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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸せになってね

作者: みかんネコ

「ゆきちゃんは幸せになってね」


愛美はいつもそう言う。

寝たきりになってからは特に。


汗をかいているのは、きっと炎天下の下、アスファルトの上を歩いてきたからだ。

ふるりと体が震えるのは、きっとエアコンの設定温度が狂った温度だからに違いない。


激しい夏の日差しは、ここまで入って来れない。

カーテンが締まっているから当たり前だ。


そこに愛美がいる。

死んだ様に眠っている彼女が、まるで本当に死んじゃったみたいに見えるのは、冷えすぎたエアコンのせいだ。きっと。絶対。


断じて記憶にある腕よりはるかにやせ細っているからだとか、痛々しい点滴の後が袖から覗いているからだとか、そういうことじゃない。


彼女の手にそっと触れる。冷え性の私をいつも暖めてくれた彼女の手にしては冷たいその手を温めるように包み込む。

今まで暖めてくれた分を返すように。




愛美と私は幼なじみだ。幼なじみでお互いが唯一無二の親友で、何より大切なものだった。

私はいつでも優しく笑う愛美が好きだったし、私とちがってみんなと仲良く遊べる愛美は尊敬していた。


人付き合いの苦手な私はいつも彼女に助けられていた。彼女は社交的な性格をしていて、よく私のフォローをしてくれた。


私には一時好きな人がいた。

というより、好きな人を作っていたことがあった。


女の子というものは小さな頃から立派なレディで、恋愛というものに目ざとい。

誰それが誰それを好きだのという話を好む生き物だ。

だから私はそれを利用して彼女たちの輪に入れてもらおうと考えた。

相手は自分にもほかの人と変わらない態度で接してくれる人。好きな人、を作るにあたってなんとなく彼の顔が思い浮んだ。なんでかは今でもわからない。


そんな人のことを私は好きだと、クラスの女子に話した。

とにかく、そういう話をした。短期的な結果は大成功だった。みんな私の話を聞いてくれたし、楽しんでくれたようだった。私はそれで満足だった。


だけど、愛美だけが変な顔をしていた。

あれは私のことを心配している顔だった。

可笑しいな、私がほかのこと喋っているといつも嬉しそうにするのに。そう思った。


それから1年たってクラスも変わった。

今度は愛美と同じクラスになれず、どう1年を過ごそうか考えた。ひとりでいるのはそれなりに不都合が多い。何より私がひとりでいる事に愛美が悲しむ。


じゃあ友達を作らないとな、なんて思って私は適当にやっていけそうなクラスメイトの輪に飛び込んだ。


新しいクラスって複雑だ。

誰も彼もが身分が決まってないし、誰もが自分に少しでも有利なクラスにしようともがく。

そんな争いが私はいつも苦手だったし、嫌いだった。



とある女の子が私に近づいてきた。笑顔だったけど、その笑顔が戦いを勝ち抜いてきた自信のある笑顔で私は少し怖いと思った。

彼女はきっとこのクラスの中心になるんだろうな。そんな確信めいた予感がした。


そんな彼女が私に話しかけてくれる。そんなこと、この先あまりないだろう。出来るだけ良い第一印象で済むようにしないとな

なんて考えた。


「ねぇ、雪枝さんって〇〇くんのことまだ好きなの?」


あの話、まだあったのかと思って驚いた。何が人の噂も六十五日だ。嘘つき。

どう答えようかと思った。最近の彼と私の関係はあまりにも希薄だし、最近の彼のことを私はあまり知らなかったからだ。彼には悪いが実を言うとあまり私は彼に興味が無かった。


気がつくと問いかけてきた彼女の他にも何人か私の近くに来ていた。

やはり女の子というものはこういった話が好きらしい。目が輝いている。

なら、私が彼女達にできるリップサービスは一つだ。


「うん。そうだよ」


出来るだけ、爽やかな印象になるように心がけた。ちゃんと前を向くことも忘れなかったし、笑顔も添えた。私にしては上出来だ。よし、好印象だ。


でもそんな私の予想とは裏腹に彼女達はざわりとざわめいた。


「え、確か〇〇くんって△△さんの彼氏……」

「しっ」


かすかなでも静まり返った教室には聞こえやすい声で誰かが喋った。

クラスの空気がぐらりと姿を変える。皆が私を見る目を変える。

変わらないのは話しかけてきた、あの笑顔の怖い彼女と私の周りをこっそりと固めてきた女子達。


私はどうやら嵌められたらしい。


私はこのクラスの片隅に追いやられた。


と言っても別に漫画やアニメのように壮絶ないじめが起きたとか、そういう話ではない。


ただ、クラスのみんなは私を遠巻きにしてあまり関わりたくない様子で、友達なんか出来そうに無かったとか、身に覚えのない噂がまことしやかにみんなの間に広まっていたり、罪をなすりつけられたりしただけ。


嫌じゃなかったと言ったら嘘になる。寂しく無かったと言ったら嘘になる。でももう諦めてしまった。慣れてしまった。聞かないふりをしていれば案外平気だったし、今更クラスの人たちと仲良くしようとも思わなかった。

それに私には愛美がいた。絶対に私のことを嫌いにならない人がいた。それは私を強くしたから、そのくらいへっちゃっらだったんだ。本当だよ?


そうやって1年間過ごして、またクラスが変わった。今度は愛美と同じクラスになった。2人でハイタッチして微笑んだ。


ただクラスの皆が私に対する対応は昨年となんら変わらなかった。むしろ少し悪化した。悪口は度を増してひどい内容になったし、私に聞こえるように話す。罪のなすりつけはどんどんエスカレートして万引きで呼ばれそうにもなった。流石にそれは失敗してなすりつけた本人が警察署につれていかれていったけど。


わたしにとってそれらは気にしないと決めれば気にしないですんだから、あまり気に止めるようなことではなかった。

ただ、私の悪口を聞く度に嫌な顔をする愛美が心配だった。

私の事で愛美が傷つかなくてもいいのに。


それは、ある日のことだった。

私は直接その場に居なかったから後で聞いた話なんだけど、愛美がクラスメイトに暴力を奮ったらしい。


なんでも暴力を振られた側が話をしていたら突然キレ出して、机を投げ出したり、拳を奮ってきたりしたらしい。


それ、本当に愛美が?と担任から聞かされた時に思った。愛美はその名前にあるように愛のある少女で、そんな暴力とはかけ離れた女の子で、いきなり怒りだすような理不尽な女の子では無いからだ。

それは私が一番よく知っている。


当事者と先生方でまず話し合いになった。

暴力を奮ってしまい、相手方には痣ができてしまったのだから本来は保護者を呼ばなくてはいけないのだけど、本人の意思をまず尊重する、とのことだった。


そして何故か私までその話し合いに呼ばれた。何故?

そう思ったけれど話しを聞いているうちにすぐにわかった。


愛美は私の悪口に怒ったのだ。


暴力が奮われた側の話は普段からクラスで聞くようなレベルの話だったけれども、ここのところ同じような話をずっと聞かされていた彼女は我慢の限界に達したらしい。


彼女の言い分はこうだ。

「暴力を奮った事は悪かったと思ってる。でも私はあんた達がゆきちゃんに謝らないと謝らない。殴った時に色々言ったことに関しては本当だから謝る気は一切無い。」


私はとんでもないことをしてくれたと思った。もちろん愛美にだ。

だって、そんなことを言ってしまったら彼女までクラスでの地位が下がってしまう。彼女には友達がいっぱいいるのに、彼女の友達が減ってしまう。

私なんかのためにそんなことしてはならないのに。しちゃいけないのに!!


そんな態度を崩さなかったもんだから愛美はすぐに劣勢になった。最初愛美の味方のように接していた担任も最終的には愛美の敵に回っていた。


結局保護者は呼ばれたようで、おばさんが沢山頭を下げたようだ。

そこに私は居なかったから詳しくは知らない。だけど話し合いの場から帰ってきたおばさんがうちの子は自慢の娘よ!と誇らしげにうちの母に言いに来たことは知ってるし、それに対してうちの母が頭を下げたことも知ってる。私も謝ろうと思ったら、みんなから止められたから謝れなかったけど。


その代わり、私の大好きな皆に囲まれている愛美はどこにもいなくなった。彼女と仲良くしていた人たちが彼女から離れていった。

愛美はその日からがらりと性格が変わった。なんというか凄くさっぱりした。髪を切ったとか、そういうことじゃなくて空気が変わった。曖昧に笑うことがなくなった。困っているのを隠さなくなった。はっきりモノを言うようになった。

愛美の友達はさらに減った。


私のせいだ。

私のせいで愛美が傷ついて、彼女を歪めてしまったんだ。

私の悪口で彼女が傷つくなんてこれっぽっちも思わなかった。

ごめん。

ごめん、愛美。

愛美が傷つくと知っていたら私はなんとしてでもあの悪口を止めたのに。


私は学校にいやすくなった。遠巻きにされるのは変わらなかったけれど、だれにも悪口を言われない生活というのは案外快適だった。私は気が付かないうちにストレスを受けていたらしい。

気が付かなかっただけで、愛美は私を助けてくれたんだ。


愛美はあの事件のあとよく口にするようになった言葉がある。


「私にはゆきちゃんがいるからいいんだ」


だめだよ、愛美。

そんなことを言ってくれるのはとても嬉しい。でもだめなの。だめなんだよ。

社会的模範は友達がいっぱいいることだし、社会では社会的模範であることが幸せ

になることなんだよ?


私のために愛美が幸せじゃなくなるなんて許せない。

私が、私を許せない。


私にとって、私を助けるために愛美が不幸になったら意味が無いんだよ。

だって私は幸せな愛美が好きなんだ。幸せな愛美がいれば私は幸せなんだ。あわよくば隣にいたい。


とにかく、私は愛美に助けられた。

彼女の幸せと引換に。

なら、今度は私が今度は愛美を幸せにする番だ。


何と引換にしてでも。




病院の自動ドアをくぐると夏の湿気が戻ってくる。セミの声が戻ってくる。


愛美の病気は結構進行しているらしい。心臓の病気で、もう心臓移植しなければならないらしい。

ドナー探しにおばさんとおじさんが躍起になっているのを見たことがある。時間が無いのだろう。私にも分かる。


実はこっそりと愛美の心臓の適応条件を見たことある。これはドナー探しは厳しいとすぐにわかった。何故なら……


激しいクラクションの音がする。

女の人のつんざくような悲鳴が聴こえる。

どん、と体が跳ねた。


よし、死ねるな。

私はそう思った。

車の運転手の悲惨な顔が見える。

ごめんなさい、無関係なのに巻き込んで。

でも私には見知らぬ貴方より愛美の方が断然大切なの。分かって。


私は見てしまったんだ。愛美のドナー適応条件。私にぴったりだった。


ねぇ、愛美。

やっと貴方に恩返しができるよ。


大丈夫。保険証の裏にはちゃんと臓器提供の意思があるって丸をつけた。

自殺だと臓器提供が出来ないと知って交通事故に見せかけた。


ねぇ、愛美。

愛美はよく、私に幸せになってというけれど、私は幸せだよ。

だって愛美がいるんだよ。愛美が幼なじみで大親友なんだよ。幸せじゃないわけないじゃん。愛美ったら馬鹿なんだから。私愛美からいろんなもの奪って幸せになったじゃん。


だから、ね。

幸せになってね、愛美。



今まで貰ったものを次は私が返す番。

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― 新着の感想 ―
[一言] 車の運転手さんが一番可哀想。 主人公は親友への自己犠牲に酔いしれているんだと思う。 願わくば、臓器提供できないぐらいぐちゃぐちゃに轢かれる事を願ってます。 そして主人公の死に全く意味がなかっ…
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