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タイムマシン

 気を取られたというより、体が反応した。

 ──あれは、彼女だ。

 病院の真っ白な壁にある窓から零れる光を浴びて、彼女はそこに存在していた。

 どうして──と動揺する。二度と会うことはないと思っていた。それでいいと決心して、僕は──。


 彼女に生きてもらうためだった。

 いや、彼女がきちんと生きられるためなら、僕が彼女を失うことなど怖くないと思った。僕が一番恐れたのは、彼女が彼女の人生を失うことだった。


 あれは、去年のことだ。

 僕はタイムマシンを使って、何年もさかのぼった。彼女の人生を取り戻すために。



 彼女と出会ったのは、五年前だった。始めは、普通の恋人同士だった。それなのに、僕の病気が発見され、日々は崩れていった。


 病気は治すのに助けが必要だった。──僕は、ドナーを待つようになった。

 一年が過ぎて、二年が過ぎて。容体は悪化していく一方だった。ベッドに伏せる日々。歩くことも難しくなった。

 このままドナーが現れなければと、余命宣告を受けた。


 そんなときだ。

 彼女が適合検査をすると言った。


 結果は、僕らが喜ぶものだった。でも、同時に不安もあった。彼女は喜びしか見せなかったが、多分、彼女にも不安はあったはずだ。リスクはゼロじゃない。


 手術の前日、彼女は言った。

「今までの時間を、これから一緒に取り戻していこう」

 と。

 そう、言ったのに──彼女は手術の後、意識を取り戻さなかった。


 彼女の身に起こったことを知らないまま、僕はリハビリをした。何ヶ月もかけて、歩けるようになった。そして、彼女が眠り続けていると知った。


 僕は泣いた。たくさん、たくさん。

 なにが、悪かったのか。


 彼女が僕のドナーにならなければ。

 僕が病気にならなければ。

 彼女が僕と出会わなければ。


 ──そう、彼女が僕と出会わなければ、こんなことには。



 僕はいつの日かのニュースを思い出す。タイムマシンのニュースだ。僕は、タイムマシンを探した。



「イラッシャイマセ」

 ガスで変えたような甲高い声が聞こえた。

「オ望ミノ時間ヘオ連レシマス。タダシ、代償ハ貴方ノ余命、一年デス。ソレデモ、貴方ハ過去ニ戻リタイト願イマスカ?」

 僕の一年で、彼女の長い余生が救われるのなら、なにをためらうだろう。

「はい」

「カシコマリマシタ。ソレデハ、目ヲツブッテ戻リタイトキノコトヲ思イ出シテ下サイ」

 彼女と出会う前。何日か前がいい。

 戻ったら、あの日、あの場所に行くのは避けよう。その後も、彼女の行くような場所に行かなければいい。僕の病気は少し前にわかるかもしれない。だから、行く病院も入院する病院も、行ったことのない別の病院を探そう。


 ──そうして、五年間を過ごしたのに、どうして。


「明日の手術、頑張ってね」

「ありがとう。まぁ、私は病気じゃないから大丈夫よ」

 彼女の友人と彼女の会話にドキリとした。──明日、僕は手術をする。移植手術だ。

 僕のドナーが彼女のわけがない。病院だって、県外にわざわざ通院して。それに、彼女は僕の恋人だったから適合検査をしただけで、元々ドナー登録をしていたわけでも、興味があったわけでもなかった。だから、彼女が僕のドナーであるはずがない。


 けれど、彼女は自分が病気なわけではないと言っていた。


 どうして──彼女との再会を恨まずにはいられなかった。僕はタイムマシンを使って、間違った選択をしないようにと生きてきた。彼女と出会わないようにと生きてきた。

 それなのに。


 運命は、変えられないものなのか?

 僕のしたことは、なんだったのだろう。



 その夜、僕は願った。

 どうか、僕の選択が間違っていなかったようにと。違う未来が待っていますようにと。彼女のあの言葉を、実現させられる未来がどうか待っていますように。


 そして、僕は決心した。


 手術が終わったら、彼女に会いに行こうと。




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