【T-3】 戻す
彼女が死んでしまった。交通事故だった。
結婚前の婚前旅行。──楽しい思い出になるはずだった。
幸せな毎日が始まるはずだった。彼女のきれいなウエディング姿を見て、慌ただしく引っ越しをして、一息ついて、それから、なにげない日常を積み重ねていくと思っていた。けれど、もう──あの大好きな笑顔も声も届かない。
二年が過ぎても、心は晴れなかった。後悔が募るばかりだ。あのとき、彼女の気遣いに合わせて運転を変わらなければ、俺が運転を続けていたら、きっと今ごろは。
会社と家を往復するだけの毎日に嫌気がさしていた。
どうにでもなれ。
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行くあてもなく新幹線に乗り、見知らぬ地にいた。ふらふらと歩き、海に身を沈めようかと思い浮かぶ。思考は、彼女を求めている。彼女の元へと行きたい。
ふと、妙な看板が目についた。
『あなたの願いを叶えます』
願い──俺の願いは、彼女だけだ。叶うわけがない。
そう思いつつも、足はひとりでに動いていた。
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「イラッシャイマセ」
機械の声がする。
「オ望ミノ時間ヘオ連レシマス。タダシ、代償ハ貴方ノ余命、一年デス。ソレデモ、貴方ハ過去ニ戻リタイト願イマスカ?」
過去へ──まさかこんなところにタイムマシンがあったとは。俺には関係ないと、タイムマシンのことなどすっかり忘れていた。
「貴方ハ過去ニ戻リタイト願イマスカ?」
過去。彼女のいた時間。
「はい」
無意識で声は出ていた。どうせ、生きている意味などないとこの身を捨てようと思っていたところだ。彼女に再び会えるなら、手段などなんでもいい。
「カシコマリマシタ。ソレデハ、目ヲツブッテ戻リタイトキノコトヲ思イ出シテ下サイ」
どこがいいのだろう。
そうだ。あの日、俺が運転を交代する前がいい。
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「長い間、運転したから疲れたでしょ? 私が運転代わるよ」
彼女の声!
「どうしたの? そんなに目を丸くして……私だって少しくらいなら運転するよ」
「大丈夫だよ」
本当に戻っている。快晴で、日差しの眩しかったあの日に。
「次のパーキングエリアまでだから……ちょっとだけど休んでよ。ね?」
いつになく食い下がる彼女。普段、すすんで運転するとは言わないのに、どうしてこんなときに。
「本当に大丈夫だよ。どうしたの、そんなに」
「だって……これから夫婦になるなら、すこしは協力したくて。だから……ね?」
気持ちはうれしいが、ここはどうしても譲れない。彼女を、失いたくないから。
「じゃ、休憩しよう。だから、運転は心配しないで。お願い」
不満そうな顔だ。でも──こんな表情すら愛おしい。
くちびるを重ねると、彼女は頬を染めた。そして、
「わかった。でも、私からもひとつお願い。疲れが取れてから出発しよ。……ね、お願い」
と、かわいいことを言う。
「うん、そうする」
幸せだ。タイムマシンを見つけてよかった。
これできっと、想像していた毎日が始まる。




