ヨウガシとトリフ
今日の依頼は、ネコだった。よくここまで……と半ばあきれるくらい、依頼主は飼いネコの特徴を、こと細かにメモしてきていた。
「これで、私のかわいいトリフちゃんを召喚できる?」
厚化粧のババアが一匹のネコのために大金をつんでいる。俺にとっては、ありがたいことだが、世の中ちょっと間違っている気もする。
「もちろんですよ! この洋画師に任せてください」
その上着が、そもそも行方をくらましたネコの毛なんじゃないのか? という言葉を飲み込み、俺はサラサラと筆を動かす。
洋画師──専用の紙とインクで動物を描き、召喚させることができる魔力の持ち主をさす言葉だ。主に、俺のように生業にしている奴のことをさすことが多い。ちなみに、『洋画』と言うのは、海外から取り寄せている画材のことをさしている。
「まぁ! まさにトリフちゃんの生き写しだわ」
ババアの狂喜は、狂気に近い。
「そうですか、そりゃあよかった」
俺の依頼料はバカ高い。俺のところに来る客といえば、決まっているからだ。一般的な洋画師に断られた客しか来ない。客からすれば、俺は最後の砦だ。──俺のところにこんな客が集まるようになったのは、いつのころからだったか。
「出でよ、『トリフ』!!」
ニヤリと笑った俺の顔は、いつのころから下衆なものになったのだろう。
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「ありがとう。じゃ、約束通りに、謝礼はこれで」
ババアはそんな言葉を残して、『トリフ』を大事そうに抱えて行った。俺のところに残ったのは、いつしか見慣れてしまった大金。
「まいどあり~」
覇気の抜けた自分の声が、そこはかとなく虚しい。
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なにを言っても、言い訳にしかならない。でも、こんな事態を引き起こすとは思わなかった。──『トリフ』は、ネコなんかじゃなかった。恐ろしいバケモノだった。至るところで、破壊をするようになっていた。
それを知ってしまった今、このままでは、俺は──堕ちるところまで、堕ちてしまう。このまま『トリフ』を野放しにするほど、俺は堕ちてしまっていいのだろうか。
洋画師が召喚した動物は、召喚した洋画師にしか消せない。それは、召喚された動物は、本能で知っている。『トリフ』が俺を見たら、真っ先に俺を殺すだろう。世界を、支配し尽くすために。
「ったく……いやな『世の摂理』だぜ」
大金をせびって、なにが悪いと思って俺は洋画師を続けてきていた。むさぼってきていたんだ。金を。
詰まれていたんだ。いつの間にか。──いいや、自分で招いた結果が、『これ』か。
手当たり次第に、金をまき散らす。
初めて大金を手にしたとき、同じことをしていた。それなのに、感情は、あのときとは正反対だ。今は、虚しすぎる。
「ハッ……どうせなら、最後にド派手なことをやってやろうじゃん」
『トリフ』に立ち向かうことで、清算していけるような気がした。
『俺』を取り戻す旅が、幕を開ける。