてもよろしいですわよ。ホーッホッホ!」
ダメだ、皮肉も通じない――。
頼光はがっくりした。
「……。ところでカスミ、お前修行でアメリカに行ったんじゃなかったのか? それに他のみんなだって……」
見回すと淳、海里、ゲイリーD、香澄が順に、
「水臭いっての、頼光」
「そうですよ、頼光さん」
「ふむ。そう言うことだ」
「ですわよ」
と答えた。
その言葉に何だか胸が熱くなるのを感じてしまった。
みんなこれが頼光の最期の戦いということを分かって、何を差し置いても駆けつけてくれたのだろう。
淳がその気持ちのいい笑顔を浮かべてニカッと笑う。
「ここは俺たちにまかせて、お前はさっさと敵の大将首を上げてこいっての!」
「ジュン!」
「ボクたちだってお役に立ちます。だから…」
「カイリ……!」
「無事に戻ってきたまえよ? これ以上若者が私よりに先に逝くなど耐えられないのだからね」
「ゲイリー!」
「ですわよ」
「…………」
「…………」
「って何かないのか、永遠のライバル!?」
「う、うるさいですわ! 急に振られたって思いつかないものは思いつきません!」
「せっかく良い感じだったのに台無しだ!」
「ふ、ふーんだ!」
香澄はわざとらしくそっぽを向く。
頼光は言い募ろうとして我慢できずに、急に破顔した――
「ぷ、はは、あはははは……!」
頼光が突然笑い出してしまったので、みんなビックリした様子だった。
が、次第に一人、二人と笑い声は増え、いつしか全員が笑った。
「こんな風にしまらないのが俺たちらしいかもしれないな」
頼光の言葉に香澄が頷く。
「そうですわ! それにしんみりする必要なんてないでしょう? だって別にこれで会えなくなる訳じゃないんだから」
「そうか……そうだよな!」
頼光はそう言った後少しだけ表情を引き締めて、しかし優しい口調で、
「――俺は絶対に戻ってくるぞ。約束だ」
「約束ですわ」
「だから、カスミ。お前もここでやられたりしたら承知しないからな?」
それに答えて彼女はふふん、と笑う。
「あら、わたくしが誰だかお忘れになりまして? わたくし、あなたの永遠のライバルでしてよ」
そう強がる彼女だが、先程倒したモンスターたちなどまだ第一陣に過ぎない。見れば数多くの敵がその威容を見せて押し寄せて来ようとするのが分かった。果たしてあんな大軍を相手に無事でいられるだろうか。
「ふふ、何ですの? その顔は。ここは大船に乗ったつもりでいなさいな」
「そこは泥舟って言い間違えると思ったよ」
「バカなことを。このわたくしが船長なのですよ? きっとすてきな船に違いありません。超豪華客船タイタニック号みたいに!」
「…………」
頼光は思わず無言になってしまった。
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